つぶやき、遊び・仕事・日常

一日の出来事のあれこれを雑多に記録していきます

できないことが増えるのもいい

2023-09-30 06:52:15 | 日記

掲題のせりふは、作家の山本一力氏のものだ。

もう少し詳しく言うと、「歳を重ねて、できないことが増えるのもいいなと思うこともある」だ。

そんな逆説的な思いとは、こういうものらしい。

 

◆知らず知らずにペシミスト(悲観論者)になっていた

 氏は、若いころから前向きに生きてきたつもりだった。

 だが、知らず知らずに寄る年波に飲まれて、いわゆるペシミスト状態になっていた。

 それに気づいたとき、自分の衰えた身体を嘆くのではなく、これまで自分を支えてきてくれたこの身体に

 感謝するように、考えを改めたのだ。

 

 緑内障で目がどんどん見えなくなってきた。

 原稿を書くにも、文字をズームしなければ見えやしない。

 不便と言えば不便だけれども、それでもまだ見えていることを有難いと思うようにしたのだ。

 小説で年寄りを描くときも、自らを見れば等身大で描けるものだ。

 目が見えにくい、歯の調子が悪くなる、夜中に何度もトイレに起きる。

 そんな経験をするからこそ、見えてくるものがあるのだ。

 だから、書いていてすごく楽しいと感ずる。

 

 →なるほど、そういう感謝の気持ちを忘れなければ、衰えも成長のひとつの形なのかもしれませんね。

 


まことの花の咲きよう

2023-09-29 06:40:40 | 日記

作家の佐藤愛子女史の気づきだ。

女史は別荘(山荘)を所有しているそうだ。

そしてそこには、毎年夏が来ると行くことにしている。

ある年に、例年とは異なる五月に所要があって山荘を訪れた。

そこで気づいたこととは。

 

◆まことの花のまことの咲きよう

 その山荘には、500mほども山道を登るそうだ。

 だからおそらく、佐藤家の人々以外は誰も訪れることはないはずだ。

 と、思いがけず庭の赤いものが目に入った。

 あっと思った、源平ウツギだった。

 いつだったか忘れてしまったのだが、知人に山荘の庭が寂しいと伝えたところ、

 これならいいでしょうと源平ウツギを植えてくれたのだ。

 そのウツギが、名前通りに赤と白の花を咲かせていたのだ。

 おそらくその後、どの年も毎年源平ウツギは律儀に花を咲かせていたのだろう。

 しかし、佐藤女史が山荘を訪れるのは夏だけだから、花を見たことは一度もなかったのだ。

 

 源平ウツギは誰もいない庭で、風にも負けず凍てにも負けず、

 季節の巡りにしたがって無心に花を咲かせていたのだ。

 そのウツギの健気さに胸を打たれる。

 花は人に見られようとして咲くわけではない。

 極めて当たり前のことを、改めて思い知った。

 花は人のためではなく、自分自身のために咲くのだ。

 誰もいない庭でひとり咲いて、ひとり散っていくのだ。

 このまことの花の咲きよう、人はどうだろう・・・

 

 →そう 人も同じなのかもしれませんね。

 

 

 

 


「種の起源」の読み方

2023-09-28 06:38:19 | 日記

ダーウィンの「種の起源」は、あまりにも有名だ。

自然界において生き残るのは、強く大きい者ではなく、環境に対応し自らを変化させられる者というやつだ。

だから、世の中で成功した、企業内で出世した、経済的に成功した人々は、

うまく環境に適応して成功を得たのだ、と受け止めがちだが実はそうではないという。

 

同じ環境の中では適応した者が生き残るにすぎないのだ

 生命保険会社を起業したり、大学学長を務める出口治明氏がこう教えてくれる。

 自然界における自然淘汰と人間社会における結果を同一視してはいけません。

 同じ環境の中での競争でなくてはならないからです。

 お金持ちに生まれた人が高い教育を受け、その結果成功した、ではそうではない人は?

 つまり、社会では競争条件の公平性を考えるべきです。

 ですから、貧困家庭支援が必要です。

 満足な教育を受けられなくて、負の循環に入っていくことはあってはなりません。

 

 紀元前5世紀前後に「知の爆発」の時代があり、ソクラテス・プラトン・ブッダ・孔子・老子等々

 多くの賢人が生まれました。

 これはこの時期、農産物がたくさん収穫でき鉄器も普及し、世界全体の高度成長があったからです。

 地球全体が豊かになって、農作業をせずに勉強や研究だけをする人の支援ができたのです。

 翻って今の日本、勉強をしたい貧困家庭の子供に対しての支援はどうなのでしょうか。

 

 →なるほどそう聞くと、貧困家庭への教育支援は優先順位を高めるべきですね。

  現代日本が、紀元前5世紀よりも後退した社会というのは耐えられませんから。

 


役に立たぬ人間

2023-09-27 06:43:55 | 日記

実業家の故正力松太郎氏、元警察官僚にしてメディア王、国会議員も務め、読売巨人軍オーナー、

そこまでは知っていたが、米国CIAの協力者でもあったそうだ。

まあずいぶんと多くの顔を持った男だったようだ。

そんな彼の言葉のひとつがこれだ。

 

ねたみや反感や誤解されるのが嫌だったら、何もしないで役に立たぬ人間になるだけだ

 なるほどこの言葉を聞いて、彼が多くの人から反感をかっていた理由が分かったような気がする。

 彼には彼の信念があったのだろう。

 自身の信ずるところによって、暗号名「ポジャクポット」として、CIAの協力者となったのだろう。

 日本に原子力発電所を建設するにあたって、奔走もしたらしい。

 それらの行動には賛否は当然にある。

 だが、戦後彼ほど大きな足跡を残した人物は思い当たらないのも事実だ。

 みんなの話をとてもよく聞き、同意や合意を得てからしか行動しない総理大臣より、

 よほど真剣に国の将来を考えていたのかもしれませんね。

 


情報のプロ

2023-09-26 06:42:10 | 日記

書物の中でしか存じ上げない方だ。

元帝国陸軍大本営作戦参謀にして、伊藤忠商事在籍、さては中曽根総理の総理参謀まで務めたそうだ。

戦争・ビジネス・政治とあらゆる分野で活躍したとも言える存在だな。

そんな彼は、情報のプロとしても知られ、こんな言葉を残している。

 

◆情報の価値というのは、情報の素材そのものじゃない、それを見る人間の問題なんですな

 たしかに、同じ事柄を見聞きしても、その後の行動はひとにより異なるものだ。

 情報は、それを見る人間によって、価値が変わるということなのだろう。

 他人と同じ行動や同じような発想では、他人と違う結果を得ることは難しいものだ。

 

 そんな氏にはこんな言葉も知られ、こちらはおいらにもうれしい言葉だ。

 部下からの報告のシーンだ。

 「報告は紙一枚、論点は3つに集約し、3行で済ませろ!!」

 事前に十分に練った報告であることはもちろん必要だが、紙一枚ならおいらもわりと得意だ。

 こちらは、情報の処理に関する時間を有効に使うためだったのだろうか。