正面から夕日がさしてくる
ひさしぶりの道で
ぼくは体があつくなった
釘で引っかいた土塀の落書き
古い名前が傷ついている
日陰の庭は
水の匂いが強くなる
この季節だけ
座敷の奥に女雛がすわる
蝋梅の縁側から覗いてみる
人形は変わらない顔のままで
同じ目をした女雛とおばあさんが並んでいる
ひいな遊びほどの昔でもないのに
おばあさんのしゃべる言葉が
ぼくにはよくわからない
蛙の鳴き声のように
ぐゎっこうぐゎっこうと聞こえる
女雛の小さな口が
かすかに開きそうになる
春が終わると
ふたたび住むひとがいなくなる
小さな闇を幾つも閉じ込めて
ひっそりと季節を越してゆくのだろう
よそ者の背中の軽さで
木戸を抜けて出る
ふり向いて誰かがいたとしても
雛のように古い顔をしているだろう
土塀の文字を読めるひとも
すでにいない
塀にそって
西日の伸びるずっと先に
ぐゎっこうがある
* * *
*ぐゎっこう=学校
(2004)