憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・21

2022-12-18 12:39:33 | お登勢

「お登勢がそれだけの理由で出て行ったんだと思えないのは、
まだ、ほかにもわけがあるんですよ」
お芳は話してゆく道筋を思い返しながら男にまだ、わけがあるきがすると、きりだした。
「次の日に・・・私はお登勢にかねてから
考えていたことではあったのですが・・・」
これも、いいわけだと、お芳は思う。
かねてから、考えていたなら、
もっと、早くお登勢の口が利けなかったときにこそ、
告げるべきだったのだ。
「お登勢の口がきけるようになったというのが、
それをはっきり決心させることになったんですが・・。
お登勢に此処に・・・。
木蔦屋の養子になってくれないかとたのんだのですよ・・・」
染物屋の徳冶が嫁に欲しいと必死になる娘である。
木蔦屋自らが養子に欲しがるのは至極当然とおもわれるが・・。
「と、いう事は此方には、跡を継ぐ方がいらっしゃらない?」
「ええ・・。そうなのです。
因縁というのでしょうかねえ・・。
私が木蔦屋の一人娘で生まれたんですよ。
本来・・・。女は嫁し越す者。
それを剛三郎を養子にとって、そのまま血筋が絶えるはずの
木蔦屋を継いできたのですが・・。
やはり、絶える因縁が本道だったのでしょうねえ。
どうにも、子供にめぐまれることなく・・・」
自然の条理を言えば、無理に無理を重ね、
あげく、それでも、まだ、無理をいった。
お登勢を養子にもらいたいということ自体
自然の流れに逆らうことでしかなかったのかもしれない。
「天に唾吐くかのように、定めに逆らった。
これを諭すかのようにお登勢から断りが入ったのです」
そして・・・
「それでも、お登勢が断りをいれてくるというのに
断る理由を言おうとしないのですよ。
私はこれは、お登勢に誰か先を約束したものが
いるせいかと考えたのです。
その人のために子供養子に入るのを断る。
その推量は筋がたつような気がしたのですよ。
ですが・・・。
それならそうだと言うお登勢だと思うのです。
晴れて、その人と一緒になるためにも、
はっきり、言いそうなことだと思ったのです。
主人と二人で、何故だろうとかんがえあわせてゆくと、
お登勢の相手というのが
人に言えない道ならぬものに思えもしたのです。
ですが・・。
先程・・・しょっぱなに話させてもらったように、
お登勢は目の前で怒りに狂った武者に父母を殺され、
幸せな暮らしを失った娘です。
こんな娘がよそ様の夫とか・・・。
こういう人と思いを通じ合わせるでしょうか?
貴方が先程おっしゃったことにも通じますが、
相手の方の女房さんを苦しめ、
人の暮らしを不幸にする、
このようなことをするでしょうか?
私は絶対できないお登勢だと思うのです」
やや興奮しているお芳を見つめ返すと
男ははっきりと、うなづいた。
「女将さんのおっしゃるとおりでしょう。
お登勢さんが出て行ったのは、
そんな人の道にはずれることをするためじゃないと、思います」
「私は、あなたを見かけたとき
お登勢の縁組だと直感しました。
これで、謎が解けた。
そちらの方で既にお登勢をかくまって?
かくまっては、おかしいですが・・。
その上その話を進めにきてくれたと思ったのですよ。
お登勢の居所もわかる。この先も安泰。
お登勢は幸せになるために出て行ったんだと
胸をなでおろしたんですよ。
でも・・・。
違っていたようですね」
お芳のはなしから、
お登勢の出奔先もわからないのだと
気がつくと男は
いよいよ、お登勢が木蔦屋に居るに居られなくなったわけに
思い当たった。
今までの話をまとめてみても、
男が思い当たったことが、的を得てると思える。
何処に行くとも言えず、
出てゆくわけも言えない。
子供養子の話も断る。
そして、人の幸せを大事に考えるお登勢であり、
女将を一番悲しませたくないお登勢であろう。
そして、お登勢の部屋に忍び込んだ男・・・。
店の主人が大事にしているお登勢に
不埒なことを仕掛ければ、
自分が路頭に迷うことに成るのは、火を見るより明らかである。
自分の口を干上がらせる馬鹿なことは
奉公人ならできることではない。
ましてや、奉公人なら
奉公先へ尽くし、恩義を返すのが条理であろう。
奉公人が主人の部屋の隣に居るお登勢のところに
忍び込む。
こんな大それた事をしでかすとは考えられない。
と、なると、
少々の無謀をしても、自分の首が絞まらず、
主人の横の部屋に忍び込むことに
主人への恐れを感じることが無い人間といえば・・・。
主人である、剛三郎本人しか居ないと考えられる。
ところが、
ここまで、いろいろ謎を解く鍵が出揃っているというのに
女将のお芳は
まったく、剛三郎を疑いもしない。
女将の剛三郎への信用はよほどしっかりと固められている。
夫を疑うことも無く、信頼しきっている女房は
妻として、有り難いほどに立派な姿であるが、
ゆえになおさら、
お登勢さんは
真実を話すことができないまま・・・。
追い討ちをかけるかのように、
子供養子の話がとびこんでくる。
それは剛三郎という罠に閉じ込められるにひとしい。
いや・・・。
むしろ、剛三郎の恣意を受け止める意志があると
言うに同じではないだろうか?
ここに居れば、剛三郎の思いを受け止めるしかない。
居ます。
こういえば、この先は男と女の顛末。
居ません。
こう言えば、女将に理由を聞かれる。
話すに話せないお登勢さんだ。
女将を悲しませたくないお登勢さんは、
とうとう、出て行くわけも言えず、
追い詰められてでていってしまったのだろう。

 

「女将さん。私はやはり始めに言ったとおり、
お登勢さんは誰かをかばって・・・と、いうよりも、
自分が出てゆくことで不埒な男をいさめたんだと思います。
子供養子の話を持ち出そうと、持ち出すまいと
お登勢さんは出てゆく決心だったんじゃないですかね?
おそらく、
女将さんがその男を探し出してでも
白黒つけるという心つもりであったことも判っていなさったんですよ。
だから、お登勢さんは自分が出てゆくことで
男が改心するということも考え合わせ
女将さんに詮議なさらないように祈っていると思いますよ」
「わ・・・私に・・・その男を許せ・・と?」
「ええ。気の迷いだったと男が気がつけば
それで、いいことじゃないんですか?
ほんのちょっとした気のまよいを、よってたかってせんじつめて、
男の足元を崩し去ることよりも、
お登勢さんは男が自分の過ちを悔いて
まっとうに生き直そうと考えて欲しいと思ったんですよ。
男にだってそういう良心があるはずなんですよ。
お登勢さんが姉川で
鬼のような武者の仕打ちを受けたことを考えてみても、
お登勢さんがそれを信じるという事が不思議に思えるほど
強い心をもっていらされる。
女将さん。
お登勢さんの心根を思い計って、
その男が誰か判っても、といつめちゃあいけませんよ。
元通り、まっとうにいきなおしてるんだ。
そう、信じておやりなさいよ」
それがお登勢が一番願ってること。
男の口から出た言葉は男にもやけに、らしく思えた。
男にすれば、もしも、を、考えているに過ぎない。
もしも、お芳が剛三郎の仕業と気がついたときに
どんなに傷つくことであろう。
その時にお登勢さんがどんな思いで、
此処をでたか、それに気がつけば、
お芳とて乗り越えてゆけることではないか?
お登勢という娘の残した心配りを
お芳に教えておくことが
男には急務に思え、
それとなく、遠まわしにお登勢の思いを伝え終えると
男はひとつ、気になったことを尋ねた。



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