矢嶋武弘・Takehiroの部屋

日一日の命
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早とちり記者

2024年11月08日 03時59分00秒 | 文学・小説・戯曲・エッセイなど

<2020年4月に書いた以下の記事を復刻します>

“早とちり記者”とは私のことである。不名誉なことだが、昔、某テレビ局の記者をしていた時、数回はそんなことがあった。もちろん、他の新聞やテレビでもそういうことはある。
まあ、勇み足とか早合点による失敗を言うのだが、記者とは他社に先駆けてネタをつかみたいと思うから、時々、そういう失敗をするものである。私の場合、数回の中で特に忘れられないものがある。
というのは、記事になって放送されたりすると、それは“誤報”になるのだ。その場合、後で訂正して謝罪しなければならない。ところが、訂正や謝罪の機会がないまま、ずるずると行ってしまうこともある。つまり、結果的に“頬かぶり”したことになるのだ。

だいぶ前置きが長くなったが、忘れられない失敗とは以下のようなことだ。反省を込めて言わねばならない。もう35年も昔のことだが、当時“闇将軍”として政界に君臨していた田中角栄という元首相がいた。
この人の名はほとんどの人が知っているだろうが、彼はロッキード事件で逮捕され自民党を離党したが、その後も“田中派”という強大な勢力を保持して自民党や政界に隠然たる力を振るっていた。
ところが、ロッキード事件で懲役4年の実刑判決を受けたあと徐々に影響力を失い、1985年・昭和60年、田中派内に竹下登氏(元首相)を担ぐ「創政会」が誕生すると、その心労もあってか脳梗塞で倒れ入院してしまったのである。
その当時、田中氏の容態や動静は政界の注目の的になり、多くの政治記者が取材に熱を上げていた。彼は言語や動作に重い障害を起こしたようで、私も一記者として田中氏の病状を取材していた。
そんなある日、私は田中氏に近いK衆議院議員の部屋を訪れて話していると、Kはこう言った。
「田中さんはいま、中国の医療を頼りにしているんだよ。東洋医学というやつかな」
「えっ、それでは鍼とか灸というものですか?」
「うん、よく知らないが、そういうものだろう」
「整体師というのもありますね」
「うん、それそれ、田中さんの周りの人に聞いたらいいじゃないか」
こんなやり取りをしているうちに、私は角さん(田中氏)が鍼灸を使って治療しようとしているのだと判断した。まして角さんは日中国交回復を実現し、中国から厚く信頼されている人だ。
Kの話を聞いたあと、私は急いでこれを記事にしようと思った。田中角栄氏のことは、どんな些細なものでも関心を集める。みんなが一番 知りたがっているものだ。

ただし、Kが言ったように角さんの周りの誰かに“確認”を取る必要がある。ところが、その当時は、周りの人と言えば娘の真紀子さんぐらいしかいない。有名な秘書だった早坂茂三氏らは追放されているのだ。
私は真紀子さんとは面識がないし、彼女に近づいて確認を取るには時間がかかる。そのうち、どこかの記者がこのネタを知って記事にしたら、出し抜かれるではないか。
私は一瞬 迷った。確認を取るのが先か、それともほぼ間違いないので記事にしようか・・・ 結局、功を急ぐ気持が優先した。私はKの話を一気に記事にし、夕方のニュースに売り込んだのである。
「田中元首相、中国の医療を採用。鍼灸の治療へ」といった記事が、ニュースの第3項目に入った。角さんのことは誰でも関心があるから、当然の扱いになったのだろう。
いま思うと、明らかに功を焦ったのだ。記者ならよくあることだが、その時は無性に何かが私を急き立てた。たぶん“魔”が差したのだろう。
こうして私は特ダネ(?)を放送した気でいたが、それから数日たっても、角さんが中国医療を採用した話は一向に伝わってこない。私は“事後確認”を取るのが怖くなってきた。
もし間違っていたらどうしよう。すぐに訂正し、謝罪しなければならない。いろいろ迷ったあげく、放っておくことにした。いずれ、角さんは中国医療を受けるのだ。そう思うしかない。
ところが、何日たってもそういう話は伝わってこない。そのうち、後輩記者のYが「あの記事はどうなったんでしょうかね~」と、私を冷やかしてくる。私は無言のまま“頬かぶり”を決めこむしかなかったのだ。
こうして、私の記事は“がせネタ”となったが、がせネタとは間違ったデタラメな記事ということである。こうして、ほとんどの人は何も言わなかったが、私は信用をなくしたに違いない。
以上、新型コロナウイルス騒動にうんざりして、懺悔告白した次第である。(2020年4月25日)


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