つれづれおもふ

思えば遠くに来たもんだ~ぼつぼつ語る日々の出来事

いよいよ始めました

2021年01月18日 | 子育て
未整理になっている子どもたちの写真が山ほどある
 
長男、長女が幼稚園くらいまではなんとかしようとしていたが、
頭数が増え、学校行事が生活の中でかなりのウエイトを占めるようになり、それに日常に追われて、
明日のばしにした〝思い出〟がたあくさん
4人かける30年で、札幌から運んだのはプラスチックケースに二箱
 
さて、なんとかしないと、
 
 
 
昨夏、プリンターが壊れた
姉が在宅で仕事をできるようにと旦那が選んだもので、
コピーもできスキャナーもついて、挙句無線でファックスも流れ便利にしていた代物だった
10年だもんなあ仕方がない
代わりを選ぶにしろ旦那にやらせないと、選んだものにああだのこうだの言われたら面倒だから旦那が来るのを待った
…次女も末っ子も自分がやると言わなかったのが上の二人とは違うなあとみていた
そのために年賀状もきわきわの作業になった
 
私が希望したのは、大きくないもの、写真の整理をしたいのでスキャナーがついているもの
こういうことは手早い旦那は札幌にいる時からネットで手配
自分がついたとたんに接続にかかれるようにしていた…すごいなあ彼のこの手の行動力、
他方面にも向けられれば人生違ったよなあとは、ずっと感じている
 
松が外れ、半月以上滞在していた旦那が帰り、
押し入れで場所を占領しているプラスチックケースを開けた
アルバムに貼り込んでいるものはちょっと厄介だから、まず紙焼きのママでほったらかしのものを
取り込んでPCの中に保存する作業を始めた
 
私の子どもの頃、写真は写真館に写しに行くものだった
やがて素人が扱いやすく、少し頑張れば手が届くくらいの価格のものが出てきて、
それでもまだ手軽なものではなかった 一枚一枚大事に写していた
眼鏡に、首からカメラの、日本人海外旅行客の姿はこのころのものだと思う
 
だからアルバム整理も簡単なもので、私の子どもの頃のアルバムなんかかろうじて3冊あるかなあ
それが…いやあ我が子のものは数が違う!! すごいや とにかく元気なうちにやらないと
ため息交じりにはじめたが、その写真の山を引き出してみると
ああ、こういうこともあった、そうだった、え、こんないい顔していると手が止まります
忘れていることも多く、こんなことあったっけ?とおもうこともある
 
写真のすごさを今実感している
 
写真が無かったころは、どんなに記憶力のいい人でもすべて忘却の彼方にうずもれていたのだよなあ
どちらがいいとはいえないが、私は今、笑っている子どもたちの姿を振り返る状況をいとおしく感じている
私も旦那も、いい時間を過ごしていたんだなあ
 
カメラも凄いが、パソコンもすごい
 
紙焼きでアルバムにどう保存しようかと、それを子どもたちにどうしたらよいか困っていた
自分でも思うが、自分の子どもの時の写真なんてそんなに数が欲しいとは思わない
親だからどの一枚も大切に感じるので、動かすのにもお金がかかるような状況になっているこの"思い出"
どっさりアルバムで渡されたら怒るよなあ…
パソコンという文明の利器にほっとしている 整理がついたらメモリー一つで渡すことができる
あまり迷惑かけずに私と旦那が楽しかったことを伝えることができる
 
 
 
取り込み終わったものは、ほしいものを残して端からシュレッダーにかけている
 
 
 
 


30年 いい時間を過ごさせてもらいました 自分の幸運に感謝しています
 
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夏の思い出…もう一回外食しました

2020年08月27日 | 子育て

この時は息子の所に3泊した

分別したものをどう処分するか、市のごみ収集の確認や、新しい家に運ぶもの、

当面使わないが処分できないもの…これに困ったんだろうとおもいます

「東京で預かってあげるから、持っていくんでない」と助言をした

趣味のものが結構あるのと、

彼は衣裳持ちなんです…というか着古したものを処分することができない

着古してなくても、今はそれほど袖を通さなくなったものを処分することができない

まずクリーニングにもっていくことを提案した

クリーニングにもっていくのをはばかられるようなものは処分しようと提案した

愛着のあるものは東京行きの荷物に入れることを助言

一つ一つそんなことのやり取りを繰り返し、何とかなるだろうと踏んでいた

荷物の仕分けが始まった感じのところで、いったん東京に戻ることになった

(翌日、彼女が見に来ると言ってる…そうだろうなあ、

彼女は私に、息子の引っ越しのばせないんだろうか?と言ってきたんだから…

心配だったろうなあ…)

 

実はこの時に息子の荷物の中から、かつての旦那と同じものがごそっと出てきた

まあ大したもんではないが、これまでお付き合いしてもらった女の子と間でのやり取りされた

メモや手紙、記念品のようなもの

ここで紹介したかしら?

私が旦那の実家に入って暮らしだしたとき、旦那の荷物は整理されることなく山積みで、

それを端から開けて行ったら、まあ、出てくる出てくる、

女ものの下着、ラブレターの山…これは彼女からのものに旦那が下書きしたものもあったな、

バレンタインのチョコレートや、彼女とのことをメモした手帳などごっそり!!

あきれるやら、情けないやら、あとから順繰り怒りがわいてきて、

いまだに根に持っています!

 

…と、同じようなものがごっそりと!

まったく高校時代の感じのもあったから北海道からずうっと後生大事にとっていたんだろう!!

涙が出るほど「親子だなあ…」と思った

なんで捨てないんでしょうねえ…ああいうもの???

男だから?それともうちの旦那や息子だから???

とにかく私は嫌だったなあ…

それをひっくくって話をし、まとめて燃えるごみの袋にほおり込んだ

私、あの時に見つけたものいまだに持っていますから…

だって熱愛のラブレターですよ…私にではなく…あははは!

 

翌日に図書館勤務が入っていたので、昼の新幹線で帰ると息子に言ったら

「京都駅でお鮨ご馳走するから、それで帰ってよ」と言い出した

息子の引っ越しが終わったら北海道に向かう予定になっていて

それの何よりの楽しみが回転鮨で、それを話していたのを覚えていたのだろう

 

連れていかれたのはこちら…京都に行かれる方なら有名な店らしい

普段はすごい行列だけど今はそんなにだから…

席数を減らしているせいもあり、すぐその場で入店はできなかったが20分ほどで呼び出しの電話が鳴った

 

なるほど…同じ回転鮨でも北海道のものとはちがうなあ

北海道ももう少し考えた方がいいかもなあ…少し料理していいかも???

握りの大きさも、いい!!

そんな話を息子にしたら「あのネタの大きさだと握りを大きくしないとだめなんじゃないかな?」

なるほど

次女の会社の人で「北海道の鮨は生臭くっていやだ」という人がいる

ああ、そうだよなあ、その感じはよくわかる

ま、北海道にも腕のいい職人さんはいるから一概にどうのとは言えないが、

とにもかくにも2回目の外食!大満足でした!

 

不思議でしょう??

気持ちのバランスなんでしょうが、うまくいかないことが出てきたときに、

それを自分の中でひねくり回しちゃうんでしょうねえ…

それが引っ張り出されるとこんな風に落ち着いてくるんです

その時々でさらっと周りの人間に話をすればいいのになあと思うんです

だからこそ一人でいなくて済む今は、きっと大きなパニックを起こさないと感じています

 

 

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夏の思い出… 4か月ぶりの外食

2020年08月26日 | 子育て
自慢じゃないが、北海道民は日本で一番早くから外出自粛をしていた
 
私も雪まつりに出かけたのが最後のイベントだったように思うんですね…
以来 “外食” というものから遠ざかっていた
外でばっちり仕事しているわけではないから縁が無くなってしまったんです
外出は東京でも札幌でも徒歩圏内のスーパーにほとんど限られていた
 
ラーメン屋さんの美味しいラーメンが食べたいなあ……本当にそう思った
 
息子のことで飛んで行った日、彼のアパートについたのは夕方
まだバイトから帰っていなかったので部屋の様子を確かめながら帰りを待った
7時過ぎに連絡があり「お風呂屋さんに行って、外で食事しよう!」と誘ってくれた
 
より人の多くない銭湯はどこだと狙いをさだめ、宇治の方に向かった
銭湯も脚が向かなくなっていた私は久々の大きな湯船、ジェットバスを堪能した
 
「近くにお好み焼き屋があるんだけれど、それでいい?」
 
断っておきたいが、北海道民は夜ご飯にお好み焼きという選択をあまりしない
店があまりないのもあるだろうが、鉄板焼き…でくくるなら、
きっとジンギスカン食べに行くんだろうなあ??
長男は京都で暮らして5年
北海道で“角食”と呼ぶ食パンも、この頃5枚切がうまいと思うようになったという
習うより慣れろということのようだ
 
で、お好み焼き屋さんに入った
時間が遅かったのでほとんどお客さんがおらず、ゆっくり楽しむことができた
 
息子に一つだけ注文を付けたのは焼いて出してくれるお店ならということ
出来ませんから、そんな、皆さんのいるところで、人生で数えるほどしか焼いたことないのに、
ねえ、
 
 






 
美味しいものですよねえ…一枚を食べ終わったときに息子が
「●●ちゃんと一緒だと頼めないんだけど、広島風っての頼んでいい?」
彼女の実家は大阪にある
どうやら、広島風はいかんのだそうだ…いや、それは、道産子がなにかを言えるものではありません!
きっとどちらにも言い分があるに違いありません
 
私はお好み焼き自体そんなに食べたことが無いので、どちらも美味しくいただきました
 
3月から数えて4か月ぶりの…本当に久しぶりの外食だった
なんか、心のどこかの何かがほとほとと楽しいよおと言っていた
 
 
 
続く
 
 
 
 
 














 
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夏の思い出…京都にて

2020年08月25日 | 子育て
県外に出ないように、東京都民はgotoキャンペーンの対象外  などなど、
不要不急と言えるのかどうかと頭を悩ませながら、今年の夏を過ごしている
 
 
一つ目は長男の引っ越し
 
3月…まあたやらかした長男をなんとか首の皮一枚でつないでくれたのは、人間がしっかりしている彼女
 
身動きができなくなった息子と話をしてくれて、なんとか動き出させてくれた
その時に「一緒に住んでもいいですか?」と言ってくれた
 
昨年、息子の状況を知ったときには彼女の存在をよく知らなかったのでとっさに私が一緒に住むと考えたが、
30過ぎた息子にそういう人がいるのであれば、それは母親ではなく生涯を歩くと言ってくれている人に限る
 
混乱している本人抜きに話はまとまり、で、コロナ騒動が持ち上がった
急がせるとパニックがひどくなるだろうと推察できた息子にはこれもよかった
話は段階を踏んで進めることができて、6月に解除になったときに二人で住むところを探した
 
「決めた」と連絡があったので、
 
私ができる最後の手伝いになるなと考えて
「手伝いに行くから荷物の心配はするんでないよ」と言ったのだがね、、、
片づけ能力が皆無の我が息子は…それが、多分、大きな原因だろうと思うが、まあたパニックを起こした
 
1ルームの一人暮らしの荷物など三日もあれば成敗できると踏んでいた私は、
それでも5日間行くからと伝えていたのです………息子の心臓の小ささを過小評価していたようです
 
あいにく図書館業務が入っていて、そのままずっと滞在することができないが、
彼を安心させるためにとりあえず行くことにした
彼女の方だって自分の引っ越しがあるし、仕事もある、そうそうは面倒みられないだろう
 
 
もう引っ越したからいいだろう
行ってみたら、こんな感じ
 


 
 
部屋のこちら側も似たような塩梅だが、私にしてみたら想定内だった
 
まあ、しっかり者の彼女にあれをしろ、これをしろ、と指示を受けて、
無駄なものをなるべく処分してほしい彼女にあれこれ言われて、
捨てることができない息子は困り果てたんだと思われます
いわれることができないし、大学の研究の期日は迫るし、
アルバイトの非常勤講師で期末の仕事が重なった
で、どこから手を付けていいかわからなくなった…ということだろう
 
この時期に東京京都間を二度往復して万が一ということも心配だったが、
 
私は部屋の様子を確認でき、その時点で処分できるものや、
いるもの、やれることなど、息子と二人で一つずつ確認して、いったん東京に戻った
軽く考えることができないようで、一つずつを確実に進めていきたいらしい
だから、たとえば、資源回収のボックスもルールを確認してから動いたり、
ごみを捨てるのにも半透明の袋でないとだめだからと丁寧に仕分けしていたりする
それは大切なことなのだが時間は有り余らないから、彼女に怒られてしまったようだ
 
ま、私も自分の引っ越しだったら怒りまくったと思う
仕方がないやね、、、
 
 
荷物が動けば二人でできるだろうと、新居の手伝いはしないつもりでいましたが、
心細さもあるのか「ホテル手配するから、手伝ってくれる?」
と息子…なんか彼女に申し訳ないような気もしたが、荷物が入ればいいだろうと
「わかったよ」まるっと1週間、どうとでもなるように予定を組んで京都に向かった
 
 
気持ちが落ち着いたんだろう、次に行った時には、
自分で捨てられるものが無くなっていて、
何のことはない、はじめに私が考えた通り3日でほとんど片付いてしまった
ただ、私がやっている間、息子はアルバイトがあったから、
それも心配だったんだろう…
 
時間もあったし、彼がつらい思いをここでしたかと考えると、
ピカピカにして返さないとと思い、あっちこっちを磨いて回った
 
 
 






 
湿気に困った部屋だったのだが、
荷物がなくなり陽が入ると、全然そんな面影がない
 
むきになって磨いたせいもあったのか、
引き渡し立ち合いは、さらさらっとみて「問題ないですね」で5分もかからずに終了
何か言われたらどうしようかと身構えていたのですが…
 
「お世話になりました」
 
卒業をこの部屋で迎えることはできなかったが、無事に過ごしました
感謝!
 
荷物を出してから床掃除などをしたため、道具がいくつか残った
それをかついで街中のビジネスホテルに向かった
 
 
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次女とのやりとり

2020年02月17日 | 子育て

この度のタッチアンドゴーは急に決めた

旦那の様子から離れても大丈夫と見極めがついたからだが、

娘から電話があった

「お母さんが来る日、うちで映画の撮影をすることになって、

私がいるから大丈夫だから、…」

それが前日のこと、今更嫌だともいえず、

夕方家についたがまだまだ撮影はしていて、

終了は8時半だという…それまで風呂も夕飯も先送りかあ…

汗だくでついた私をみて、娘がシャワー浴びていいよと声をかけてくれた

末っ子も部屋から出るに出られず閉じこもっているようだ

仕方がないと私もベッドに転がったらうとうととした

娘が「終わったよ」と声をかけてくれたのが9時を回っていた

 

たくさんいた人の影はなかったが、あれこれ動かした残骸はあって、

もうここまで来たら「明日にしよう」と夕飯を済ませたら今度こそバタンキューだった

 

 

さて、問題はここから、

当然だが娘が起きてきたのはいい加減私が腹が立って声をかけた昼近く、

それまでにどうなっているんだこれは???と思いながら、一人で片づけていた

まずインターホンが鳴らないようにしてあった

朝いちばんで向かいが「鳴ってないわよ」と教えてくれたが、

寝ぼけ眼の娘は「私は知らない」と布団に潜り込んだ

知らない?え?じゃあ、故障なの???

とりあえず取扱説明書を引っ張り出して、スイッチが切られていることがわかり、

当然だが内部の時計も止まっていた

キッチンの窓が開けっぱなし、それでキッチンがうすら寒かったのか?と変に納得

居間から外に出るデッキについている照明がつけっぱなし

外のベンチも動かしたまま、

 

撤収を優先したんだろうと考えて、腹の虫を抑えながら掃除をしていたが、

末っ子の部屋から持ち出した家具を戻さなければならないと、

ほこりがすごかったので、ベランダ側の窓を開けたら煙草のにおいが入ってきた

え?アパート側の換気口が近くにあるからそれかしら?とみたら、

ベランダに煙草の吸殻を入れたグラスが放置されていた

 

ぴきっときた

 

今振り返れば、私が帰ったことで撤収を優先し片づけを娘が引き受けたんだろうと思うが、

その引き受けただろう娘が何もせずに寝くるっている!!

起こして、あれこれ苦情を言ったら、

「もういいから、私一人でやるから、やらなくていいから」と見当違いの反抗をした!

 

「母親が怒っている!て昨日の責任者呼べ!」と言い放った!

娘が途端に困った表情をした

 

 

 

以来、娘は落ち込んで口をきかなくなった

こいつ、こうだからダメなんだよなあ…うちの子の弱いところはどの子もこれだ

長男も、長女も、次女も、末っ子もきっとそうだろう

きっと外でも同じだろう…馬鹿じゃないかと思う

はむかうなら徹底的に踏ん張ればいい

自分の正当性を理解させようとすればいいのに、勝手に負けて落ち込んじゃう

それで、強く言い募るやつの悪口を言う…そうじゃないと私は思う

言葉は荒くしなくても、自分がやろうとしたことを相手に理解させる

そういう努力を惜しむように感じる…    そこが足りない

 

怒らせる前に、やれば、よかったんだけれど、

怒らせちゃったんだから、説明しろよ!

 

ていうこと

 

食事もせずにふて寝を続ける娘に話をするのも面倒くさくて、

「次はもうないだろうけれど、あるんならあなた以外の人を窓口にして頂戴、

母はその人に使うならこうしてほしいとお願いできるし、後片付けも納得してやりたい」

とだけ伝えた

 

映画製作を志す若い人たちはお金がない

無いから知人友人のつてを頼って撮影場所を探す

協力できることはいくらでもしたいが、

こうさざ波がたつのであればもうごめんこうむりたいというのが、正直なところだ

 

 

 

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