風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

恋する地球を恋する

2016年04月18日 | 「新詩集2016」


遠くの山々が
のどかに雲の帽子をかぶっていた日々
春の野をいっぱいの花でみたし
初夏の木々を新鮮な緑で塗りかえてくれた
美しい地球よ
恋しい地球よ
どうか
山を崩さないでくれ
家を人を押し流さないでくれ
川の水を濁さないでくれ
恋する人々を
狂おしく嫉妬しないでくれ
人はただ
美しい地球の四季に恋し
美しくなりたいだけなんだから

*

  初恋の味

まだ恋をしたことがないので
彼女はカルピスを飲んでみました
初恋の味は
甘くて
酸っぱくて
冷たくて
あたまの芯がきいんとなって
失神しそうになりました
けれども
なんだか物足りません
口づけの味がわからないのです
恋をストローで飲んだので
夢中で吸い込むばかりだったのです

*

  黒ねこ

黒ねこが
ペリカンを好きになりました
好きだという気持を
彼女にどうやって伝えようかと
彼はとても悩んでいます
ペリカンは水辺にばかりいるし
黒ねこは水が嫌いなのです
届かない想いを
なんとかして届けたい
魔女の宅急便に電話して
空のダンボールを用意したのですが
黒ねこはただ
箱の中にうずくまったきりです

*

  

その動物園の
彼女は羊の飼育係です
ぜんぶの羊の顔を
それぞれ見分けることができる
それがひそかな自慢です
不眠症の彼女は
ベッドの中で羊を数えながら眠ります
夜の羊はどれも
おなじ顔をしているので
うまく数えることができません
気がつくと
いつも羊がいっぴき足りないのです
だから休日は
普段よりも化粧をていねいにして
迷子の羊を探しに出かけます

*

  フランス

アテネ・フランセの
フランス人のフランス語の先生に
彼は恋をしました
ジュ・テームあなたが好きです
彼のフランス語が通じません
日本語も通じません
ミラボー橋の下を
セーヌ川は流れるそうです
恋も流れるそうです
ジュ・テームあなたが好きです
ぼくの苦しみは川に似ている
中央線御茶ノ水駅の下を
流れているのは
神田川です

*

  雨女

気象予報士の彼女は
雨女です
それでも天気予報は
晴れの日は晴れなのです
全国的にお洗濯日和ですなどと言いながら
ほんとに晴れてていいのかしら、と
彼女はひとりで曇ります
休日はコスモスの花びらを数えたり
枝毛を抜いて占ったりします
遠距離恋愛の恋人は
てるてる坊主のような雨男です
彼は傘がないので
テレビは天気予報とサザエさんしか見ないそうです

*

  ホトトギス

テッペンカケタカ
ホトトギスはそういって鳴くのだと
彼が教えてくれました
テッペンカケタカ
鋭く空を切りさいて飛び去る
あれから彼女の
空のてっぺんも欠けてしまったのです
虚しくて
思いは空へ空へと抜けていくのです
テッペンカケタカ
もういちど聞きたいのは
ほんとの空の声です

*

  ミルキーウェイ

ぼくはほとんど水だ
と彼は言いました
手の水をひろげ足の水をのばす
水は水として生きて
水として果てる
そのとき大気の端とつながり
水からいちばん遠い水と出会う
そこで彼は
はじめて彼女の水に触れました
彼女は言う
水から生まれ水を孕むわたし

軟らかくて丸い
始まりはいつも一滴のしずく
さらに大きなものを
ふたりは宇宙と呼びました







コメント (2)    この記事についてブログを書く
« なんとなく春だから | トップ | もうひとつの地球 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (mikki-)
2016-04-18 22:31:58
読者登録させて頂きました。宜しくお願いします。
返信する
ありがとうございます (yo-yo)
2016-05-08 21:17:17
よろしくお願いします。
返信する

「新詩集2016」」カテゴリの最新記事