ーーこの翻訳は「不便なコンビニ」の一部を紹介するものです。勉強と趣味を兼ねています。営利目的はありませんーー
不便なコンビニ(キムホヨン短編集)
著者 キム・ホヨン
山海珍味弁当3

西部駅方面へでると、男はしばらくぴたっと止まった。まるで自然の地を離れてアスファルトの上のトラックに乗り込むのを嫌がる草食動物のようだった。ヨム女史は催促するように手を振って、やっと彼をソウル駅の建物から連れ出して、一緒に葛月洞の道を歩いた。男はヨム女史の速度に合わせて数歩後ろをついてきた。彼女は速足で葛月洞を通り過ぎて青坡洞に向かって進んだ。晩秋のイチョウ並木から落ちた銀杏が男と同じ臭いを漂わせていた。ヨム女史はその場でなぜ彼を連れて出てきたのかについて考えてみた。
謝礼を断った男に何としてもお礼がしたかった。男が必死に自分のポーチを守ったことに対するお礼もあるし、ホームレスであることにも正直な行動をしたことも褒めてやりたかった。長い時間、教壇に立って体に浸み込んだ、生徒たちの行動に対するフィードバックがここでも発揮されたのだ。何よりもヨム女史は生まれた時から信仰によって人生のすべてをクリスチャンとして生きてきて、まず善良なサマリア人の姿を見せてくれたホームレスの男に対して、自分も善良なサマリア人になりたかった。
15分ぐらい歩いただろか、西部駅の裏側の薄汚い町が終わり、洗練された大きい教会の建物が目に入ってきた。女子大の前だからジーンズにジャンパーを着た女子学生がからから笑って通り過ぎ、放送を通して有名になった軽食店の前には客が列をなして立っていた。ヨム女史が後ろを振り返って見ると、男はきょろきょろ街の風景を観察するのに余念がなかった。彼女と男を避けて行く人々もいた。彼女は自分と男の組み合わせが人々にどのように見えるのか気がかりでもあり、心配でもあった。ここ青坡洞が自分の町だからだった。そして自分の店がある所でもあった。
淑明女子大方面にさしかかったヨム女史は男をしっぽのようにぶら下げて路地を2つ3つ過ぎてから小さい三叉路にたどりついた。三叉路に分かれる曲がり角にあるコンビニ。そこがヨム女史所有の小さい事業体で、男にまた弁当を提供することができる空間だった。コンビニのドアを開けてヨム女史が男に入るように手招きした。男はおずおずと彼女の後ろに従った。
「速くいらっしゃい。あっ、いらっしゃった?」
アルバイト生のソヒョンが携帯を下に置いてヨム女史に笑顔で挨拶した。ヨム女史も笑顔で答えたが、その時スヒョンが驚いているのがわかった。
「大丈夫、お客様よ。」
お客様という言葉に男を観察しているスヒョンの表情が一層歪んだ。ヨム女史は彼女が大人になるにははるか先だと思いながら、男の腕を引っ張って弁当陳列台に向かった。男は目はしがきくのか、あるいは何も考えていないのか、黙々とヨム女史に従った。
「気がすむまで選んでください。食べたい物。」
「?」
「ここは私が運営しているコンビニなので気を遣わずに心ゆくまで。」
「じゃ・・・・ううん・・・えい?」
面倒くさがった男が突然口を開けたままぼんやりした。
「どうしましたか?食べたい物がありませんか?」
「パク・チャンホ・・・弁当・・・ありません・・・」
「ここはGSコンビニではありません。パク・チャンホ弁当はGSコンビニでだけ売るんです。ここも美味しい物多いです。一度選んでみてください。」
「・・・パク・チャンホが、弁当がいいです・・・」
男のライバルコンビニ弁当の決まり文句にあきれたヨム女史は前にある一番大きい弁当をつまみ押し込んだ。
「これ食べてください。山海珍味弁当。これおかずも多いしいい。」
弁当を受け取った男は慎重におかずの種類を数えた。12種類だ。それならホームレスには王の食膳だ。こいつ。ヨム女史が弁当を探求するように調べる男を見ながら独り言を言った。確認が終わったのか、男は頭を上げて彼女にこっくりと挨拶した。それからまるで指定席でもあるように店をでて屋外のテーブルに向かった。
緑色のプラスチックの屋外テーブルはたちまち男の小さい食卓になった。男はまるで貴重品を扱うように弁当のふたを開けてから、真心をこめて箸を割って二つにしてから、ご飯を一匙すくって口に入れた。ヨム女史は男の行動を一つ一つ観察してから戻って、コップの味噌汁を一つとってきてレジ台に載せた。シヒョンがすぐに気づいてバーコードを読み取り、ヨム女史は味噌汁にお湯を注いで匙と箸を持って外に出た。
「一緒に食べてください。汁物があればちょっといいでしょう。」
ヨム女史が置いた味噌汁と彼女の顔を代わる代わる見ていた男は匙と箸を渡す間もなく一口飲んだ。彼が熱さなんか忘れたように味噌汁の半分をずるずる飲んでから頷いたりまた箸を使ったりした。
コンビニに入って紙コップに水を注いできたヨム女史は、それを男の横に置いてから向かい側に座った。彼女は男が弁当を食べるのを眺めた。冬眠から出てきて腹が空いたのか、冬眠をするために栄養をつけなければならないのか、とにかく蜂の巣を食べつくす熊の様子だ。ホームレスであれば一日三食まともに食べるのも大変なのに、なぜ体格はあのようによいのだろうか?彼女はホームレスが太っているのが、貧困層の肥満率が高いことと同じ理屈ではないのかと考えた。あるいはあまりにも慌ただしく食べるからかもしれない。
「ゆっくり食べてください。誰も奪って食べないから。」
男は炒めたキムチ汁を口につけたままヨム女史を見上げた。さっきの警戒が漂う目つきではなく従順な表情だった。
「おいし・・・かったです。」
男が横に置いた弁当のふたを見てまた付け加えた。
「本当山、山海珍味・・・。」
男は言葉を終える代わりにうなだれてペコっと挨拶したり、また味噌汁を飲んだりした。案外落ち着いて行動するのを見ると、ひもじさを満たしてしっかりしたようだった。残った蒲鉾炒めを箸で食べ続ける彼を見ながら、ヨム女史は妙な満足感を感じた。いくらも残っていない蒲鉾炒めを執拗につまもうとする彼のありったけの力に生きることの崇高さを覗き見たからだ。
「これからお腹が空いたときにこちらに来てください。いつでも弁当を食べに来てください。」
男が箸を休めて目をまん丸くして彼女をじっと見た。
「アルバイトに話しておきますからお金を払わずにそのまま食べればいいです。」
「廃、廃棄されたもののことですよね?」
「いいえ、新しいものを食べてください。どうして廃棄されたものを食べますか。」
「アルバイト・・・廃棄されたものを食べます。僕、それ・・・とても最高です。」
「うちのコンビニは廃棄されたものを食べさせません。アルバイトにも。あなたにも。だからまともなものを食べてください。私がそのように話しておくつもりですから。」
男がしばらく戸惑ったがまたこっくり挨拶をして、蒲鉾炒めのかけらをつまもうとした。ヨム女史は前もって持ってきた匙と箸をその時になって初めて彼に渡した。彼が匙と箸をうけとると、チンパンジーがスマホを見るようにしばらくぐずぐずした。しかし、すぐに1回習った自転車の乗り方を時間が経っても体が覚えているように匙と箸で蒲鉾炒めのかけらを集めて盛った。その後、満足気にそれを口に持っていった。
器用に空にしたプラスチック弁当に首を突っ込んだ男がヨム女史を見た。
「ご・・・馳走さまでした。ありがとうございます。」
「こちらこそポーチを守ってくれてありがとうございました。」
「それ・・・もともと、二人の奴が盗んだんです。」
「二人の奴ですか?」
「はい・・・それで僕が二人の奴懲らしめて奪ったんです・・・その財布に入っていたもの・・・」
「じゃ、私のポーチを盗んだ奴らにお宅がそれをあえて奪ったということですか?私に取り戻してやろうと?」
男が頷きながらヨム女史が汲んでやった紙コップの水を飲んだ。
「奴ら二人であれば・・・僕勝ちます。三人は・・・大変。その子たち・・・別の日に僕によってひどい目に遭います。」
話終えた男がソウル駅の状況を思い浮かべて怒っているのか歯をむき出した。黄色い歯とその間に挟まった唐辛子がヨム女史の眉間をしかめさせたけれど、自分の力を誇示する彼の姿から生気が感じられて気分が晴れた。
男が残った水を飲んで周囲を観察した。
「ところで・・・ここ・・・どこでしょうか?」
「ここ?青坡洞。青い丘。」
「青い・・・丘・・・いいですね。」
男がもじゃもじゃの髭の中、口の端を上げたり弁当と味噌汁の容器をつまんでもって立ち上がった。自然な行動のようで再活用箱にそれを捨てた男はヨム女史の前に来てジャンパーから再びチリ紙の束を取り出して口を拭った。

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