憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

邪宗の双神・22   白蛇抄第6話

2022-12-22 11:17:29 | 邪宗の双神   白蛇抄第6話

夕刻の日の暮れの早さに飽きれながら政勝は退城の時刻となると、
辺りを見廻しつつ帰宅の仕度を整えていた。
と、櫻井が
「早番ですか?冬は早番の方が良い。
朝は暗い内から出るのは辛いがやがて明るうなりますが、
夕刻はちょっとすぐるともう暗くなる」
ここしばらくの遅番に愚痴る様であったが、声を潜めて尋ねて来た。
「なんぞ?ありましたか?」
「何ぞって?なんじゃ?」
「いや・・・九十九善嬉が一穂様に張り付いておられる」
「ああ。その事か。髪揃えの前の禊を・・・」
「政勝殿。貴方は、私に、殿に言上した事と
同じ事をいって通じると思っておりますか?」
「いや・・・事実」
「何故、澄明様がこられぬ?何故九十九殿です?」
「さ・・・さあ?」
「さあ?さあ、なのですか?政勝殿。政勝殿は何ぞあるのを私に隠しておらるる」
「あ、いやあ。わしもこれからそれを澄明の所にいって聞いてこようと思っての」
櫻井もそうまでいわれると首を傾げながらも、
不承不承政勝の知らぬを信じた様であるが
「ああ、そう言えば、澄明様は女子であらせられたのですよね。
いやあ、中々、豪胆なお方だのに・・・。
まあ、櫻井の方からも此度の事喜んで御祝い申上げますと伝えてくれるかな?」
流石に主膳の近習であれば、話しが伝わるのも早い。
祝言の日取りまで知っているらしく
「いやあ。あの方の花嫁姿はさぞ美しかろう。
白無垢の後ろでこう、桃の花がぱあと開いているというのにそれが霞んで見えて」
政勝も櫻井の疑念が単に澄明に対する憧れから発せられた、
何故、澄明に逢えぬのだろうという下らぬ物思いに過ぎないと判ると
「まあ、わしが家内のほうがべっぴんじゃがの」
子どもの様な負け惜しみを言い捨てて部屋を出ていった。
子ども振りの可愛らしい政勝の言草に腹を抱えて笑う櫻井の声が段々遠ざかり、
すっかり暮れなずんでしまった外に出ると、
政勝はわしの家内よりは不細工な澄明の家を目指していった。
澄明の屋敷に入れば澄明が玄関先に顔を出してきて、政勝を招じ入れると開口一番
「御待ちしておりました」
と、いう。
これはいかぬと政勝も身を縮こまらせて澄明のさにわを待つ事にした。
その様子に澄明も吹き出しそうになりながら
「尋ぬる事があるのでしょう?」
政勝の胸の内を言当てるので
「いや・・・う・・」
歯切れの悪い様子を見せ、黙り込むしかなくなる。
それで澄明も
「良いではありませぬか。
主家の一穂様が事より、かのとが事が気にかかるを恥じる事はありませぬ」
ずばりと言いきられれば、政勝も腹を括った。
「いや。善嬉に聞かされてわしはかのとに何をしたのかとそればかり気になって。
わしが一穂様にした事が一穂様についている黒い影のせいであるのなら
かのとにもなんぞ」
政勝がやっと黒い影の事を信じた様である。
相変らず、妖怪、物の怪の類、何にしろ自分の目で
確かに居ると確信できるまでは
中々信じない政勝を困った人だと思いながら
「かのとは大丈夫です。むしろ、貴方が、危ないのですよ」
「わし?」
素っ頓狂な声で聞き返してきた。
「ええ、貴方です」
澄明に駄目押しに念を押され、政勝もしばらく考えていたが
「わしのせいで、一穂様に黒い影が突いておるのか?」
「そうです」
これも、どうやら信じなくてはならない事らしいと観念した政勝は
「あ、え、で・・・わしはかのとに何を?」
「覚えておらぬ事を言うて、信じてくれますか?」
意識を失っていた間に自分が一穂様に対してしでかした事が何であったか、
胸を刺し貫かれる痛みで知らされている政勝には、
かのとにまで、手ひどい事をしたのかと思うだけで
同じ様な胸の痛みが走っていたのであるが
「かのとの事じゃ。
なんも言わんと辛抱しておったんじゃろうかと思うとその方がづつない」
「よい、心掛けです」
澄明は政勝の耳に口を近づけてかのとから読んだ事を聞かせた。
その途端に
「嘘じゃろう?」
政勝が信じられないのである。
白銅にしろ他の者にしろ、澄明自身とて信じがたい事実は
尚更当の本人に一番信じられないのは無理のないである。
が、その言葉を発した政勝に澄明の憤りは凄まじかった。
「女子の持ち物を嘲るような振舞いに耐えてきた、
かのとの思いを知っているのですか?」
言葉付きこそ、いつもの澄明ではあるが
きつく政勝を見据えるその瞳が、その唇がわなわなと震えているのである。
そんな澄明を見た事もない政勝は事が紛れもないとしると蕭然と肩を落していた。
「わしがかのとに?かのとにそのような事をしておったに。あれは何も言わんと・・」
いくら、思念が振られていたといえど余りに情けのないかのとへの仕打である。
無残にしょげ返った政勝を見据えていた澄明もやっと気持ちが晴れた様で
「だから、かのとはかのとなのです。
だからこそ、かのとを勧めたのですよ」
その澄明の言葉に
「う・・・む」
頷いた政勝が一瞬はらりと涙を落とした様に見えたが
「わしは、また、かのとに、一穂さまにそのような事を繰返すのか?」
そうであるのなら、この事が解決するまで、政勝は城勤めを辞去しなければならず、
かのとも正眼の元に帰して澄明達と事の解決に当たった方が良いのである。
「御心有難く思いますが。貴方はいつも通りにして居って下さい。
かのとには、もっとはように帰って来いといいましたに、
あれは貴方の側が壱等良いらしい。
一番に心配な事ですが、貴方を止めた声が貴方方の護りに入っておりますに・・・。
余程の事がない限り、もう思念を振られる行動はないでしょう」
政勝の心の底まで読んで念の入った答えであったが
「おお。そうじゃ、それも聞こうと思っておった」
政勝の頭の中に怒号された声が誰の物であったか、
聞き覚えのない自分の知った声でないのは政勝にも判っている。
政勝もその声がひょっとすると善嬉の言う所の澄明の下僕になったという
白峰のものであろうかとも考えていたのであるが、
政勝の受けた感には白峰には無い精かんな厳つさがあり、
その中に妙な温みがある様に思えていたのである。
が、聞かれた澄明は答えに迷っていた。
あるいは政勝が龍の子孫であると言う事を話してもよい。
いや、むしろ話すべき時期にきているのかもしれないという思いと
政勝に事実を伝えたら、その思念を双神が読んだ時
双神が如何するだろうかという事であった。
双神がこれはかなわぬと政勝を諦めてしまうなら、
それは、一穂様にとっても、かのとにとっても、当の政勝にとっても
思わぬ双神からの解放なのであるが、
裏を返せば、何処かの誰かを新たな生贄にさせてしまう事になるのである。
ぬくぬくと他の者を犠牲にして事の解決に成る訳もない。
が、このままいけば黒龍の守護で双神の企ては失敗に終り、
どの道、政勝を諦めて余所に移る事も考えられる事であろう。
と、ならば、敢えて、いっそ事を晒して政勝の後ろに居る者を
双神の計算に容れさせて、双神がそれで新たな動きを起こしてくる事に賭けてゆくか、
思い迷っていた澄明は
白銅に寄せられた式神による、
波陀羅の子がどうやら双神の社に向かっていると言う報を考えていた。
既に、一穂様の事が失敗に終って、
双神はあるいは一穂様を使う事を諦めて、
波陀羅の子の一樹を使う事を思い立っているのではないか?
政勝の思念を振って見た所で
まだ、性をしらない、手くだ一つとてもしらぬ一穂様では、
らちが開かぬまま政勝が思念を取戻してしまう、と、なると、事が成らない。
それが為、双神が一樹を呼んだならば、
双神は益々政勝を諦める気はないと考えられる。
むしろ、龍の子孫であると言う事が判った方が、
采女ではないがどうにでもして、
政勝を手に入れたいという執着を持たせる事が出きるかもしれないのである。
考えこんでいた澄明に痺れを切らしたか、政勝が問いを変えた。
「どうした?聞いては成らぬ事なのか?」
「あ・・・いえ」
澄明は顔を上げると政勝の目を覗き込んだ。
「この事は、既に、かのとが一番よく知っております。
かのとが既にその声の主とおうております」
澄明はひとつの決別をこめて、告げた。
「私が、そもそも貴方に惹かれていた訳もそこにあります。
詳しい事はかのとにお聞き下さい」
政勝の方がきょとんとしていた。
「かのとがおうておる?い、いや・・・そこもとがわしに?」
「お笑い下さるな。それもこれも、魂のなせる仕業。今は違います」
「あ、、いや。それは判っておる。かのとが・・・なんで?」
「政勝殿。早う、帰ってかのとに詫びてやらねばなりますまい?」
「あ、ああ。そうじゃが。じゃが、わしはほんにこのままでよいのか?」
「もう、しばらくかかりましょう。それに此度の事、
貴方のその剣の腕をお借りする事はないでしょう」
「そうか」
澄明は玄関まで送りに出ると、
「ああ。そうじゃ、かのとにもゆうて置いて下さい。
守護の御礼を東天に向こうてするようにと」
「東?青龍なのか?」
足駄をはみながら、政勝が尋ねた。
「かのとにお聞きなさいませ。青龍が如き浅き因縁では御座いませんから」
「ふむ」
息をつくと政勝は戸を開いた。その背に澄明が
「私よりべっぴんの妹によろしくお伝えください」
と、頭を下げた。
「それまで・・・・読みよったか」
政勝は肩を竦めると
「少なくとも、わしにはそう見えるのだから仕方なかろう」
言い残して外に飛び出して行った。
早くも暗闇の中に姿が紛れ込んでしまった政勝に、
「白銅とても同じ事を言います」
澄明は小さな声で呟いて、戸を閉めきり閂をかけると家の中に上がり込んだ。
それを外で聞いていたのが白峰で、腹を押さえ声を殺していたが
ひのえが中にはいったのでとうとう、声を漏らして笑い出していた。
笑い納まると
「どりゃ、いったん帰るかの」
白峰も天空界を目指して燻らせる様に姿をかき消して行った



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