憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

邪宗の双神・36   白蛇抄第6話

2022-12-22 11:14:23 | 邪宗の双神   白蛇抄第6話

伽羅に教わった屋敷を波陀羅は覗き込んでいたが、
人の出てくる気配にずいと下がると、
隠れる場所を探してそこから様子を窺っていた。
遅番になった事もあって政勝は
今朝はゆっくりと起きだすと登城の用意をし始め、
かのとに送られて門まで出て来たのである。
もう、二歳たとうかというのに相変わらず仲睦まじいのであるが、
夫婦の二人住まいである事に加え
まだ子のないせいでかのとも他に手を取られる事も無いので
政勝をゆっくり送ることも叶うのである。
「いってくるの」
政勝が言うと、その姿が小さくなるまで
かのとは門の脇で政勝を見送っていたのであるが、
波陀羅にとっては、かほどに都合の良い事はない。
食入るほどにかのとを見詰め
その姿を目に焼き付けたのはいうまでもない事である。
やがて波陀羅は、かのとの身に姿を映しかえると、
政勝の後を追って行った。
城に入りかける政勝に追いつくと
「だんなさま」
息せきった様子で声を掛けて来たかのとを政勝が振り返った。
「どうした?」
かのとが、こんな所まで追いかけて来たとは、
なんぞあったのかと心配そうに尋ねて来た。
「用事があって、そこまで来たのですが・・・。
一穂様が森羅山の方に行くのを見かけて」
かのとにそういわれただけで政勝の方がさああと、青褪めた。
「善嬉がおって・・・何をしておる」
迂闊にも一穂に目を盗まれて脱け出されたのに気がつかずにいるのだ
と、善嬉の失態を詰ると政勝は走り出して行った。
また、あの社に行ったに違いないと政勝は考えていた。
馬を揃えている間があらばよほど、走ったほうが早いと考えた政勝は
かのとに
「わしが行ってくるに、御前は善嬉を呼んで来てくれ。
あそこに居る門番に政勝が妻じゃと言えば動いてくるるから、頼むぞ」
言い捨てて走り去ったのである。
波陀羅は、はいと答えておいて、政勝が走り去っるを見つめながら、
一穂が森羅山に行ったというだけで
かくも見事に波陀羅の計りに罹ったことにほくそえむと
善嬉なぞと、いう邪魔者を呼び付ける訳もなく
そのまま、何事もなかったかのように森羅山に向って行ったのである。

政勝は森羅山の社を目指していた。
その後ろを波陀羅が追い掛けていたのであるが、
女の足でこうも早く追いつくと
己の正体を危ぶまれると政勝に近寄る間合いを計り様子を窺っていた。
社の近くまで来ると政勝は足を止めて何事かを念じている様であった。
政勝はこの間、思念を降られた事に流石に恐れを擁いていたのであるが
黒龍の守護を知ってから東天に向かっての朝夜の礼は欠かさなかったのである。
その黒龍に向かって政勝は今一度この場にきて、
心の内で守護を念じ奉っていたのである。
念じ終わると政勝は社の中に入って行った。
「一穂さま・・・・・?」
が、そこには一穂の姿があるわけがないのである。
ここでないのか!?と、思いながら政勝が社の中を見渡せば
奥の方に扉が見える。
「ここか?」
其処に入れば若い男が独り座っているだけであった。
「何方ですか?」
社の中に入りこんだ政勝の姿に訝し気に若者は尋ねてきた。
「ああ。いや。ここに、十二、三の男の子はこなかったかの?」
「いいえ。見掛けておりませぬが・・・」
「おかしい」
政勝は勝手に上がりこんだ非礼を詫びるとともに
妙に不釣合いな若者の姿に懸念を擁きながらも社の外に出ようとした。
と、そこにかのとが飛び込んできたのである。
「や!?かのと!善嬉はどうした?御前もこのような所にきては・・・」
政勝は驚声を上げていたが、
かのとが政勝を覗き込み、
何かいう言葉が政勝の耳の中で遠くで聞こえるように霞み、
再び政勝の思念がどこかに遠のいて行く様であった。
無論、政勝の思念を降っているのは双神のかたわれであり、
双神の謀が今、まさに始まろうとしているのであった。
「波陀羅。そのままの姿でその男を擁いてやるがよいわ」
波陀羅の思念を操るなみづちも、
政勝の思う人である、かのとであらば
よもや、意識を取戻す事はないと踏んでいるのである。
かのとの姿に欲情をそそり出させておいて、
無我夢中にかのとを崩じている隙に
奥に居る一樹を呼んで一樹との交わいをも、させしめ、
政勝に双神二人でマントラを唱え口伝させれば後の事は成ったも同然の事である。

が、政勝の中で黒龍の一喝が放たれていたのである。
「謀れるな。政勝!それはかのとでない!」
頭の中の割れんばかりの大きな声に政勝が意識を取戻して行くと、
かのとが政勝の首に手を絡め体を寄せ付けてはいるのが判った。
「かのと?」
「だんな様」
このような時にかのとは政勝様と呼ぶ事が多い。
頭の中に響いた事を確かめるためしが政勝にふと浮かんだ。
「かのと。昨日渡した物。何処に片付けておいてくれたかの?」
波陀羅も思念を振られているままである。
政勝が正気を取戻したと気がつくわけもなく
「ああ。床の間のたなの・・・」
話しだけはあわせていたのである。
それで、政勝の方もはっきりとわかったのである。
昨日に政勝はかのとに何も預けておきもしておらぬし、
それを片付けておくわけもない事である。
どっと、かのとを突き放すと
「何者!?正体を現わせ!」
政勝が刀を抜き上げ様とした途端、
政勝の体を突き飛ばす衝撃が走りもんどりを打って転んだ。
慌てて政勝が置きあがると、
何時の間にか社の外におり、
そして、そこに社がないのを初めて政勝は目にしたのである。
「な、なんと?」
やっと、政勝は双神が狙っているのは自分だと思い当たっていた。
澄明のいう貴方が危ないという事は、
自分がかのとや一穂様に、なにかしでかすという事でなく
自分自身に双神の手が降りかかってきているのだと思うと、
政勝はすっての所を守護してくれた黒龍にまずは礼を述べると、
一穂様の事はさてはちゃんと善嬉が護っていてくれるのだと、
それを確かめる為にまずは登城しようか、
かのとのことも気になる事でもあり迷っていると
「大馬鹿者。かのとと女鬼が事の区別も就かぬような奴がかのとを護れるものか。
わしが見ておるにかのとは無事でおるわ」
黒龍の腹立たしげな言葉が聞こえて来た。
言われた事は政勝には情けない事であったが、
かのとが無事であるならばそれで良い事である。
更に政勝は黒龍への礼を重ねるとかのとへの守護を重ねて祈りながら
城へ走って行ったのである。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿