翌朝になると、かのとは早くから起きてやはり立ち働いていた。「もう、良いのか?」「はい。ご心配をおかけ致しました」「いや。すまぬ。わしのせいなのだ」「はい?」東鉄の言葉を聞いていなかった様であった。「あの?なにか?」「いや、色々と心配をかけたのが障ったのであろう。すまなかったの」「いえ。だんな様。とんでもない」「かのと、無理をするな。草臥れておったら、ゆっくり、身体を休めておればよいのだぞ。此度のこ . . . 本文を読む
刻限が来るのを待って早々に政勝は退出した。下足箱の所まで来ると澄明が待っていた。「もう、よろしいのですか?」「御主ずっと待っておったのか?」「いえ、たった今、ここに参りました」「御主こそ、良いのか?」「ああ、あの事ですか?あれは、勢姫がお決めになられたらよろしいとの一言で、片がつきました」「成るほどの」「所で朝方にかのと様の具合が悪かったようにいっておいででしたが?」「ああ。それは、治ったと言うた . . . 本文を読む
しばらくすると、婆がでてきて「わしじゃ、無理じゃ、これは神主か巫女か、とにかく神様事に縋るしかない」と、後も見ず帰ろうとする。慌てて止める政勝に「どうも、通じない方だ」横から澄明はお梅にむかい重湯をありったけ作れというと塩を持って来るようにいう。呆気に取られている政勝を尻目に「私がします」と、いう。「な、ばかな、」澄明ががやにわに肩袖を脱いだ。「御気になさっていることは、心配なさらなくてよい。私は . . . 本文を読む
朝を迎えると政勝は身支度を始めた。かのとは慌てて、起き上がると台所に入っていった。「だんな様、あの?」明日は非番ゆえゆっくり朝寝坊をするといっていた政勝であったのである。かのとを起こさぬように抜け出たつもりであったのでかのとの声に驚き、政勝が振りかえった。「おう。起こしてしもうたか」「あ、いえ」「あの、どちらに?いえ、その前に朝を召し上がってからお出かけ下さいませ」「うむ」朝餉がしつらえられると政 . . . 本文を読む
政勝が去ると正眼はひのえに向って「ひのえ。気持ちの良い男じゃのう」「はい」「横恋慕はならぬぞ」「え?なんといわれました?」正眼の意外な言葉にひのえは、問い直した。この父はひのえの気持ちを知っているのやもしれなかった。「いや、なんでもない。おおっ。しもうた」正眼が急に大きな声で言うのでひのえは「ど、どうなさいました」「米がないのであろう?今ならまだその辺りにおろう。袋に詰めて一斗ほどもたせてやれ」慌 . . . 本文を読む
プロト
「遅かったのね」
先に床についていた私を起こしにきた夫の用事をしながらたずねてみる。
「ああ、部長、おいおい、なきだしてさあ」
「ああ・・・・。無理ないかもね。40年勤めてきたんだものね」
誕生日で定年退職になった部長の送別会を部長宅に招かれてのことだった。
「部長のとこにはよくご馳走になりにいったけどさ。
もう、これで最後だなあって、みんなもらい泣きさ」
「うん・・・で? . . . 本文を読む
1
がんちゃんはとても、いじわるだ。
私とは、家が近いから学校へのいきかえりでも、
しょっちゅう、いじわるをしてくる。
私の三つ編みをひっぱるのは挨拶がわりだし
教室にはいれば、私の机の上に芋虫とか蛇とかおいてくれる。
新しい定規もがんちゃんが最初に定規でなくちゃんばらごっこでつかってくれた。
もちろん、そんないじわるも私だけでなく同じ教室の女の子全員被害にあってる。
ほかの男 . . . 本文を読む
2
こんな片田舎にまでは空襲はやってこなかったけど
都市部は壊滅的な被害をうけ
やがて、戦争は終結した。
家は百姓だったから、無茶に食うに困った覚えもなく
戦争が終わった。
日本が負けた。
赤紙がきた出征兵士の家には
やっぱり、兵士は帰ってこなかった。
ほんの少しだけ変化した村の人員は
戦争が始まったころの変化のまま
変 . . . 本文を読む
3
ジープをみかけたら、がんちゃんを探す。
そんなことが10回以上あったろうか。
あるときから、ジープがとおりすぎるのに、がんちゃんを探しても、
どこにもがんちゃんの姿をみつけることができなかった。
それどころか、学校からの帰り道、いつもなら追い抜きざまに私の三つ編みをおもいきりひっぱりさげるのに
わきめもふらず、そう、その言葉そのもので
私の . . . 本文を読む
4
さっちゃんと帰るのは、いつものことだけど
今朝、さっちゃんにつげられた事実を確かめにいきたいと
授業がおわるのを、まだか、まだかと、待っていた。
朝、開口一番。
さっちゃんが告げてきたことはがんちゃんの行き先だった。
「あのね、黒岩さんってしってるよね?」
知ってる。村のはずれの一軒家だけど、きっと知らない人は誰もいない。
黒岩さんは村一 . . . 本文を読む
5
放課後になると、がんちゃんは掃除もそこそこに
教室を飛び出していった。
私たちはがんちゃんがかたづけていかなかった雑巾をあらい、
雑巾バケツも洗い、用具置きにいれなおして、塵箱のごみを焼却炉にすてにいってから
がんちゃんのあとをおった。
黒岩さんの家は大きな道を渡ったむこうにある。
いつもなら、大きな道に沿った土手の小道をあるいて帰る。
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6
次の日の朝、がんちゃんは柿を新聞紙にくるんで
肩掛けのかばんにつっこんでいるようにみえた。
鞄の胴がいくつかのいびつな丸みをなぞらえて異様にふくらんでいた。
最近は学校の帰り道に進駐軍と遭遇することがなくなっていた。
がんちゃんは進駐軍に会えるまで毎日柿を鞄につめてくるのだろうか?
日にちがたったら、熟して、鞄の中でつぶれてしまって
教科書も筆箱も . . . 本文を読む
終わり
ジープをとめると、がんちゃんは荷台の横にまわりこんでいった。
私たちも土手からジープの近くの道のきわまで、はしりおりていった。
おいついてきた浮浪児たちは、ジープをとめてしまったがんちゃんに目をみはりながら
じっと、たちすくんで、なおも、がんちゃんの一挙手一投足をみつめていた。
「え~~と、エクスキューズ・ミー」
自分たち . . . 本文を読む