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SDGsは大衆のアヘンか

2021-05-24 06:47:03 | 日記
世の中と言うか、この地球がもう限界を迎えているらしい。
なので、持続可能な開発目標つまりSDGsが必要だというのが最近の風潮だ。
その延長線上に、クルマの電動化とか石炭火力発電の廃止とかがある訳だが、それすらも欺瞞だという論を聞いた。
大阪市立大学准教授の斎藤幸平氏だ。
難解なテーマを、一般の人にもわかりやすく説いてくれた。
「人新世(ひとしんせい)の資本論」より。

◆気候変動や環境問題を解決しつつ経済成長を達成するというのは夢物語に過ぎない
 その夢物語や幻想を捨てきれない人にとっては、SDGsは免罪符のような存在になっている。
 いわば大衆にとってのアヘンのような存在でもある。

 少し前までにはROE(株主資本利益率)を高める経営がもてはやされた。
 要は、株主への配分を多くすることで、従業員の賃金を削り銀行には金利下げを迫る、国には法人税減税を迫るものです。
 とにかくコストカットを続けるので、デフレ志向で企業は増益でも経済のパイは小さくなり、国民は貧しくなったわけです。
 その反省に立ち、ESGsにより再生可能エネルギーなど環境にやさしい上に経済=パイも拡大するという声が聞こえてきます。
 これはROEとは異なり、インフレ志向なので従業員や取引先や銀行・国家などの全員を満足させられる理想的な成長モデルという認識です。
 
 ここからが氏の主張なのだが、「成長」と「環境破壊」はデカップリング(切り離し)はできないそうです。
 つまり資本主義経済の下では、仮に環境のための効率化や技術革新ができても、それならもっと増産しようとか、
 もっと販売しようという動きにつながるからです。
 環境負荷増大→技術革新→増産→環境負荷増大の無限ループが続くのです。
 一例をあげれば、EVを開発しても、レアメタル資源の乱開発でコンゴやメキシコ・ブラジルで悲惨な事故が頻発している。
 これは、中世のヨーロッパが植民地の犠牲の上に繁栄をむさぼったのと何ら変わることはない。

 資本主義がどれだけ効率的に回っているように見えても、資本の力では克服できない限界が必ず存在する。
 資本主義経済とは外部を食い尽くしていくものだ、従業員・他社・国家・開発途上国・そして地球・・・
 これが「人新世」危機の本質である。
 →痛撃を受けた感じです。人類は一度立ち止まって次の進む方向を考えるときかもしれません。
 

 
 
 

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