風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

見知らぬ街を歩いていると

2021年09月20日 | 「新エッセイ集2021」

 

夢の中でしばしば 屋根や塀の上を歩いていたりするが これって猫にでもなってるんかなあ 昔の人なら 前世はきっと猫だったよと言いそうだが 周りは見知らない街や人ばかりで とりあえず駅までの道順を尋ねたりするところは まるっきりの猫でもないらしく 猫が迷子になったりもしないだろうから いやいや 猫以下になってるのかもしれないが それにしても なんでこんな夢を見たりするんだろうか 見知らぬ土地の 初めての街を歩いたりするのって 楽しいことのはずなのに 迷子になって歩き回った感覚は 疲労感ばかりが残ってしまい 目覚めたあともまだ 迷いの感覚が漂っていて その朦朧としたなかで キーボードを叩きながら言葉を探っていると 夢と現実が混濁したり 過去と現在が交錯したりして その混沌としたものを そのまま言葉に変換しようとしたり 浮かんだ言葉を繋げたりしながら そのときどきの記録を 残していく日常生活のなかで 夢にしろ現にしろ 見知らぬ所で迷っていると とても遠くから ときどき声をかけてくれる人がいて その彼は古い友人だが 手紙しか書かない人で インターネットなどには ほとんど無縁な人だから ぼくのブログをみることはなく もっぱら手紙という すこし古い形式で文通をすることはあり ぼくの文章というか 書くものには関心をもってくれていて 近況や心境を知らせるついでに ときどきブログをプリントして送ることがあると それに対して感想らしいものをくれるのを 楽しみにしていたり 励みにしたりしているのだが ごく最近のぼくが書いたものは 句読点がないので読みづらく しばしば内容もあちこち 飛躍するのでついていけない という批判をもらうことが多く とてもまじめに読んでくれる人に 読みづらいものを読ませて申しわけなく 試行錯誤をつづける夢猫の 言葉の遊びに付き合わせたりして ただ謝ることしかできないけれど 夢でも迷い 目覚めても迷ったりしている人間が 迷いながら書いてるものだから とりあえずは許してほしいと 自分としてはまじめに真剣に 言葉の表現に向き合っているつもりでいて パソコンとスマホを グーグルキープで繋げては 家ではキーボードを打ち 外ではスマホを指タッチして 相互で続きを打ったり修整したりしながら 果てしない電波の海を 言葉の舟に乗って遊泳しているというか と言えるほど優雅なものでもないけれど 溺れないように波のまにまに 言葉の櫂を漕いでいると 舟はどこへ向かっているのやら ふたたび迷い路に入ってしまうことも あるのです ではまた






 

この記事についてブログを書く
« 古い記憶の断片を拾ってみると | トップ | 月天心貧しき町を通りけり »
最新の画像もっと見る

「新エッセイ集2021」」カテゴリの最新記事