先日の感想です。では、早速…。
①「夏祭浪花鑑」
海老蔵=団七の「夏祭」は以前こんぴら歌舞伎で観ています。で、そのときは共演者が若かったせいもあって、「ウエストサイド物語」的な、「青春している夏祭だな~」と思ったのですが、今回は「青春」とは違う退廃味みたいなものを感じたかな?
海老蔵の団七のよさは、なんといっても後半の舅殺しの場面。「かさね」の与右衛門を思わせる殺人者の色気や妖気が漂うのはこの人ならではで、今の勘三郎の団七にはない特徴ではないでしょうか。(勘三郎の場合は、リアリズムめいた印象がある。)
特に、手拭を被った横顔なんて、「青春の殺人者」的な退廃味が漂って、あのよく効く眼も併せて、戦慄を覚えましたよ。
ただし、海老蔵の団七の問題は前半の間延び感。台詞廻しがちょっと「内藤大助」風に感じるときもあるし、今回の獅童(一寸徳兵衛)とのやりとりも少しお互いに遠慮があるような…。もう少しこのコンビも年季が入ってくれば、噛みあった激しいやり取りになってくると思うんですけどね~。
次に、この芝居の重要なヒロイン、一寸徳兵衛の妻お辰を演じた勘太郎について。
わたしのなかでは、この鉄火肌のヒロインの最高傑作は先代勘三郎のもので、あの美しくはない容姿(失礼!)にもかかわらず、その立ち居振る舞いのカッコよさで美人にみえてしまうのは、まさに芝居のマジック!
で、その名優の孫だからあえて言うんですが、勘太郎のお辰は少しのっそり気味だったなあ~というのがわたしの印象。
なんだか、「ビック・キャット」っていうイメージがあって、「野崎村」のお染みたいなお嬢さん役ならいいのですが、この役は庶民的いい女ですから、もう少しきびきび感があってもいいと思いますね。
それと、大胆に言ってしまえば、先代勘三郎のお辰のよさは、扇子の使いよう、パタパタ感とそのきっぱりした態度がマッチして、「いい女」に見えていたのではないかというのがわたしの推測。
そういう意味では、今の勘三郎だとパタパタ感はあってもきっぱり感が足りず、こんぴら歌舞伎のときの海老蔵のお辰は少しキョロキョロしていて、落ち着きがなかった。
いまだと、玉三郎くらいですかね~。カッコよく演じてくれそうなのは~。将来的には菊之助、亀治郎に期待ってところなんですが…。
最後に、非常に重要な敵役、義平次の片岡市蔵について。
こんぴら歌舞伎に続いてのこの役は素晴らしい芝居だったと思います。が、あえて言いたい!
近年この役はコクーン歌舞伎の笹野高史のイメージに引っ張られすぎで、小汚い老人の役になってしまいつつある。もちろん、それはそれでリアルな解釈ではあると思うのですが、市蔵のこの芝居も笹野高史の影響下にあるなあ~というのがわたしの印象でした。
でも、この芝居、そもそも義太夫狂言ですから、コテコテの関西オヤジのイメージでわたしは見たい!かつての実川延若みたいな、上方のオヤジを演じられるのは市蔵なんじゃないのなんて思ってしまうだけに、次回は今回とは違う市蔵の義平次が見たいですね~。
なお、脇役陣では、猿弥の釣舟三婦が若いのに好演。琴浦の春猿は少し「女ぶり」が上がったような美しさでした!
②「天守物語」
白鷺城(姫路城)の最上階である天守閣は異界になっていて、そこを支配するのは天守夫人こと富姫。人間どもの愚かしさをあざ笑う富姫の下に、ある日、一人の美しい武将が迷い込んで…。というようなストーリーのこの戯曲。
泉鏡花原作の芝居というより、いまや玉三郎の演目といっていい芝居なんじゃないですかね!
というくらい、この芝居は玉三郎の自家薬籠中のものになっていて、舞台でも貫禄充分。以前見た舞台より、今回の玉三郎=富姫の方がさらに女王の貫禄を感じました。
(もちろん、映画でもやってるしね~。そのときは宮沢りえ、宍戸開共演。)
まあ、本来なら、以上で感想はおしまいというところですが、多少気になった点を上げてみます。
富姫の妹分(?)亀姫ですが、今回は勘太郎が演じています。率直にいって、前の芝居のお辰よりこのひとのニンにあった役なのかもしれませんが、前回の春猿、前々回の菊之助に比べると、玉三郎との絡みが姉妹っぽくない。春猿や菊之助が亀姫をやったときの場合は、妖しい雰囲気すら漂う「姉妹」だったので、この点は少し不満でしたね、わたしは。
一方、玉三郎の相手役・海老蔵の図書之助ですが、コチラもさすがに手馴れた役になっているのか、鏡花の難しい台詞も危なげなく、落ち着いた感じがする。
玉三郎=富姫、図書之助=海老蔵の出会いの場面、富姫が図書之助を惚れ込んで言う台詞「涼しい台詞だね~」は、海老蔵の涼しさが以前にも増していたので◎。
亀姫の家来・朱の盤坊の獅童はこれまた元気。ただ、この役については、以前この役をやっていた左團次みたいな、元気だけど老獪な役というのが本来の形なんじゃないですかね?獅童にはさらなる円熟を期待しますが…。
で、最後の最後に登場する近江之丞桃六の片岡我當。この役は映画では島田正吾、舞台でも市川段四郎など、重い感じの声の翁というイメージだったんだけど、我當のよく通る高い声も浮世離れしていて悪くなかったですね~。ま、わたしは我當に甘いとよくいわれてしまうんですが…。
以上、長い芝居なのに時間を感じさせないという意味で、詰まったよい演出でした。
なお、この芝居に使われている音楽については、以前書いた以下の記事をどうぞ!
・天守物語とドビュッシー
PS:念のために画像の解説!舞台が天守閣という設定だから、花道のスッポンの階段を天守閣に登る階段に見立ててるわけですよね。でもお城の階段ってもっと狭くて急なんですけれど…。
①「夏祭浪花鑑」
海老蔵=団七の「夏祭」は以前こんぴら歌舞伎で観ています。で、そのときは共演者が若かったせいもあって、「ウエストサイド物語」的な、「青春している夏祭だな~」と思ったのですが、今回は「青春」とは違う退廃味みたいなものを感じたかな?
海老蔵の団七のよさは、なんといっても後半の舅殺しの場面。「かさね」の与右衛門を思わせる殺人者の色気や妖気が漂うのはこの人ならではで、今の勘三郎の団七にはない特徴ではないでしょうか。(勘三郎の場合は、リアリズムめいた印象がある。)
特に、手拭を被った横顔なんて、「青春の殺人者」的な退廃味が漂って、あのよく効く眼も併せて、戦慄を覚えましたよ。
ただし、海老蔵の団七の問題は前半の間延び感。台詞廻しがちょっと「内藤大助」風に感じるときもあるし、今回の獅童(一寸徳兵衛)とのやりとりも少しお互いに遠慮があるような…。もう少しこのコンビも年季が入ってくれば、噛みあった激しいやり取りになってくると思うんですけどね~。
次に、この芝居の重要なヒロイン、一寸徳兵衛の妻お辰を演じた勘太郎について。
わたしのなかでは、この鉄火肌のヒロインの最高傑作は先代勘三郎のもので、あの美しくはない容姿(失礼!)にもかかわらず、その立ち居振る舞いのカッコよさで美人にみえてしまうのは、まさに芝居のマジック!
で、その名優の孫だからあえて言うんですが、勘太郎のお辰は少しのっそり気味だったなあ~というのがわたしの印象。
なんだか、「ビック・キャット」っていうイメージがあって、「野崎村」のお染みたいなお嬢さん役ならいいのですが、この役は庶民的いい女ですから、もう少しきびきび感があってもいいと思いますね。
それと、大胆に言ってしまえば、先代勘三郎のお辰のよさは、扇子の使いよう、パタパタ感とそのきっぱりした態度がマッチして、「いい女」に見えていたのではないかというのがわたしの推測。
そういう意味では、今の勘三郎だとパタパタ感はあってもきっぱり感が足りず、こんぴら歌舞伎のときの海老蔵のお辰は少しキョロキョロしていて、落ち着きがなかった。
いまだと、玉三郎くらいですかね~。カッコよく演じてくれそうなのは~。将来的には菊之助、亀治郎に期待ってところなんですが…。
最後に、非常に重要な敵役、義平次の片岡市蔵について。
こんぴら歌舞伎に続いてのこの役は素晴らしい芝居だったと思います。が、あえて言いたい!
近年この役はコクーン歌舞伎の笹野高史のイメージに引っ張られすぎで、小汚い老人の役になってしまいつつある。もちろん、それはそれでリアルな解釈ではあると思うのですが、市蔵のこの芝居も笹野高史の影響下にあるなあ~というのがわたしの印象でした。
でも、この芝居、そもそも義太夫狂言ですから、コテコテの関西オヤジのイメージでわたしは見たい!かつての実川延若みたいな、上方のオヤジを演じられるのは市蔵なんじゃないのなんて思ってしまうだけに、次回は今回とは違う市蔵の義平次が見たいですね~。
なお、脇役陣では、猿弥の釣舟三婦が若いのに好演。琴浦の春猿は少し「女ぶり」が上がったような美しさでした!
②「天守物語」
白鷺城(姫路城)の最上階である天守閣は異界になっていて、そこを支配するのは天守夫人こと富姫。人間どもの愚かしさをあざ笑う富姫の下に、ある日、一人の美しい武将が迷い込んで…。というようなストーリーのこの戯曲。
泉鏡花原作の芝居というより、いまや玉三郎の演目といっていい芝居なんじゃないですかね!
というくらい、この芝居は玉三郎の自家薬籠中のものになっていて、舞台でも貫禄充分。以前見た舞台より、今回の玉三郎=富姫の方がさらに女王の貫禄を感じました。
(もちろん、映画でもやってるしね~。そのときは宮沢りえ、宍戸開共演。)
まあ、本来なら、以上で感想はおしまいというところですが、多少気になった点を上げてみます。
富姫の妹分(?)亀姫ですが、今回は勘太郎が演じています。率直にいって、前の芝居のお辰よりこのひとのニンにあった役なのかもしれませんが、前回の春猿、前々回の菊之助に比べると、玉三郎との絡みが姉妹っぽくない。春猿や菊之助が亀姫をやったときの場合は、妖しい雰囲気すら漂う「姉妹」だったので、この点は少し不満でしたね、わたしは。
一方、玉三郎の相手役・海老蔵の図書之助ですが、コチラもさすがに手馴れた役になっているのか、鏡花の難しい台詞も危なげなく、落ち着いた感じがする。
玉三郎=富姫、図書之助=海老蔵の出会いの場面、富姫が図書之助を惚れ込んで言う台詞「涼しい台詞だね~」は、海老蔵の涼しさが以前にも増していたので◎。
亀姫の家来・朱の盤坊の獅童はこれまた元気。ただ、この役については、以前この役をやっていた左團次みたいな、元気だけど老獪な役というのが本来の形なんじゃないですかね?獅童にはさらなる円熟を期待しますが…。
で、最後の最後に登場する近江之丞桃六の片岡我當。この役は映画では島田正吾、舞台でも市川段四郎など、重い感じの声の翁というイメージだったんだけど、我當のよく通る高い声も浮世離れしていて悪くなかったですね~。ま、わたしは我當に甘いとよくいわれてしまうんですが…。
以上、長い芝居なのに時間を感じさせないという意味で、詰まったよい演出でした。
なお、この芝居に使われている音楽については、以前書いた以下の記事をどうぞ!
・天守物語とドビュッシー
PS:念のために画像の解説!舞台が天守閣という設定だから、花道のスッポンの階段を天守閣に登る階段に見立ててるわけですよね。でもお城の階段ってもっと狭くて急なんですけれど…。
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てか、花道で写真撮ってる姿で写ってるの、オイラなんですけど。。。
ちょっと、怖いかも(笑)
それはそうと、
舞台はとってもよござんしたね
ことに、「現代的狂気」を演じさせたら、海老蔵ってのは、果てしなく凄い。
「刃傷」もそうでしたが、やっぱり、成田屋ってのは、そのキャラクターを形成するのがお家芸なのかもしれませんね。
台詞回し、や、にじみ出る「ハラ芸」ではなくってね。
出てくる、狂気性のオーラや、荒事ぶりなオーラとか。。。
11代団十郎は15代羽左衛門のニンと芸を成田屋に取り込みましたが、当代海老蔵はそこに改めて荒事を取り込もうとしている意欲が感じられますよね。
ただ、手法なのか、若さなのか、「益荒男」な荒事より、現代的な「狂気」としての荒事になってますね。
松島屋の件、オイラも同感。
笹野さんには結局かなわないですもんね。
ところで、海老蔵はどの芝居でも殺しの場面が似合いますよね。
それと、松島屋の件。
ちえぞうさんに同意していただいたのは心強い!
笹野高史の義平次は笹野高史が作り出したキャラだからいいんですよね。歌舞伎役者は歌舞伎役者にしかできない義平次を目指して欲しいなあ~。市蔵は好きなんですけどね。