風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

ひな飾りの家

2010年04月19日 | 詩集「カクテル」
Hina2


正面から夕日がさしてくる
ひさしぶりの道で
ぼくは体があつくなった
釘で引っかいた土塀の落書き
古い名前が傷ついている


日陰の庭は
水の匂いが強くなる
この季節だけ
座敷の奥に女雛がすわる
蝋梅の縁側から覗いてみる
人形は変わらない顔のままで
同じ目をした女雛とおばあさんが並んでいる


ひいな遊びほどの昔でもないのに
おばあさんのしゃべる言葉が
ぼくにはよくわからない
蛙の鳴き声のように
ぐゎっこうぐゎっこうと聞こえる
女雛の小さな口が
かすかに開きそうになる


春が終わると
ふたたび住むひとがいなくなる
小さな闇を幾つも閉じ込めて
ひっそりと季節を越してゆくのだろう


よそ者の背中の軽さで
木戸を抜けて出る
ふり向いて誰かがいたとしても
雛のように古い顔をしているだろう
土塀の文字を読めるひとも
すでにいない


塀にそって
西日の伸びるずっと先に
ぐゎっこうがある


     * * *


          *ぐゎっこう=学校


(2004)


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