「どちらさま?」
どうも、相手の顔が見えないのはやりにくいもんだけど、
ボーマンはホーンに向かって
「俺だよ」
って、言ってしまってから気がついた。
判るわけねえなってさ。
あわてて、ボーマンだってつけたそうとおもったら、ホーンの向こうのリサが
ボーマンの声をおぼえていたらしい。
「ボーマン?」
確認するためか、小走りに玄関にむかう音がきこえ、
まもなしにドアが開いた。
「よお・・。ひさしぶり・・よく、俺だってわかったな・・」
ドアを開いてくれたリサの顔をまじまじのぞきこむ。
「ボーマンくらいでしょ・・ハロルドの友達っていったら・・」
リサはなにか、感ずいてるってことだろう。
ハロルドがボーマンのところに相談しにいったから、
ボーマンが尋ねてきたと察しがついてるっていうことだ。
「だな。いいか?」
中に入ってもいいかって尋ねるのも
ハロルドは?ってきかないのも、ボーマンのところにハロルドが相談に行き
それっきり、リサのところにかえってきていないことも知ってるってことになる。
「うん・・」
ボーマンの為にスリッパをそろえると、リサは先にたってあるいた。
「キッチンでいい?」
南向きに作られた明るいキッチンの間取りを思い出しながら
ボーマンはうなづいた。
「どこでもいいさ・・」
通されたキッチンの茶渋色のテーブルに封筒をおくと、共ぞろいの椅子に腰をかけた。
リサがたてるコーヒーもなかなか巧い。
「ひさしぶりだな・・リサのコーヒー」
サイフォンが音を立て、サイフォン現象の通り、登った湯がコーヒーにかわっておりてくる。
「ゆっくり、のんで。おいしくない話をさせてしまう前に、お詫びがてら・・よ」
やっぱり、わかってる、リサなのだ。
明るい日差しがリサを照らす。
リサがたちあがり、キッチンから庭におりたてる、大きな窓のブラインドをすこしおろした。
「暗すぎるのも嫌だけど、明るすぎるのもいやよね」
リサがいうのは、日差しのこと?
それとも、リサ自身のことだろうか?
コーヒーを飲み終えると、約束どおり話をきりだすしかないボーマンになる。
「どこまで、さっしがついてるんだよ?」
このさい、ボーマンが洗いざらい話すより、どこまでリサがわかっているか
尋ねた方がはやそうにおもえた。
「そうね・・」
リサはテーブルの上の封筒に視線をおとす。
「まず、その中身はボーマンが協議人のサインをした・・
ハロルドからの離婚手続き書類かな?」
いったあと、リサはうつむいた。
「ごめんね。ボーマン・・いやな役目・・を・・」
なんだか、ボーマンはそんなリサの悲しみより、
ハロルドがいう、「リサは一人でも生きていける」って言葉を納得してた。
「まあ、いいってことよ。
確かに離婚書類だけど、俺はサインしてないし、
おまけをいえば、俺はリサにそれを役所に提出しないでくれって
たのもうと思って、ここにきた」
え?とリサが小さな声をあげた。
「おまえがどこまでしってるのか、尋ねようとおもったけどな、
おまえがそこまで覚悟きめてるなら、どういう理由だとか、どういう事情だとか、
そんなことはどうでもいいことだよな。
で、俺はハロルドの馬鹿さ加減をちょいと、はりとばしてやろうとおもったんだ。
だから、リサに一芝居演じてもらおうと思ってここにきたんだけど・・」
「きたんだけど?・・けどって?」
「俺は悪いのはハロルドのほうだって、おもいこんでた。
でも、おまえをみて、思った。
お前がハロルドをあんなふうにさせてるんだよ。
そこをかえていかなきゃ、元の鞘にもどっても同じだなって・・
そうおもったんだ・・」
「私がハロルドをあんな風に・・させてる?
そうかもしれない。
でも、私がいくら思ってもうけとめてもらえないんだもの。
それだけじゃ、だめなんだもの。
かわいくて、きれいな人にひかれちゃうのは、しかたないことよ。
でも、私が、きれいで、かわいくないから・・
ハロルドがそうなるって、いわれちゃったら・・」
ボーマンはとつとつと喋るリサの目の前でぽっかり、口をあけていた。
静かなボーマンに目をやると、あほのように、口をあけたボーマンが居る。
「ボーマン?」
「お?おお?いや、おまえ見事に俺のおもったとおりというか、
ちっともわかってないというか、
良く、そんな風にとるもんだなあって、おもってさ・・」
ボーマンはもう一言付け加えた。
「俺、あきれちまってたわけだ・・」
「ボーマン?そうじゃないってこと?
じゃあ、どういうことよ?
なにをわかってないの?
それはどういうこと?」
軽く興奮気味のリサを見ながら、ボーマンは良い兆候だなって思っていた。
「おまえなあ・・ようは、なめられてんだよ」
ボーマンの言葉にリサはちょっと、考え込んでいた。
だけど、思い当たらないのか?
あるいは、ハロルドを侮辱するに等しい言葉を口にだしたくなかったのか
リサは口をとざしたままだった。
「お前のことをな、一人でも生きていける女だって、ハロルドが言った時
俺はそうじゃないっておもったよ。
おまえにゃ、ハロルドが必要だよな?」
リサにはハロルドが必要でも、ハロルドにはリサが必要じゃない。
一方的な片思いでしかない事実をみとめるのは、
やはり悲しい。
リサは小さな声で「そうよ」とだけ、答えた。
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