翻訳 朴ワンソの「裸木」18
P61~<o:p></o:p>
玄関も廊下も角に椿や菊が活けられた、こぎれいな店だった。<o:p></o:p>
日本風の陶磁器の火鉢の中には、4つか5つぐらいの堅炭がきれいに載せられ、縁はかなり暖かかった。<o:p></o:p>
風炉に載せたまま持ってきたジョンゴル(肉と野菜)の鍋から、ジョンゴルのじりじりと音を立てて香ばしく肉を煮る匂いが漂い始めた。<o:p></o:p>
私は箸でジョンゴルを引っ掻き回して、かなり煮えた部分を皿に分けてオクヒドさんの前に置いた。<o:p></o:p>
彼は白い陶器の杯に日本酒を手酌で美味しそうにがぶがぶ飲んでから、私を見て何か言うようににこっと笑った。目が暖かく緊張がほぐれていた。<o:p></o:p>
私も何か言おうとしたがやめて、用心深くジョンゴルを引っ掻き回した。<o:p></o:p>
物静かな雰囲気に心地よい温度と美味しい匂いと愛したい人に付き添う時間を、わたしはまるで壊れやすいガラスの器のように大切に取り扱っていた。<o:p></o:p>
いつのまにか彼は4番目の杯を持っていた。<o:p></o:p>
「まあ、そんなにやたらに飲むんですか。まるで泉の水でも飲むように…」<o:p></o:p>
「泉の水? そうだな、時々馬を飼う時に、泉の水より酒がほしいと切実に思うよ。そんな風に喉が渇く時がときどきあってね」<o:p></o:p>
「今日のような日のことですね。すみません。あのことでそんなにやりきれないとは本当に思わなかったんです」<o:p></o:p>
「とんでもない話をするんだね。やりきれないって? あのことでこんなご馳走を食べているのに」<o:p></o:p>
彼は別の杯をやはり一気に飲んだ。<o:p></o:p>
「お酒をたくさん召し上がっているようですね」<o:p></o:p>
「大丈夫。このくらいではびくともしないから。酒飲みを心配するんだね。そんな顔で私を見て」<o:p></o:p>
「心配ではないんですが、心配になります。お酒というのは感情を高ぶらせるんです」<o:p></o:p>
「どんな意味だい?」<o:p></o:p>
「良い時に飲めば楽しみを一層楽しくさせるし、そうじゃない時は怒らせることもありますからね」<o:p></o:p>
「お酒についてなかなか詳しいね」<o:p></o:p>
「父は薬酒が好きだったんです。たくさん介抱もしました」<o:p></o:p>
「じゃお父さんはキョンアに酒癖の悪さまで見せたんだね」<o:p></o:p>
「いいえ。別にそんなことはなかったんです。いつも家に帰ってきたら機嫌がよくて、私が世話をしながら晩酌するのを特に喜んでいましたよ。ほろ酔い機嫌で酔っていれば、私は甘えていろいろな約束を勝手にさせたのです」<o:p></o:p>
「約束をさせるって?」<o:p></o:p>
「父にですよ。お小遣いを上げる約束とか、素敵な所で洋食を食べるとかいう約束をさせたんです」<o:p></o:p>
こうした暖かい明るい回想を私は次々に思い出した。<o:p></o:p>
「約束は守られたの?」<o:p></o:p>
「もちろんです。父は晩酌程度で飲みすぎることなんかないんです。それでも朝は忘れたふりをしようとしますが、心の中では私がその約束を思い出させることを密かに待っている様子だったんです」<o:p></o:p>
彼は私の話が本当に面白いように、立て続けに口に運んでいた杯をさっきから止めてにこにこ笑っていた。<o:p></o:p>
「いいお父さんだね」<o:p></o:p>
私は〈はい〉とためらうことなく肯定しようとしたが止めて、はっと回想から目覚めた。<o:p></o:p>
そうすると内部から何かがしきりに均衡を失おうとしていた。私はそれを食い止めようとありったけの力を使うように首を揺すって、さっきまで私の皿で崩れているジョンゴルを箸で挟んで慌てて口に入れた。つるつるした麺はやや甘く吐きそうになった。<o:p></o:p>
彼も杯をとってもう一度、<o:p></o:p>
「いいお父さんだね」<o:p></o:p>
といってにこっと笑った。
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読書感想75 カインの娘たち<o:p></o:p>
著者 コリン・デクスター<o:p></o:p>
生年 1930年<o:p></o:p>
出身地 イギリス<o:p></o:p>
出版年 1994年<o:p></o:p>
邦訳出版年 1995年<o:p></o:p>
邦訳出版社 (株)早川書房<o:p></o:p>
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感想<o:p></o:p>
モース警部シリーズの中の1作である。事件が始まる前のプロローグで4人の事件にかかわる人物とモース警部と部下のルイス部長刑事のエピソードが語られる。4人は高校教師のジュリア・スティーヴンズとその教え子の不良ケヴィン・コスティン、ジュリアの家の掃除婦のブレンダ・ブルックス、誰かわからない売春婦に転落した若い女。事件は大学のもと特別研究員のフェリックス・マクルーアが自宅で刺殺されたことから始まる。マクルーアは若い売春婦と付き合いがあったこと。大学で個人指導を担当していた学生が自殺したこと。その学生は麻薬を使っていた形跡があること。その学生が住んでいた階の用務員が辞め、博物館に移ったこと。<o:p></o:p>
どうやらその用務員テッド・ブルックスが怪しいとモースが犯人を絞り込んだところで、テッド・ブルックスは行方不明になってしまう…。<o:p></o:p>
モースとルイスの関係は完全に分業になっている。ルイスが細かい現場検証や調査をして、モースはそうしたことはルイスに任せて、頭を使う仕事、もっぱら推理をしている。二人の関係もおもしろい。医者に飲酒と禁煙を申し渡されているほど、大酒のみでヘビースモーカーのモースに居酒屋に誘われても車の運転をするからとお酒を飲ませてもらえないルイスは、それでもいつも居酒屋の支払いをしている。部下が支払うというのは日本とは逆だ。またオックスフォードの街の落ち着いた雰囲気が魅力になっている。<o:p></o:p>
