風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

どこへ行き どこへ帰るのか

2021年10月02日 | 「新エッセイ集2021」

 

カラスの鳴き声で目を覚ましたが まだすこし暗めの朝なので しばらく寝てようか起きようかと 半分目覚め半分寝ぼけて レム睡眠の夢の浅瀬で 枕につかまり溺れていたが 夢には時制も脈絡もなくて きちんと辿るのは難しく 反芻して納得することもできず 曖昧に筋書きを残したまま 夜具ともども打ち払い 取り敢えずベランダに出てみると まだ薄暗い空の下を 三つ四つ 二つ三つなど 夢の残滓のような黒いもの ひたすら南へ南へと飛び急ぐさま 夢の霞から抜け出してみれば まだ醒めきらない空を 急かしているのはカラスの群れで 南の方角の空の彼方 どこに目的の場所があるのやら いつもの決まった行動の先に 彼らにとって生きやすく おいしい食べ物が豊富にある カラスの楽園でもあるのだろうか アホーアホーと風を煽り アホーアホーといっしょに飛べたら その楽園を確かめてみたいが たぶん深くて大きな 黒い森があり池があり その先をさらに進めば 海があり島もあるはず そこの其処まで行ったなら 此処にはなくて北にもない そんな何かがあるのだろうか あるいは何もなくても 南を目指していくことが カラスの一日を始めるということ なのか われら地上での始まり方は 駅まで歩いて電車に乗って いつもの決まった場所へ行き 昨日までの続きをつづけ そのような生活もあるにはあるが 早朝の遥かな空を飛翔しながら ハタハタと風に乗って あるいは風を切り 下界に淀む朝霧を払いながら ゆうゆう羽ばたいてゆけば ゆっくり退いてゆく大地の果てに やがていつもの場所があり そこには何かがあり そこで何かをして 彼らだけが知る一日があり そうしてそれから 夕焼け小焼けで日が暮れて いつもの空を北へ向かって カラスの寝どころへ行くとて 夜明けと夕暮れのひと時だけの まるで時の流れに流れているような 人の手が届かないところに大きな 流れのサイクルがありそうだが それには乗らないカラスもいて それはまた別の種族のカラスなのか 民家のゴミ箱を漁ったり 野良ネコの餌をかすめたり 人にも慣れて近づいても動じず それでも逃げようかどうしようかと 羽をもじもじさせながら こちらの出方をうかがったりするので なめられたらあかんと ぎりぎり近くまで迫ってやると しゃあないなとばかり飛びたつが カラスと闘ってどないすんねん どっちがアホーかわからないが 鳴き声はガアガアと耳ざわり 羽は地味だし色気もなくて 嘴ばかりがやたら大きく ときには威嚇もしてきたり 奴は人の顔を覚えるというから 痛い目に遭わすと仕返しが怖いし そんな賢いような狡いような鳥は 人間に近すぎて厄介しごく ただ見てるだけなら 空ゆくカラスの方がずっと 優雅でむしろ羨ましいくらいで 羽を持たない地べたの身では アホーアホーの空の気軽さ 身軽にさっと南へ行きたい 身軽にさっと北へも行きたい 山のカラスはなぜ鳴くの 南も北もカラスはカラス ようよう白くなりゆく山ぎわ ようやっと目覚めて自問自答するも それはカラスの勝手でしょ カァ







 

 

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