
★趣味の韓国語サークルで取り上げた小説の翻訳で、営利目的はありません★
著者 : キム・エラン
目標金額を集めた日、チャンソンは板の間に腹這いになって簡単な算数をした。一週間チラシを5千枚以上配り、11万4千ウォンを稼いだ。生れて初めて触ってみるお金だった。チャンソンは具体的な労働の対価に触れて思いがけなく誇りとやり甲斐を感じた。当初の目的と違って予想できなかった達成感にちらっと大人になった気分だった。最後の日、あまりにあきあきして、チラシ40枚ほどをよその家の屋上にこっそり捨ててきてしまったが、それを除いた、本当に罪を問わないお金だった。チャンソンは1万ウォン札11枚と千ウォン札4枚をきちんと集めて角をそろえてから財布に入れた。そうして大きい部屋に行って祖母の身分証をこっそり仕舞った。安楽死同意書を作成する時に大人の身分証が必要かもしれないという考えからだった。
次の日チャンソンはいつもより早く起きて動物病院へ行くしたくをした。祖母は既に休憩所へ出勤していなかった。庭の一隅にある水道に洗面器を置いて、チャンソンはエバンを洗ってやった。耳に水が入って行かないように両耳をしっかり掴んで、体に石鹸の泡をつけて隅々まで磨いた。その沐浴がどんな沐浴か知っているのか知らないのか、エバンは幼いチャンソンにおとなしく体をゆだねていた。
「涼しい?エバン?」
血管が透けて見えてかすかに桃色が現れているエバンの耳を用心深くさすりながらチャンソンが尋ねた。
「僕はお前のこんな所も洗ってやらなければならないかよくわからない。それでお医者さんにちょっとお目玉を食らった。洗っている間とてもイライラしただろう?」
チャンソンは箪笥から一番真面目そうに見える服を取り出して着た。なぜそうなのかわからないけれど、そうしなければならないと思った。チャンソンが落ち着いた表情で黒い半袖シャツのボタンをかけた。そうして財布の中の現金をもう一度確認して板の間に腰を下ろして運動靴を履いた。行く途中で一群の先輩達にでもあったらどうしよう、つまらない心配をした。チャンソンが、沐浴後毛羽だってカサカサになったエバンを可愛いと思って眺めた。そしてエバンの首筋を1回撫でた後、物置から手押し車を取り出した。前に祖母がパーキングエリアで使用したアイスボックスキャリーだった。立ち込めたほこりがついたのを、ゴムホースでざあっと水をかけて洗い流し、ふたをはずして中にタオルを敷いた。そしてそこに氷の代わりにエバンを入れた。エバンの横に小さい水の入れ物とバケツを入れることも忘れなかった。最後だと思うと、気分がとても変だったが、最後でも助けることができて幸せだった。今日一日、重要なことを行うという事実に、そしてすべてのことを一人で準備したという思いにチャンソンは敬虔な緊張感を感じた。
真実の愛動物病院はアパート団地内の便宜施設が密集した商業ビルの1階にあった。さっぱりしたクリーム色の外壁に一枚板の硝子がさわやかに付設された新築の病院だった。商号が場をしめた黄色い看板には、黒い犬の足の裏の塗装がされていて、全体的に優しい印象を放っていた。硝子の壁についた「殺人ダニ集中予防期間」だったか「子犬を探します」という文句が記された印刷物を見て、チャンソンはなぜかわからない安心と信頼を感じた。
「着いた、エバン。」
病院に入る前にチャンソンが後ろを振り向いた。腰をかがめたエバンと目を合わせたかったが、心が動揺するようでぎゅっと我慢した。片手に手押し車の取手を握ったチャンソンが反対側の肩に力を入れて病院の硝子のドアを押した。その瞬間ある力がチャンソ ンを外へぱっと押し出した。
「あれ?」
玄関の上の金属のベルががちゃんと音を出したが、硝子のドアは大きく動かなかった。チャンソンが面食らった表情で一歩後ろに退いた。そしてその時に硝子のドアに貼ってあるお知らせを発見することができた。
「喪中、週末まで休みます。」
チャンソンは喪中という単語の意味を正確にわからなかったが、それが死と関連する言葉だということが直感的にわかった。チャンソンはおかしいことに安堵した。
チャンソンは商業街の周囲を徘徊してから近隣のアパート団地の遊び場へ行った。前にチラシを配って何回も来た所だった。チャンソンは藤の木の陰に座ってしばらく休んだ。朝から一日中緊張したせいで疲労がたまっていた。アイスボックスの中でエバンが目覚めて首を回した。そうして、心配そうに見下ろしているチャンソンの顔をじろっと見た。数人の少年が大声でしゃべりながらチャンソンの横を通り過ぎた。互いにスマートフォンを覗きながら自分達の間で何かおせっかいしたりふざけたりして笑った。チャンソンが委縮した表情でその子供達を眺めた。そして自分のふっくらしたズボンのポケットを一度触ってから立ち上がった。
家に帰る途中、チャンソンはバス停の近くの携帯電話代理店の前を通り過ぎた。チャンソンはバスを待ちながらショーケースの中に展示された最新型スマートフォンを見た。ピカピカ黒い宝石のように輝いている、すべすべした機器の上にチャンソンのぼうっとした顔が映った。チャンソンはそれが心からきれいだと思った。
「これを見て、エバン。素敵だ。」
チャンソンがショーケースから視線を転じてアイスボックスの中のエバンを眺めた。エバンはボールのように体を丸くしてその中で自分の頭を埋めて死んだように眠っていた。チャンソンはエバンを一度撫でてからズボンのポケットから旧型の携帯電話を取り出した。そして隅にわずかにひびが入った液晶に自分の顔を映してみてから、重要な事実を一つ悟った。
「そうしたらお金が余るな。」
エバンのために使うお金を除外しても1万4千ウォンが余るという事実に、チャンソンの胸が躍り始めた。しばらくして家に行くバスが到着したけれど、チャンソンはバスに乗る代わりに携帯電話代理店の硝子のドアを開けて入った。
始めは集積回路チップの価格でも尋ねるつもりだった。そうこうするうちに、ある瞬間から店員の前に座らされ、店員が差し出す書類にきちんと名前を記して、祖母の身分証を渡してしまった。チャンソンは自分の旧型の携帯電話に集積回路チップを入れる店員を見つめてから、代理店の硝子のドアの前に止めてある手押し車を振り返って見た。アイスボックスの中で眠っているエバンは見えなかったけれど、エバンがそこにいるという事実は明らかだった。
「集積回路チップの値段1万ウォンに充電器5千ウォン。もともと開通費3万ウォンも受け取らなければならないのですが、今はイベント期間ですから無料でしてあげましょう。」
チャンソンが自分の携帯電話を返してもらって、財布から1万5千ウォンを取り出して店員に渡した。エバンの病院費から千ウォンを崩すのが少しむしゃくしゃしたけれど、動物病院が閉まっている間、小遣いを節約したら十分に補うことができると思った。バス停の前でチャンソンは携帯電話のボタンを数限りなく押した。ひびが入った液晶の上で明るい光が入ってくると、もう自分の顔が映らなかった。チャンソンは携帯電話のカメラボタンを押して足元に寝ているエバンの写真を始めて撮った。「カチャ」音と一緒にチャンソンの背後で冷蔵トラック1台が矢のように通り過ぎた。
エバンは水一口飲まず、静かに寝ていた。普通の時のようにむずかったり、うんうんうめいたりせず、自分の足を舐めもしなかった。チャンソンは一日中携帯電話を触ってから充電している間だけ時々エバンをうかがった。
「そうだ、おとなしい、僕のエバン。」
チャンソンは眠ったエバンの背をなでてから、携帯電話をもう一度握っていろいろなアプリをダウンロードして時間をつぶした。
「電話料金がたくさんかかったら、全部お前の小遣いから出すつもりだから、わかったね。」
祖母のこけおどしも必要なかった。その晩、チャンソンは布団の中に横たわって、ずっと以前父がそうしたように携帯電話の光で犬の影法師をつくった。
「エバン、これをみて。僕がお前の友達を呼んで来た。」
チャンソンが叫んだが、エバンは微動だにしなかった。
「エバン、これを見ろ、僕がお父ちゃんより上手だよ。本物の犬だ、本物の犬。お前の友達だから。」
エバンは相変わらず何の反応もなかった。
2日後、昼食時間が終わる頃、チャンソンは休憩所に立ち寄った。夏休み期間と週末の連休が重なって、休憩所の中は駐車空間がないほど混みあっていた。祖母はくたびれた顔でパーティーうどんを盛ったお盆を持ってチャンソンに近づいて来た。
「昼食に違うものを外で食べるから、お金をくれといっていたね。」
「あ、それ、もういいの、お祖母ちゃん。」
「そうかい、どうして?」
「もう受け取ったもので解決した。」
「だから何が解決したんだい?」
「あるよ、そんなことが。早くうどんもちょうだい。」
チャンソンがずるずるうどんを飲み干して、厨房の中で皿洗いをしている祖母の後姿を見守った。祖母が腰を曲げ伸ばす度にズボンの腰の間にチャンソンが昨夜貼ってやった白い治療薬が見えて隠れした。チャンソンは食器の返納箱にお盆を持っていってから、ガソリンスタンドの横の藤の木のベンチに行きスマートフォンを持って遊んだ。自分がスマートフォンに触っていることを、多くの人々が見てくれることを望んだが、人々はチャンソンに神経を使わなかった。トイレに行き、禁煙標示板の前で煙草を吸い、飲料水を持ったまま相手と短い対話を交わしたり、皆自分のことに没頭していた。週末の人出に混じってチャンソンはスマートフォンで「トニングメカド」を見続けた。そうして、ふと自分がこの3日間誰とも通話したことがないという事実に気づいた。チャンソンが知っている番号も、チャンソンの番号を知っている人もいなかった。教員室に電話をかけてクラスの友達の連絡先を聞いてみようか、しばらく悩んだけれど、先生に通話しなければならないので気が進まなかった。
「お父ちゃんが生きていればお父ちゃんにかけたのに。」
長い思案の果てに、チャンソンが財布から動物病院の名刺を取り出した。喪中で週末まで休むという言葉を思い出したが、チャンソンはいたずらに1回病院の電話番号を押してみた。
「ひょっとするとドアを開けたかもしれない。誰かが電話を受ければ何と言うだろうか?」
携帯電話の向こうで慣れたつなぎ音が聞こえた。チャンソンは間違えたこともないのに、胸が躍った。何回か長いつなぎ音が続いたけれど、電話を受ける人はいなかった。チャンソンは動物病院の方で電話を受けなかったという事実にもう一度奇妙な安堵を感じた。チャンソンが財布の中に名刺をしまって残ったお金を数えてみた。10万3千ウォン。エバンを病院に連れて行くのに不足しない金額だった。今日だけ過ごせば、そうすれば必ず・・・・確かめて立ち上がってチャンソンの膝の上の携帯電話がアスファルトの歩道の上にぽきっと落ちた。チャンソンが、真っ青になって慌てて携帯電話を拾い上げた。そして、ひびが入った左の角から確認した。チャンソンが蜘蛛の巣模様のひびに指を当てて、ゆっくりこすった。とてもゆがんだガラスの粉の粒子が指の先にくっついた。チャンソンの瞳が激しく揺れた。
家へ行く途中、チャンソンは片手を長く伸ばして携帯電話を左右にねじって日の光に照らして見た。黒い液晶の表面に届いた光が水に浮かんだ油のようにすべすべしてゆらゆら揺れていた。それと共にチャンソンの胸にも小さな満足感が生まれた。液晶に保護フィルムを付けると、何故か器械も新品のように見えて、角の傷もまだ目につかないようだった。自然と少し失望した気分になったけれど「仕方がない」状況だったと弁明した。チャンソンは「見物してやってみろという気持ち」で休憩所の電子用品売り場に立ち寄った。アクセサリー用品の陳列台の前でしばらく止まった。そしてほこり一つなく透明な保護フィルムに触って自分もわからずに「3日間・・・」とつぶやいた。だから3日程度は・・・・エバンが待ってくれないかと。今までよく耐えてくれたように。これ以上でもなく少なくでもなくぴったり3日だけ我慢してくれればよくないだろうか。その時持っているお金とこれから集めるお金を計算する間、チャンソンはいつの間にかカウンターレジの前に立っていた。気が付くと財布の中のお金がいつの間にか9万5千ウォンに減っていた。
エバンがもの悲しく泣き始めたのはその晩だった。1度もそんなことがなかったので異常だった。エバンは空を見て朝鮮狼のように長い鳴き声を吐き出した。眠っていてぎょっと驚いたチャンソンが起き上がってエバンを両手で包んだ。
「どうしたの、エバン?どうしたんだい?」
エバンが抵抗して床に頭をこね回した。詳しく見ると、目の周りに目やにがべっとりつき、口からも激しい悪臭が出ていた。その瞬間チャンソンが口と鼻を手で塞いで首をよけた。
「ふう、この犬畜生!」
大きい部屋から祖母が喚きたてるように叫んだ。
「どうしてしょっちゅう縁起でもなく泣くんだい?ああ、鳥肌が立つ。たった今捨てに行きなさい。」
祖母の機嫌に逆らわないようにチャンソンがエバンの代わりに声を落とした。
「エバン、御免。3日だけ我慢しよう。ちょっきり3日だけ。その時はお兄ちゃんが必ず・・・・おとなしくね?少しだけ我慢、すこしだけ・・・・」

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