矢嶋武弘・Takehiroの部屋

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日一日の命

明治17年・秩父革命(8)

2024年11月23日 03時00分35秒 | 戯曲・『明治17年・秩父革命』

第14場[11月2日午前、小鹿坂峠に近い音楽寺(札所23番)の境内。 田代、加藤、菊池、井上ら困民党の幹部の他に、大勢の農民が勢揃いしている。]

田代 「諸君、我々はいま小鹿坂峠を越えた。眼下には大宮郷が広がり、秩父の山々全体が我々の前途を祝っているようではないか。 武甲山の頂きは美しい紅葉に彩られ、荒川はゆったりと流れてわが軍勢の進撃を待っている。この美しい秩父は我々のものだ。間もなく、偵察隊の合図が出たら大宮郷へ進撃しよう!」

加藤 「我々の軍勢はすでに数千人に達している。この大部隊が進軍すれば、大宮郷は立ち所に我々の掌中に入ってしまう。 ここを押さえれば秩父郡だけでなく、やがて埼玉県全体を解放することができるだろう。そうすれば、貧窮に喘ぐ農民は全て救われるのだ!」

菊池 「昨夜からの動員は順調に進んでいる。農民もその他の民衆も皆、わが軍に協力的で“炊き出し”も熱心にやってくれている。 これから大宮郷に進んでいけば、我々の軍勢は1万人にも達するだろう。警官達はほとんど逃げ去った。従って、わが軍の進撃は無人の野を行くようなものだ!」(その時、二発の銃声が真下の荒川の方から聞こえる)

田代 「今の銃声は、大宮郷小隊長の柴岡熊吉君らが放ったものだ! 荒川にかかる“武の鼻の渡し”には、敵が一兵もいないという合図だ! いざ、進撃っ!」

農民達 「おう~!」「進撃っ!」「戦えーっ!」「突撃っ!」「進めーっ!」「えいえいお~!!」

加藤 「いいか、銃を撃てーっ! 花火を打ち上げろーっ! 竹ぼらを吹けーっ!」(銃声や竹ぼらの音などが鳴り響く)

菊池 「そこにいる者は、音楽寺の鐘を打ち鳴らせ~っ! 進め~っ! 突撃~っ!!」(音楽寺の鐘が乱打され音が鳴り響く。「うお~っ!!」という喊声とともに、農民達が白い“昇り旗”を掲げて進撃を開始する)

 

第15場[11月2日午前、大宮郷にある岩上慎次の家。 岩上の他に、川本平三、村岡耕造、林善作、山中常太郎、安藤貞一の自警団のメンバーがいる。]

村岡 「大変だ、この騒動は尋常ではない」

林 「何だ、この銃声や鐘の音は・・・」

川本 「だから言っただろう、俺達の小鹿野町は滅茶苦茶にぶち壊されたんだ。もうすぐ、ここも暴徒どもに占領され破壊されるだけだ」

岩上 「こうしてはおれない、とにかく逃げよう」

山中 「うむ、逃げるしかないが、警察はどこへ行ったのだろう?」

安藤 「皆野を棄てて、寄居へ退却したらしい」

村岡 「ということは、ここから皆野の方へ逃げるのは危険だということだな」

林 「そうだ、暴徒が一杯いそうだ」

岩上 「となると、南か東しかないが・・・」

川本 「いや、南は相当“駆り出し”をしていたから危ない、東の方が安全だろう」

安藤 「僕の家へ来いよ、横瀬はまだ大丈夫のはずだ」

山中 「そうだな、横瀬村なら安全だろう」

岩上 「よし、それならすぐに逃げよう」(岩上、立ち上がる)

川本 「自警団用の赤い鉢巻きや“たすき”は、決して目につかないように注意しよう」

村岡 「分かった、さあ横瀬へ行こう」

林 「おのれ、暴徒め、今に見ていろ」(全員、立ち上がり急いで退場)

 

第16場[11月2日午前、大宮郷の警察署内。 加藤織平、高岸善吉、新井周三郎、飯塚盛蔵、大野苗吉、落合寅市、柴岡熊吉らの他に、農民多数。]

落合 「今度ここに来る時は全てぶっ壊してやろうと思ったが、正にその時が来たぞ」

農民1 「本当にそうなりましたね。2ヵ月ほど前ここへ請願に来た時、警察の連中はわれわれの要求を全く受け付けなかった」

高岸 「高利貸しへの説得をあれほど求めたのに、実に冷たい返事だったな」

農民2 「警察は高利貸しの味方だったのだ。高利貸しから“ワイロ”をもらっていたに違いない」

農民3 「しかし、ここは今やわれわれが支配する所となった。どうですか、火を付けて全部燃やしてしまいますか」

農民4 「そうだ、憎っくき警察は燃やしてしまおう」

加藤 「いや、待て、ここは“人民警察”の本部として使える。要らない書類だけを燃やせばいい」

飯塚 「われわれに不都合な書類を全て燃やそう」

落合 「残念だが、それもそうだ。こんな“新品”の警察署を焼き払ってやれば、あいつらもガックリするだろうに」

加藤 「それでは諸君、その辺の机や棚などを調べて、不要な書類は全て焼き捨てよう。さあ、取りかかろうではないか」

農民達 「よし、やろう」「分からない書類は、とにかく燃やしてしまえ!」「俺は字が読めるから大丈夫だ」「調書は全部焼き捨てよう」「肝心なものは持ち出しているだろうな」「まあ、沢山書類があるな・・・いちいち読むのは大変だ」「外に運び出すだけでも重労働だ」等々 (農民達、机や棚の書類を次々に運び出す)

 

第17場[11月2日午後、秩父神社の境内。 田代、加藤、菊池、井上、高岸、坂本ら幹部の他に、多数の農民が集まっている。]

田代 「諸君、我々はきょう、大宮郷一帯を完全に征圧した。警察署も郡役所も裁判所も全て占拠した。暴虐な高利貸しの家を次々に襲撃し、大地主などからも軍用金をたっぷりと徴収した。 警官隊や役人どもは恐れをなして、どこへともなく逃げ落ちている。これは、諸君の偉大な戦いの勝利だ! 全員で勝利の喜びを分かち合おう!」

農民達 「うお~!」「いいぞーっ!」「勝ったぞーっ!」「秩父困民党バンザーイッ!」

加藤 「すでに我々の陣営には、1万人に達する同志が参集している。1万人の大軍勢だ! これからももっと増える勢いだ。きょうは大宮郷に駐屯するが、あす以降は幾つかの部隊に分かれて周りの地域を征圧し、そのあと力を結集して浦和の県庁に攻め上る予定である」

菊池 「敵の動きはまだはっきりしていない。しかし、いずれ警官隊だけでなく軍隊も出動してくるだろう。 それに備えて、偵察をしっかりと行なわなければならない。斥候(せっこう)係りは十分に任務を果たしてほしい。また、自警団が各地で行動を起こす気配がある。これに対しては、我々の“駆り出し”を一層強化して封じ込めなければならない。遊撃隊の奮闘を期待する」

田代 「ところできょうは、この秩父神社を本陣として宿営しようと思うがどうだろうか。この神社は大宮郷の“象徴”みたいなものではないか」

菊池 「総理、ちょっと待って下さい。我々は国家権力を打倒するために立ち上がったのです。そう考えると、この神社は確かに秩父の象徴かもしれないが、権力の象徴ではない。 我々が政府に打撃を与えるとすれば、占領した政府の出先機関を本陣にすべきだと思います。そのためには、秩父における権力の“牙城”は郡役所ということになります。従って我々は、総理を先頭にしてこれから郡役所に乗り込み、そこを本営にすべきだと思います」

田代 「なるほど・・・」

井上 「それは良い考えだ、その方が訴える力が大きくなる」

加藤 「もっともだ。国家権力の出先で“大イビキ”をかいて寝てやれば、政府に与える痛撃は一層強まるというものだ(笑)」

高岸 「役所の屋上に、困民軍の旗を掲げましょう!」

坂本 「それがいい。そうすれば、秩父全体が我々のものだということがはっきりするぞ!」

田代 「うむ、よく分かった。参謀長の言うようにしよう」

菊池 「有り難うございます。 よしっ、それではこれから、田代総理を先頭にして我々は郡役所に乗り込むぞ! 全員、堂々たる隊列を組んで行進しよう!」

加藤 「郡役所は秩父の中心だ! 我々は凱旋行進をするぞっ!」

農民達 「うお~!」「困民党バンザーイッ!」「勝利の行進だーっ!」「田代総理は凱旋将軍だーっ!」「いざ、進めーっ!」(田代を先頭にして、全員が行進を開始)

 

第18場[11月2日午後、東京・内務省の内務卿室。 山県有朋内務卿を中心に大迫貞清警視総監、東京鎮台の乃木希典参謀長が協議している。そこへ、山県の秘書が飛び込んでくる。]

秘書 「閣下、一大事です。いま、埼玉県庁から入った電報によりますと、武器を持った秩父郡の暴徒は大宮郷一帯をほぼ制圧し、その数は数千人に達するということです。このため、憲兵隊を直ちに派遣していただきたいとの要請が来ております」(秘書が電文を山県に手渡すと、山県は暫くそれに目を通す)

山県 「えらいことになったな。あすは天長節(天皇誕生日)だというのに、なんと間が悪いことか。 大迫さんの方にはどういう情報が入っていますか?」

大迫 「こちらには、警官7~8人が死傷し、他に数人が捕われの身になっているとの報告が入っています。 暴徒の勢いは非常に強く、警察の能力ではもはや鎮圧することは極めて困難だということです。このため、皆野にあった警備本部は、寄居へ撤退を余儀なくされました。 こういう状況になりましたので、内務卿、私からも憲兵隊など軍隊の派遣をお願い申し上げます」

山県 「う~む、乃木君、君の考えはどうか?」

乃木 「警視総監のおっしゃる通りだと思います。一刻も早く軍隊を出動させないと、取り返しのつかない事態になることも予想されます」

山県 「うむ、暴動が東京に波及してきたら大変だ。よし、直ちに軍隊を派遣しよう! 乃木君、まず憲兵隊を出してくれ。次に、東京鎮台と高崎分営鎮台の出動が必要になるな」

乃木 「はっ、憲兵隊に続いて、東京鎮台と高崎分営兵の派遣も直ちに準備します」

山県 「高崎まで鉄道が開通したばかりで本当に良かったな、兵隊をどしどし輸送できる。 しかし、これを見てくれ。(山県が机上の地図を指し示すと、大迫と乃木が覗き込む) この川越方面にもし暴動が広がると、輸送手段がほとんど無いから軍隊の移動が難しくなる。従って、暴徒の進出を何としても秩父一帯で食い止めなければならない。川越の方には絶対に進撃を許してはならん、鎮台の役目はそういうことだ」

乃木 「はっ、承知しました。暴徒が川越地方に進出しないように、その手前から小川、児玉辺りにかけて憲兵隊、鎮台兵を配備しましょう」(乃木が地図上を指差す)

山県 「うむ、そうしてくれ。ところで、村田銃の方は大丈夫だな?」

乃木 「はい、最新式の村田銃を大量に用意してあります」

山県 「よし、村田銃をぶっ放せば、どんな暴動でも鎮圧できるぞ! 初めて使うからな、わしが陣頭指揮を取りたいくらいだ、ハッハッハッハッハ。 大迫さん、これでどうですか」

大迫 「有り難うございます、我々警察も非常に助かります」

山県 「うむ、しかし、軍隊を派遣しなければならないとは大変な事態だ。 天長節を前にして、陛下のご宸襟(しんきん)を悩ませてはならぬ。何のご心配もないと、私から早速“上奏”申し上げよう」


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