平成28年11月13日(日) 小春日和の穏やかな気候に誘われて、以前から行ってみたいと思っていた、足利学校へ、行ってきた。圏央道を使えば、2時間で行ける。休憩を入れても3時間もあれば行けるところである。
足利学校は、室町時代、上杉憲実が再建し、武士の子弟たちの教育の場であり、戦国時代戦うのに必要な兵法や易学も教えていた。
論語の「宥座の器」(ゆうざのき)という、私の好きな言葉「中庸」の大切さを教えるために用いる道具を紹介していた。「何でも腹八分がよい。過ぎたるは及ばざるがごとし」である。なるほど。
隣には、鑁阿寺があった。入口には足利尊氏の像があった。七五三で賑わっていた。獅子舞人形がおみくじを引いていたのが面白かった。
昼は、スマホで調べて、近くのラーメン屋さんへ。雑誌で選ばれていた店で、30分以上待たされたが、2センチくらい厚みのあり、なおかつ柔らかいチャーシューが美味しくて、並んだかいがあった。

お土産に例幣使そばを買ってきた。この足利の辺には、京都から日光にかけて例幣使(家康の霊を弔うために遣わされた使者)街道が通っていて、この辺りも八木宿として賑わっていた。その宿で、昔からそば屋を営んで食べさせていたそばだということだ。
そこで、一句。
天高く
宥座の器(ゆうざのうつわ)
古代より
足利学校は、室町時代、上杉憲実が再建し、武士の子弟たちの教育の場であり、戦国時代戦うのに必要な兵法や易学も教えていた。


















論語の「宥座の器」(ゆうざのき)という、私の好きな言葉「中庸」の大切さを教えるために用いる道具を紹介していた。「何でも腹八分がよい。過ぎたるは及ばざるがごとし」である。なるほど。



隣には、鑁阿寺があった。入口には足利尊氏の像があった。七五三で賑わっていた。獅子舞人形がおみくじを引いていたのが面白かった。








昼は、スマホで調べて、近くのラーメン屋さんへ。雑誌で選ばれていた店で、30分以上待たされたが、2センチくらい厚みのあり、なおかつ柔らかいチャーシューが美味しくて、並んだかいがあった。

お土産に例幣使そばを買ってきた。この足利の辺には、京都から日光にかけて例幣使(家康の霊を弔うために遣わされた使者)街道が通っていて、この辺りも八木宿として賑わっていた。その宿で、昔からそば屋を営んで食べさせていたそばだということだ。
そこで、一句。
天高く
宥座の器(ゆうざのうつわ)
古代より