読書感想241 盗まれた夢
著者 アレクサンドラ・マリーニナ
国籍 ロシア
生年 1957年
出版年 1995年
邦訳出版年 1999年
邦訳出版社 (株)作品社
訳者 吉岡ゆき
☆☆感想☆☆
モスクワ市内務局総局犯罪捜査局(MUR)のシニア捜査官
アナスタシア・パーヴロヴナ・カメンスカヤ(33才)民警少佐は秋の1か月の長期休暇を2週間で切り上げて職場に復帰した。直属の上司であるゴルジェーエフ部長から「エリョーミナ殺害事件のファイルを受け取り担当するように命じられる。部長によれば内部に裏切者がいて捜査を攪乱しているという。マフィアに買収された捜査官がいるが誰だかわからないのだ。アナスタシアの専門はプロファイリングで事件の分析を主にデスクワークで行っていて、実地の捜査に携わることはなかった。しかし今回は異常事態で、実地に捜査を指揮して解決せよという指示である。モスクワ市検察局作成の事件のファイルを見ると、被害者ヴィクトリア・エリョーミナ(ヴィーカ)が精神を病んでいたという証言がある一方で、ヴィーカと同じ孤児院で育ったオリガによると、ヴィーガは自分は健康であるがラジオを通じて誰かに夢を盗まれているという話をしていたという。アナスタシアとチームを組むのは、モスクワ市内務総局所属の刑事アンドレイ・チェルヌイショフと分署の刑事エフゲーニー・モロゾフ。そして人手不足の助っ人としてやって来た民警学校(日本の警察学校)の実習生オレグ・メッシェリノフ。協力的なのはアンドレイだけ。たたき上げのモロゾフはアナスタシアに反感を持ち、オレグも興味のあることしかしない。アナスタシアは内部の敵(マフィアの内通者)と真犯人(マフィアの背後にいる)に挟撃されながら、真相を暴いていく。
アナスタシアの両親や恋人も絡み、西側のベストセラー小説も出てくる。伏線も張り巡らされていて、かなり難解な印象がある。ロシア人の名前を覚えるだけでも大変だ。それでもペレストロイカ以後のロシアの今が描かれていて、読みがいのある重厚で面白いミステリーに仕上がっている。
訳者の解説を読むと、著者は司法・法律・捜査関係の専門家を輩出している一家にうまれ、自身もモスクワ大学法学部卒業後、内務省関連の研究所や教育機関で犯罪の分析と予測を専門に、調査研究に携わっていたそうだ。二足の草鞋で作家活動をしていたが、「アナスタシア・カメンスカヤ・シリーズ」がヒットしたので、1998年民警中佐の階級で退役し、現在は執筆活動に専念しているとのこと。
本作はシリーズ第3作に当たる。
読書感想240 維新と戦った男 大鳥圭介
作者 伊東潤
生年 1960年
出身地 神奈川県横浜市
出版年 2015年
出版社 (株)新潮社
「死んでたまるか」の題名で出版。
☆☆感想☆☆
戊辰戦争のなか、土方歳三とともに函館戦争まで戦い抜いた大鳥圭介の物語。函館戦争では榎本武揚や土方歳三の活躍は知られているが、大鳥圭介という人物はほとんど知られていない。この物語では土方歳三とすべてが対照的な人物としてスポットライトを当てている。大鳥圭介は播州赤穂の医者の家に生まれ、岡山藩の閑谷学校で学んだ。その後大阪の緒方洪庵の塾で蘭学を学び、医業ではなく兵学の専門家になった。鳥羽伏見の戦いのときには江戸でフランス式の軍隊を作る責任者になっていた。そしてその仏式軍隊の伝習隊2000名を率いて、新選組の土方歳三と合流して北上していくことになる。たたき上げの土方歳三は実戦の指揮官だったのに対して、大鳥圭介は教養豊かな理論的な指揮者である。両者はともに生まれたときからの幕臣ではなく、幕末に能力を見込まれて幕臣になった人達で、むざむざ幕府が薩長に白旗を挙げるのが我慢できなかったのだ。大鳥圭介は伝習隊を最強の軍隊と自負していたし、同じく最強の艦船を持っていると思っていた榎本武揚も志を一つにした。この小説の中で、蝦夷地で新しい国を作ることに、勝海舟も一役買っている。榎本武揚に資金を与え、品川沖からの出航を許している。さらに新政府軍の攻撃の前に勝海舟は黒田了介(清隆)との話はついているから降伏しろと蝦夷政府の大鳥圭介に使者を送ってきたりする。勝海舟の暗躍は事実かどうかわからないがありそうなことだ。
大鳥圭介のもとにフランス軍事教官のブリュネら7人がはせ参じたが、新政府軍の攻撃のまえにフランスの船に乗って退去するように言う場面がある。死ぬ覚悟ができているというブリュネに対して「よせやい。これは、お前らの戦いじゃない。どうして、そこまで付き合う。」
また、土方歳三が大鳥圭介に最後に語った言葉。
「おれは明日、死ぬつもりだ。それゆえ伝えたいことがあって来た。大鳥さん、あんたらは生きろ。榎本やあんたは、この国のために必要な人材だ。おれのような一介の剣客とは違う。あんたらは降伏しても、死罪にはならねえ。おれの首を獲れば、薩長の連中は、あんたらのことなど忘れちまうよ。つまり奴らは、おれが死ねば満足する」徳川反乱軍の象徴こそ土方歳三なのだと大鳥圭介が納得する場面だ。
新政府軍にたいして劣勢になっていた蝦夷政府のほうは独立国家がだめなら屯田兵として蝦夷地での生存を認めてほしいと懇願しているし、幕臣に蝦夷地を与えてほしいということも勝海舟が交渉の中で取り上げている。そう言う点から見ても、榎本武揚や大鳥圭介が勝海舟などの幕府の責任者と無関係に行動しているわけではないかもしれない。そう思わせるのでこの小説は面白い。そして土方歳三は新しい時代を見つめつつ、古い武士の生き方を貫いてここでも恰好がいい。