憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

邪宗の双神・31   白蛇抄第6話

2022-12-22 11:15:32 | 邪宗の双神   白蛇抄第6話

「澄明さん」
澄明の顔を見ると、男はなんだか嬉気に名前を呼んできた。
「どうなさいました?」
澄明が聞けば
「いやあ。宿に泊っておる女子が
森羅山に社が無いかとかどうかとか、言い出しましてね。
まあ、そりゃいいんですが。なんか事情があるようで、
女房の奴がその女子が首を括って、おっちんだらどうするって言出すし
まあ、来て見てやってくださいよ。
詳しい事は道々話しながら行きますから・・・どうか」
拝む手付きをするのである。
澄明はこれは波陀羅の子の比佐乃の事であるなと見当がついていたので
直に男の言うまま足駄をはむと男と並んで宿屋に向かって歩き出した。
「いや。森羅山に社なぞねえってのに、あるって言いはるし、
果てにはそれをあるって女が森羅山にいたっていうんですよ。
大体おかしいでしょう?そんな、ありもしねえ物をあるっていうし・・・」
男の言葉に澄明は空とぼけたように
「おや?しりませなんだか?社はありますよ」
「ええ?あるんですかい?」
素っ頓狂に引っくり返ってしまった声を上げて男が答えた。
「はい。御座いますよ」
澄明が在ると言うとなってくると亭主もあるのかと思わざるを得ない。
「じゃ、なんですかい?その社の中に亭主がいるってのも本当の事ですかい?」
しばらく女子を読むような振りをして見せて
「ええ。本当です」
「ありゃ。俺あ、えらい事を言っちまったよ」
男は頭を掻き始めた。
「ん。んじゃ・・・なんだよ。女がいたって事は」
「あ、あれは比佐乃さんが一人で森羅山に入ったのを見ておった女子が
心配してついていったのですよ」
「社から出てきた女ではねえんですか?
ありいい?名前を知ってなさるんですね」
「何故にそう思います?」
「だって、ありもしねえ社をあるっていう女なんだから・・・」
「ありますよ。すると、私も今しがた出てきた所は社という事になりますか?」
「あ、とんでもない。成る程、あるんですね。ある、ある、あると・・・」
「ええ。あると思う人にはあります」
澄明の言葉に男は狐に抓まれた顔になった。
「ええ!?あるんじゃないですかい?」
「神様と同じでしょう?いると思う人にはいる。いないと思う人にはいない」
「社と神様は違いますよ。神様がいなくたって社はあるじゃないですか?」
「社は、向こうの神が用事のあるもののまえに現われるのですよ」
「へえ!?なんです!?そりゃあ!?そんな妙な神様があったもんじゃない」
「自分で社を持っているのですよ」
「人が作ってやらなくても?」
「元々、社というのはその神を信奉する者が
勝手に作って祭り上げている事が多いのですよ。
神に社をもつ必要が出来たのは人が神との接点を求めたせいでしょう?」
「自分で社をもつそんな神様ってのは、やはり・・・・おかしいですよ」
「そうですか?」
「だいたい、社を持たなくとも天神界か天空界にいらされて
自分から用事があるならそいつの所にに下りてきゃいいわけでしょう?
で、その神様に伝えられた事が有難いってんで
人間のほうが社を建てちまうってのが順序でしょう?」
「そうですか?」
「そうですかって?澄明さん。
あなたの方がそんな事には、詳しい筈じゃないんですかい?
なんだか・・・・いやだなあ。
森羅山は元々霊域だったけど、二十年くらい前に大きな木に、
雷が落ちてから森羅山の中に入ったものがろくの目にあってねえ。
山童が森羅山の麓近くまで出てきているのを見掛けた者が居るし
あれから、一層・・・・おかしい」
榛の木に雷神が落ちた事は澄明も伝え聞かされている事ではあった。
雷が落ちた痕に行ってみればすでに神々の手により、塞ぎをしてあった。
であるが陰陽師達はそこに更に四方からの結界を張り
焼け落ちた榛の木に〆縄を張り込ませた。
雷神の落ちた日に正眼やら白銅の父である雅やら
代を譲ったかのようにに隠居の身分に徹している
旧代の陰陽師が集り欠かさず新しいしめ縄を張り替え結界を施すのである。
そのせいもあって澄明はその榛の木に、近寄る事はなかった。
その事件以来、森羅山の中に一層人が近寄らなくなったせいで
妖怪などが尚更我物顔で跋扈する様になっただけにすぎないのであるが
宿屋の亭主は雷神の雷が落ちた事が直接物の怪などを、
呼び寄せたと考えている様であった。

宿に着くと、おかみが飛んできて、澄明の来訪を迎えたのである。
澄明はそのおかみに懐の小袋を渡すと
「例の娘さんに森羅山でおうた女子からだといって渡してくれませんか?」
おかみは渡された小袋を受取ると、
そのずしりとした重みに相当の銭であると驚き
「これは!?あ、それにその娘にお会いになりませんのですか?」
澄明が頷くと
「頼みがあります。娘さんには可哀相でゆうてやれないのですが、
ご亭主の神様の用事は当分かかる事であるのです。
故あってあの方はご亭主と一緒でなければ家に帰ることが叶いませんのに・・
その」
澄明の言葉が途切れるとおかみはすかさずあとをとった。
「なんです?澄明さんの言われる事ならなんでもお引き受けしますよ。
どうぞ遠慮なさらずに仰って下さい」
おかみも、澄明の話し振りで社があるらしい事も
そこに娘の亭主がいるらしい事も
そして、どうやら森であった女子がその亭主になんぞ頼まれていたらしいと
その利発な頭で悟り、考えついていた。
「実はあの方は、孕んでらっしゃる。
それで、その袋の金で何処ぞに家でも借りて、身二つにさせてやってほしいのです。その頃にはご亭主もたぶん帰ってこられる事でしょうから
家を探してやってほしいのです」
おかみは娘と呼ぶのもおかしい事ではあるが、と、思いつつも、
娘が家を出てきたのも、
睨んでいた通り孕んでいる事を喋らなかったのも
何ぞ深いわけがあるなと洞察していた。
「はあ。そりゃあ、別によございますよ。
ところで澄明さんその娘さんが森で会うた女子というのは
その神様の宗徒なんですか?」
「そういう事ですね。
ああ、それと、私がそれをその女子から預かって持ってきたという事は
内緒にしておいてください」
「はあ?では、なんといえば良いですか?どう言うて、渡せば・・・」
「その女子が来て、ご亭主から預かってきたというて渡されればよろしいでしょう」
娘が悪い男に騙されているのでない事が確かであるようなので
おかみはほっとした顔を見せていた。が、亭主のほうは
「なんで、澄明さんがきた事を話しちゃなんねえんです?」
と、食下がって来た。
「さあ?」
答え様がなくて澄明も、御得意の「さあ?」で、すますしかなかった。
「さあ?さあってのはなんです?
だいたい妙な神様の所に行った男の事にしろ、
なんで、その女がじかにここに来ねえで澄明さんとこにいったか判んねえ。
一体・・・ぜんたい」
陰陽師である事が判れば
比佐乃とて自分の身の上を読まれては、
逢いたくも無いと言うに決っているだろう。
そうなれば、
何故会いたく無い?と、尚の事話しが妙な事に成る。
それを、庇う為であるから、訳をいえずとぼけるしかない澄明に
自分が納得のいかないと、矢継ぎ早に疑問をぶつける亭主が
急に言葉を途切れさすと
「てててて・・・何しゃがんだ!え!?手前、人の耳を引張りやがって」
おかみを振りかえって怒り出していた。
「おまえさん。なんという口の聞きようだい」
窘めるおかみの言葉の響きに亭主の方もむっとした顔で黙りこんだ。
「すみませんねえ。そりゃあ私もよく判んない事ばっかですよ。でも・・・」
澄明に言ったかと思うと亭主を振りかえって
「ええ?白峰様のあふりを諌めて下さったのでも、
いちいち、私らに説明を言ってから行かなきゃなんないのかえ?
何ぞ私らの知らない所で動かねばならない事だってあらっしゃるだろうに、
詮索がましい真似はみっともないから止めて下さいよ」
と、亭主をねめつけておいて、
「何ぞ、話せない理由がおありなんでしょ?
そんな事一つが判んないのかと思うと我が亭主ながら情けないって思っちまいますよ。仰る通りに致しますから、どうぞ、ご心配なさらずにいて下さいませ」
と、おかみは気風の良さを見せていた。
澄明も深く礼をする。
「宜しく御願いします」
澄明が奥の気配を気にする様子だったので
「任せて下さい」
澄明が立ち去ってゆくを促がすかのようにおかみが手を振ってみせたので、
澄明も、もう一度無言で頭を下げると宿屋から出ていったのである。
「はああ」
亭主はため息をついており、おかみはつくづくと関心している。
「本当にお若いのに、腰の低い方。
あんた、人の事より、澄明さんの爪の垢でも煎じて飲ませて貰うほうが先だねえ」
亭主に言うと、渡された小袋をもう一度しっかり握り締めた。
「さあ、渡しにいってこなきゃねえ」
おかみは娘に色々尋ねられるだろう事をどう空とぼけようかと考えていた。
『澄明さんじゃないけど・・・「さあ?」ってのもあるね』
おかみはくすりと笑うと娘の部屋に向って行った。

宿を出た澄明はそのまま自宅を目指していた。
どうせ伽羅はもういなくなっていることであろう、と思いつつも

比佐乃の先行きを話しておいてやったほうがよいと考えていたのである。



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