矢嶋武弘・Takehiroの部屋

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日一日の命

明治17年・秩父革命(4)

2024年11月22日 15時10分43秒 | 戯曲・『明治17年・秩父革命』

第11場[9月下旬、大宮郷警察署の署長室。 鎌田署長らのいる所に、高岸善吉、落合寅市の他、数人の農民代表が入ってくる。]

高岸 「署長、きょうは最後のお願いに来ました」

鎌田 「さあ、どうぞ」(蒲田が席を勧めると、高岸、落合ら全員が着席する)

高岸 「すでに再三お願いに来ましたが、きょうは秩父28カ村の代表としてわれわれが参上したものです。 各村の総代の委任状をここに持って来ました。従って、これが最終的な請願となりますので、お取り計らいのほどよろしくお願い致します」

鎌田 「うむ、これが最後とあらば、腹を割ってお話ししよう」

高岸 「まず、総代連名の請願書を持って来ましたので、署長にお渡しします。(請願書を鎌田に手渡す) そこに書いてあるように、何度もお願いしていることですが、第一点は農民が高利貸しや金貸し会社から借金しているものについて、返済は4年間据え置くこと、また返済方式は、月賦ではなく10年の年賦払いに変えてもらうよう、署長の方から貸し主に説得していただきたいということです」

鎌田 「その点はすでにお答えしているように、個人間の金銭の貸し借りについて、公の警察が介入すべきものではないと考える。 裁判所の判断においても、同様の見解が示されているのだから、警察が金貸し業者を説得することは不適当だと考える」

高岸 「これまでどおりのお答えですな」

鎌田 「それに、この請願書には各村の戸長の奥書きがない。また、総代連名の委任状というのは不都合である。一名ずつの委任状を持って来なければ、受理できない。従って、この請願書はお返しする」(鎌田、請願書を高岸に返す)

高岸 「また随分、“杓子定規”な取り扱いですね。警察がわれわれの請願をもう受け付けないというなら、この先、どうしろと言うのですか?」

鎌田 「これから先は、個別に金貸し業者とだけ交渉してもらいたい。警察は、この問題については一切介入しない」

落合 「それが最終回答ですか。 こんなに農民達が苦しんでいるというのに、警察は何もしてくれないのですか」

鎌田 「やむを得ん、警察は“民事”には介入できない」

落合 「それならば、今後は高利貸し達と徹底的にやりますよ」

鎌田 「やるのは良いが、穏やかにやってほしい」

落合 「穏やかにだって? そう言われたって知りませんよ」

鎌田 「何を言ってるんだ! もう何人もの金貸し業者が斬られたりしているんだ! 警察は徹底的に取り締まるぞ!」

落合 「それは、高利貸しの連中が何も話しを聞いてくれないからですよ。われわれの知ったことではない」

鎌田 「何を言うかっ! 裏で煽動しているのはお前達だろう!」 

高岸 「まあまあ(鎌田と落合をなだめるようにして)、署長の言われるように、できるだけ穏やかにやって行きましょう。 しかし、農民の倒産件数がどんどん増えて、首を吊ったり夜逃げをする者が数多く出ています。農民達は非常に苦しんでいます。せめて、そのくらいは理解していただかないと」

鎌田 「その点は、よく分かっている」

落合 (小声で)「ふん、何も分かっていないくせに」

鎌田 「何か言ったか?」

落合 「いや、何でもないですよ」

鎌田 「それと、この際だから言っておくが、山林集会は政治的なものだから止めてほしい。もし続けるようなら、どんなことになるかぐらいは覚悟してほしい」

落合 「それは脅しですか」

鎌田 「脅し? 何を言うかっ! 集会条例に照らして言ってるんだ」

高岸 「これ以上は、お話ししても仕方がありません。これが最後のお願いになりましたが、われわれは引き上げます」

鎌田 「ああ、ご苦労さん」(高岸、落合ら全員が署長室から出て行く)

落合 (小声で)「こんど来る時は、この警察署をぶっ壊してやるぞ」

 

第12場[10月上旬、上吉田村にある山中常太郎の家。 息子の彦太郎が10人ほどの農民と談判している。彦太郎の傍らにヨネも同席。]

彦太郎 「きょうは父が大ケガをしているので、私が代りに話しをお聞きしましょう」

農民1 「若旦那、わしが借りていた30円については返済の期日となりましたが、ご承知のように、マユの値段も生糸の値段も暴落してしまって、とてもじゃないがお返しできません。 利息分を元金に加えてもらって、返済を暫く延期してもらいたいのですが」

農民2 「私が借りた20円も、そうしてもらいたいのです」

農民3 「私の分も、是非そうしてほしいのですが」

彦太郎 「それは困る。証書もあることだし、きちんと払ってもらわなければ、こちらだってやっていけない」

農民4 「しかし、払えないものは払えない。証書を書き直して、返済を暫く据え置きにしてもらえませんか?」

彦太郎 「こちらだって仕事でやってるんですよ、困ったな。 それじゃ、せめて利息分ぐらいは先に払ってほしい」

農民5 「いや、私どもはその日の食事代にも事欠いているんですよ。メシも食えない状況だというのに、利息分も何もあったものではない」

彦太郎 「それでは、裁判所に訴えるしかないですな」

農民6 「私どもに破産せよ、死ねということですか!」

彦太郎 「そうは言ってないが、こちらとしては訴えるしかないでしょう。他に何か良い手立てがあるというのですか?」

農民1 「ありますよ。この際、借金の返済を4年間据え置きにして、10年の年賦払いにしてもらえれば良いのです」

彦太郎 「とんでもない! 何を戯(たわ)けたことを言うんですか、冗談じゃない! 私を若造だと思って“なめる”のは止めてもらいたい」

農民2 「その点は先日、われわれの代表が警察へ請願に行った際、個別に金貸し業者と掛け合えと言われたのですよ。だから、こうしてお願いしているのです」

彦太郎 「とても応じるわけにはいきません。他の同業者も同じ対応をするに決まってます」

農民3 「ふん、それじゃ話しにならない。だから、あんたの父さんは誰かに斬られるんだ」

彦太郎 「なんだと、それが貸し主に対する態度か! 許さんぞ!」

ヨネ 「彦太郎、大きな声を出さないで(彦太郎を制する)。 皆さん、きょうはいくら話し合っても“ラチ”が明かないと思います。改めて話し合うということで、きょうはお開きにしてもらえませんか」

農民4 「仕方がないですな、そうしましょう」

農民5 「よく考えて下さいよ。このままいくと、私どもは皆倒産して飢え死にするだけです。何とかしてもらわないと、とんでもないことになりますよ」

農民6 「われわれが限界に来ていることは分かったはずだ。よし、きょうはこれで終りにして帰ろう」(農民達が部屋から出ていくと、入れ替りにハツが入ってくる)

ハツ 「兄さん、いま隣で聞いていましたが、何とかならないのですか?」

彦太郎 「お前が口を挟むことではない」

ハツ 「でも、あれでは全く話しになりません。借金の返済を、せめて1年か2年ぐらい延期することはできないのですか?」

彦太郎 「何を言うか、延期したってその時になったら、あの連中はまた据え置きにしてくれと言うに決まっている。そんなことが分からないのか」

ハツ 「でも、こんな状態が続けば、お父さんが襲われたように、また何が起きるか知れません。心配です」

彦太郎 「お父さんを斬った犯人は、だいたい目星が付いている。警察も調べているから、必ず捕まえてやるぞ。 あれは日下の息子がやったに違いない」

ハツ 「えっ、息子さんが?」

彦太郎 「そうだ、驚いたか。 そんなことより、お前は嫁にも行かず何をしてるんだ。東京へ行って勉強するだって? 少しは親孝行のことぐらい考えてみろ」

ハツ 「お父さんのケガが治ったら、東京へ行きます。女だって勉強をして、自立できる時代になったのです」

彦太郎 「馬鹿っ! そんなことを考えているから“行き遅れる”んだ!」

ハツ 「でも、兄さん・・・」

ヨネ (ハツの言葉をさえぎって)「二人とも止めなさいよ。きょうのことを父さんに報告して、あとはケガの手当てをするだけです」

 

第13場[10月中旬、下吉田村にある井上伝蔵の家。 伝蔵の他に、加藤織平、高岸善吉、落合寅市、小柏常次郎、大野苗吉がいる所へ、坂本宗作に伴われて田代栄助が入ってくる。]

田代 「やあ、お待たせしました」(田代が部屋の中央に座る)

加藤 「田代さん、いよいよ重大な局面を迎えました。きょうは皆さんの意見を聞いてもらって、最終的な方針を決めてもらわなければならないのです」

田代 「ほう、そうですか」

高岸 「まず、私から現状を説明しましょう。 警察などへの請願行動ができなくなった後、われわれは高利貸しへの個別交渉を続けてきましたが、今のところ全く進展していません。もはや、打開の糸口さえつかむことができない状況です。このため破産に追い込まれる農民が続出し、ご承知のように、首をくくったり夜逃げをする者が増えるなど、秩父地方はまことに悲惨な事態に陥っています。明るい展望などは全く望むべくもありません」

落合 「農民達の中には、とんでもない悲劇が起きています。先日もある貧しい農家で、主人が食事をしようとしたら、“カミサン”が『あんたは山林集会に出ていれば良いだろうが、3人の子供の食事をどうしてくれるんだ』と言って、主人に激しく詰め寄り大ゲンカになりました。 その挙げ句、主人は逆上して刀を振り回し、2人の子供を斬り殺したというのです。それもこれも、貧困に喘ぐ農家の悲劇と言っていいでしょう」

坂本 「村によっては、半分もの家が破産に追い込まれた所があります。このままではもう終りです。座して死を待つか、それとも決起するかのどちらかです。 皆さんも、この窮状をよくご存知でしょう」

大野 「私のいる風布(ふうっぷ)村は80戸ほどの貧しい山村で、養蚕や製糸、木炭などで生活していますが、住民の多くが金崎の永保社から借金をして今や破産状態です。 このままでは、風布だけでも暴発するでしょう。どうせ暴発するなら、皆さんと一緒にドカンとやりましょう!」

加藤 「うむ、もはや決断の時だ。 田代さん、どう思いますか?」(田代は無言で答えない)

小柏 「そうだ、決起するしかない。この上は、一命を抛(なげう)ってでも戦うしかない。 皆さんはどう思いますか?」

落合 「そのとおり、戦うだけだ!」

高岸 「もはや、決起するしかないでしょう」

坂本 「私も賛成だ、戦わなければ道が開けない」

井上 「皆さんの気持は分かるが、武器や軍資金などは整っているのか?」

落合 「その時が来るのを覚悟して、猟銃も爆裂弾も刀も竹槍も、沢山用意している」

井上 「群馬県の方はどうですか?」

小柏 「武器は大量にありますよ。問題はただ一つ、どれだけの農民が立ち上がるかだけです」

高岸 「それはもう、怒りが充満して“はち切れ”そうだ。われわれが戦いの先頭に立てば、予測できないほどの民衆が加わってくるだろう」

坂本 「そのためにも、日頃から一所懸命に組織作りをしてるじゃないですか」

加藤 「田代さん、いよいよ決断の時ですね」

田代 「うむ、皆さんの話しを聞いていると、決起するしかないな・・・」

落合 「決まった! 田代さんがそう言うなら、もう決まりだ」

大野 「有り難い、早速、風布の仲間にもそう伝えましょう」

高岸 「戦いの初めは高利貸しの家を焼き討ちし、証書類を全て燃やしてしまうことだ。その後に世直し、世均(なら)しを求めて、つまり公平な社会を実現するために秩父の役所や警察署に押しかけ、それらを占拠しよう!」

小柏 「戦いはそこから始まりさらに広げていく。群馬県の農民も参加するから、栃木や茨城、神奈川など関東一円の蜂起を呼びかけていこう」

坂本 「われわれの“困民軍”は、最終的に浦和へ進撃しなければならない。あそこの県庁を占領し、監獄を攻撃して捕われている同志達を解放するのだ」

井上 「そういう戦略目標は良いが、まずは軍資金の問題だ。それと、長野県の同志達にどう伝えるかだ」

田代 「決起を決めたからには、軍資金の調達は私が中心となって取り組もう。良い考えがあるから、あとで皆さんと相談したい。 長野県には私の部下をやるが、誰か他の人も同行してほしい」

加藤 「ええ、長野県は重要だから早速誰かを出しましょう。あとは決起の時期をいつにするかですね、田代さん」

田代 「うむ、それは情勢を十分に見極めた上で判断しよう。群馬や長野だけでなく、関東のできるだけ多くの地域で蜂起が実現すればそれに越したことはない。 決起するまでにはまだ時間がいる、焦らないことだ。当面は、官憲に気付かれないように、武器や軍資金の準備、組織作りを精力的にやっていこう」

 

第14場[10月中旬、横瀬村の豪商・安藤久作の家。(注・史実では、富田源之助宅となっている) 覆面をした田代栄助、坂本宗作、柴岡熊吉他4人が手に刃物を持って押し入り、寝入っている久作と妻のソノを叩き起こす。]

柴岡 「おい、起きろ!」(柴岡が久作を蹴りつけると、久作とソノが起き上がる)

久作 「な、何やつだ!」

坂本 「静かにしろ、騒ぐと殺すぞ」

久作 「どうしろと言うんだ」

柴岡 「おとなしく金を出せ」

久作 「か、金はあまりない」

坂本 「ウソつけ! お前が沢山持っているのは分かってるんだ。命が惜しくば、有り金を全部出せ」

久作 「そ、そんな・・・」

田代 「安藤、お前が“あくどい”手口で儲けていることは分かってる。つべこべ言わずに早く出せ。さもないと身のためにならんぞ、それっ」(田代が促すと、坂本、柴岡らが刃物を久作の首筋に突き付ける)

久作 「ま、待て・・・いま、いま出すから」(脅された久作は立ち上がると、奥の押入れを開けて有り金を取り出す仕種。 坂本、柴岡らが押入れの中まで確認する)


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