江崎から、笑子のノートを受け取ると
俺はそれにゆっくりと目を通した。
毎日の体温。食事の量。排泄状態。
女性機能である生理の状態。
ことこまかく記載されてきた事実。
言い換えれば
江崎は笑子の介護に細心の注意を寄せていたと言える。
俺が見る限り、笑子が体長を崩したことが無かったが
これも江崎の体長管理が行き届いていたからだ。
他の患者がときに食あたりをして、
掛かりつけの病院から医師が往診にくることも見た事が有る。
それでも、笑子に医者が呼ばれたことも無ければ
ほかの病院に担ぎ込むことなども無かった。
これも、ひとえに江崎の管理の細かさを俺に知らせた。
レイプを繰り返してきた江崎であるが、
その裏側に
笑子への情愛があると俺の胸の底を撫で下ろさせた。
「もう、行くのか?」
「ああ」
言葉少なく頷くと江崎はなにか言いかけた。
「なん?」
「ああ・・」
言いよどんだ口元から、白い歯がこぼれると
「今度から、お前がそのノートをかいてくれる・・」
笑子を頼むという意味合いに含まれる事実を
推し量ってか江崎は笑子を頼むとは言わずに
「毎日、忘れずに所長の確認の判をもらっておけよ」
と、付け加えた。
所長の確認の判。
コレは大きな意味がある。
老人介護施設で食中毒で入所者が亡くなった事があった。
責任の所在や管理状態を問われた時
たった一つの判が
証拠になった。
いくら気をつけていても
いつなんどき病気になるか判らない。
その時に所長の判が管理が万全だったと証しだてる。
「保身って、いうわけじゃないけどな」
江崎がいくばくかいいわけがましく付け加えると
俺は
「あたりまえのことだ」
と、笑って、江崎のアドヴァイスに礼をいった。
それが、
まさか、
すでに
江崎がそのノートにより
自分を保身しきっていると知らず
俺は江崎に感謝し
江崎が笑子にしでかしたことは
純然に笑子へのヴォランテイア精神からでしかなかったと
信じることが出来た。
「もう、いいのか?」
笑子への最後の奉仕・・・。
「ああ・・・。もう、いい。
それにもう、俺は笑子の介護者でもないし、
ここの職員でもない」
あくまでも、奉仕。
笑子の希求に答えたのは職員としての職務の一環。
「そうか・・」
俺こそが・・・職務の一環として
笑子を抱いたんだと言い残して立ち去る筈だったと
逆の立場にたった江崎のセリフをききおえると、
江崎が
「元気デナ」
別れを告げた。
「おふくろさん・・よく、みてやれよ」
俺の言葉に
ありがとうと目の下を軽く指で押さえた。
江崎はこれでここでの職務を終え、
その日の昼には帰郷の徒になった。
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