風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

古い記憶の断片を拾ってみると

2021年09月14日 | 「新エッセイ集2021」

 

6歳まで大阪で育ったので 幼児期の記憶は大阪にあるが その時期の古い記憶というものは 断片しかなくて それでいて鮮やかに存在していて 何故こま切れの その部分だけが蘇ってくるのか もはやそれは スナップ写真に似たものかもしれなくて 何らかの深い意味が 含まれているとも思えないのに 1枚の写真のようなものが幾枚かあって 1枚目の記憶の写真は 2階に上がる階段の一番上で 父とふたりで黙って座っている もうすぐ妹が生まれるらしかった それだけの静かなシーンが ぽつんとある 祖父に押さえつけられ 灸をすえられて泣き叫んでいる 祖父の家に泊まると 敷布の糊がばりばりに効いていて それが嫌だった 小さなボートに乗っていて 父は魚釣りをしているらしく ぼくはボートの縁で水中を覗いている 船べりに小さな蟹が無数にへばりついている それをじっと見つめている それだけのことで 前後は何もなく 何らの繋がりもない また別の1枚は お釈迦様の小さな像に 小さな柄杓で甘茶を掛けている 幼稚園の行事のようだが 幼稚園の記憶はそれだけしかない 同じ頃に近所にいた ミノルちゃんというハンコ屋の子から 木のハンコをいっぱい貰ったことがある あまりに沢山だったし 親にも内緒だったことが怖くなって こっそり便所に捨てた いつのどんな地震だったのかはわからない 家が壊れると思って 玄関から裸足で表にとび出した そのとき手に持っていた食器から 食べていた炒り豆がパラパラこぼれた パラパラと散乱した感じが忘れられない 向かいの家の人が 戸外にコンロを出して煮物をしていた その煮炊き中の鍋だけを とつぜん知らない人がやってきて さっと持ち去っていくのを ただ黙って見ていた 匂いの記憶もある 父に背負われている その時の父の背中からは パンの匂いがしていた 音の記憶もある 裏の塀に打たれた釘を見ていたら その釘からミーンミーンと音がしてきた あまりに不思議な光景なので これは夢でみたことだったかもしれない どこのどんな家だったか 床一面が黒いインクに浸されていた 地下への階段を下りると そこを川が流れていた キンキチクキンキチク というラジオの音声の その部分だけが耳に残っている 警告するような甲高い音が 記憶の耳に突き刺さっている 家の床下には避難壕のようなものがあり 底に水が溜まっていることがあった 母に手を引っぱられて 長い桟橋を駆けている そのあと船に乗った記憶はない 九州に疎開したときのことらしい 古い家の雨戸の溝に 初めて椎の実を見つけたとき 木の実も帽子をかぶっているんだと思った このときから記憶は 大阪から九州に切り替わる 2階には朝鮮人の家族が生活していた 古い家の窓は板張りで 押し上げて突っかい棒をする 裏は田んぼだった その畦で母と野草取りをしている そのときヨメナとセリの名前を教えられて 今でもヨメナとセリは憶えている 杉の皮がうず高く積んであった 家のそばの土手に いつもぽつんとあった白くて小さな 袋のようなものを 昆虫か鳥の巣だと思っていた それがホタルブクロという 花だと知ったのは 大人になってからだ






 

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