S夫人からはがきが届いた。東京の明治記念館か帝国ホテルでのパーティーでお会いして以来のお付き合いだが、そのときには既に、代議士のご夫君は他界されていた。
N県出身の方だが、東京都郷里を半々に生活されていた。今年は寒中見舞いが来た。
変に思って内容を読むと45才の娘さんが亡くなった喪中だった。
控えめの静かな麗夫人で、何故か初対面の家内と気が合って、会場でともに談笑した。
高貴な方、著名人、政治家先生が多く出席の集いだけに、控えめなご夫人は戸惑っておられた。同様な家内と意気が合ったのかもしれない。
私は滅多に、その種の会合に家内を同伴しなかったが、珍しくその日は同伴だった。
今もそのときの写真が残っている。知り合いの業界新聞社長が撮影してくれた。
不要論が出ている年賀状だが、懐かしいが年賀状だけの交際も長続きすることの重要性を再確認した。
N県出身の方だが、東京都郷里を半々に生活されていた。今年は寒中見舞いが来た。
変に思って内容を読むと45才の娘さんが亡くなった喪中だった。
控えめの静かな麗夫人で、何故か初対面の家内と気が合って、会場でともに談笑した。
高貴な方、著名人、政治家先生が多く出席の集いだけに、控えめなご夫人は戸惑っておられた。同様な家内と意気が合ったのかもしれない。
私は滅多に、その種の会合に家内を同伴しなかったが、珍しくその日は同伴だった。
今もそのときの写真が残っている。知り合いの業界新聞社長が撮影してくれた。
不要論が出ている年賀状だが、懐かしいが年賀状だけの交際も長続きすることの重要性を再確認した。