「ひさしぶりに」
勢の元に現れた精悍な若人が悪童丸であると判るまで、
勢の瞳は確かめるように鬼を見詰め続けていた。
青磁の瞳。
柔らかな薄茶色い髪。
そして、何よりも
「勢・・わしじゃろうが?悪童丸じゃが」
自分の名前を呼ばわった。
「あ・・」
言葉もうせはてる勢に
「まだ・・・嫁にいかなんだかや?」
笑うている。
「あ・・悪・・・」
つぶらな瞳から落ちるものは再会の喜びのしるしである。
その勢を抱きしめてしまいたい。
この想いを必死に抑え続け、悪童丸はいう。
「わがままをいうておるのだろう?あまり、ごてをいうておると・・」
すぐさま勢を読んだ。
「三条様が嫌気をさすぞ」
『や・・やはり・・そうなのか?』
陰陽師白河澄明の読みと同じ名をあっさりと口に出された。
「勢も三条様なら不遜はない」
「じゃろう?」
「じゃが・・」
久しぶりに会う姉との垣根は一つも無い。
それほどに話が通じる。
が、それを喜んでいる様子ではない。
「なんじゃあ?」
「・・・・」
「きにいらぬかや?」
「よいお人じゃ」
「ならば?なにを・・・」
「勢が」
勢の瞳がきっと悪童丸を見詰た。
「勢が鬼である事を三条殿では、牛耳れまい」
悪童丸は目を見張り己の耳を疑った。
「勢?今なんというた?」
「きこえなんだかや?」
「う、いや。
あ、もう一度いうてくれ。わしの聞き違えであったかもしれぬ」
「勢は鬼じゃ。そういった」
「な・・などか?」
「それを勢にいわすか?お前が一番しっておろう?」
どういうことなのだ?
勢は何をしっておるという?
「勢は・・・・」
悪童丸の胸に飛び込んだ勢は
女・・だった。
『勢?』
「勢は鬼恋しい。いんや、今、わかる・・・勢は」
勢が求むる事はわかる。
「なら・・ぬに・・」
「などか?」
悪童丸の手は既に勢を抱きとめている。
これが心である。
心そのものが表している現である。
「なら・・ぬ・・に・・」
勢に言う口が嘘である。
言う口が勢の口を吸う。
若い情念はおさえをしらぬ。
頭では判っている。
だが、それが何のはどめになる。
「勢・・・・」
おまえとわしは姉弟じゃ。
それがどうした?
確かに悪童丸の手の中にいとしいひとがいる。
これは事実だ。
かまいはしない。
いや。
これを受け止め。
これをぶつけるならば。
いま。しんでもよい。
いや。
今こそ死ぬればどんなによいだろうか?
からむことを赦すは己二人の意思である。
勢・・・・。
理屈も何も無かった。
歯止めも利かぬ。
ここに結ばれる喜びが現である。
二人の思いは自然を超える情念でむすびあった。
『勢・・』
『あく・・どう・・まる』
求める者に求められる喜びによい知れる勢がいっそう、いとしい。
「どんなにか・・」
どんなにか・・・こいしかったか。
『悪童丸』
この想いは同じ。
貫き通される破瓜の痛みが勢にしらせる。
『いっそ。いっそ。このまま・・・ときがとまればよい』
悪童丸と忘れえぬ破瓜の時を共有する。
この無上の喜びこそ、勢が悪童丸のものになりえた故である。
『勢・・・勢・・・・』
悪童丸の蠢きが勢の与えた頂点をあじわいつくす。
至福。
「死んでもよい」
勢は心底思った。
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