つれづれおもふ

思えば遠くに来たもんだ~ぼつぼつ語る日々の出来事

Mさん

2011年11月30日 | 日記

長男の子育てで四苦八苦していた時に出会った赤ちゃんサークルの付き合いが、まだ続いている。
Mさんはその会の雑務全般をこなしてくれている。
月1回出される会報の原稿依頼、回収、印刷、発送と細々としたことをいやな顔一つせずにやってくれている。

昨日、我が家にその仲間たちで都合のついた人が集まり“お茶会”を開いた。
Mさんは仕事があって来られなかったのだが、そういう時でも会員への連絡、出欠の確認、弁当の手配(家主の負担にならないように弁当をいつも利用している)そのほか、始めての家だと交通の乗り継ぎや車の同乗等の手配も彼女はしてくれる。
本当にこういう面倒見のいい人ってなかなかいない。

彼女の仕事は“新聞配達”

これがまた生半可なくすごい!! 
彼女は朝夕刊だけでなく、個別のポストに配られるチラシ類の入れ込みもついでにやっている。
それだけで、月に20万近くを稼ぐこともあるというから、そのすごさはお分かりいただけるだろう。

到着がおくれることもある朝刊200軒近くを、彼女の自論で「朝刊は6時まで届かなくちゃ」と、大体1時間半ほどで配達するらしい。それは雪のある冬でも、量が半端ない時でもかわらず守られるようで、こともなげに「できるかなと思うときもあるんだけれど、やれちゃってるの!」という。私も過去にチラシ配りをやったことがあるが、配るだけと言っても大変な仕事だ。いやな目にあうことも多い。だが、他の人が二の足を踏むものも彼女にかかればきっちりと配られてしまう。普通の人が二日・三日はかかるところも「そんなにかけてらんない」といって一日できっちりと配ってしまうようだ。急な仕事でもいやがらない。

彼女は明るく笑っていう。「これだけなの続けられた仕事は!」
そうやって天職だと考えて真剣にこなすから、その場所で彼女は大事にされている。

「配達に入ってくる人でね、新聞配達の仕事をスーパーの仕事よりも下に考えている人が多くてね!
でも、わっかんないの。私は、配達はできるけど、レジ打ちはできないもん」

価値観の違いだろうが、彼女の仕事っぷりをみているとそんなに馬鹿にしたものではなく、技術がいる仕事なんだなと感じる。仕事に貴賎はないの実例だ。どんな仕事でも、プロになることは可能なんだと身にしみる。

昼食後、それぞれの都合に合わせて皆は帰って行った。
たあのしかった!! 「次はMの家でやろう!」 といたもので話は決まった。

 

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佐賀のがばいばあちゃん・・・島田洋七

2011年11月29日 | 本・・・

初版が2001年というから10年前に出た本だ。
帯に“国民的ベストセラー! シリーズ、500万部突破!”と勢いのある文句が刷ってある。

臍が曲がっていて大流行している本に手が出ない。   
流行っているのだから何かしら良い所のある本だとは思うのだが、近頃の流行というのは作られた感がある。
情報に左右されるのもいやなので、本に関して言うと時間を置く。 その本が本物なら残る。
それから読んでも遅くないと、ほっておく。(年がいって来たので、まちきれなくなるかもしれない)

一昨日、子ども達が使っている部屋に掃除機をかけていたら、本棚の隅にこの本があった。
“あら、あるんだ”と思ってぱらぱらとめくった。
“面白い”と感じた。 こういう時が読み時だ。 一段落してから一気に読み切った。

私は、本には“出会い”があると感じている。
読み手の中にある感性がその本を読むに足るものになった時、心にじゅんじゅんと染み透るように読める。
あの感覚がうれしい。
どんなに“いい本”でも読み手が満ちていないと、その本の素晴らしさは手に入らないように思う。
そしてそれは年とったからいいというのものではなく、若い感性の時に読むべき本も多々ある。
私も時折、20代に読めば、30代に読んでいればと感じる本がある。 これはもう仕方がない。
本との出会いは本棚の前の奇跡。 自分の心の流れにひっかかるものがあるか、今日も本をめくってみる。

前置きが長くなってしまった。
『佐賀のがばいばあちゃん』 面白かった。
私は若いころから武田鉄也さんが好きで……あの能書きの多い所がいいです。
(余談ですが、結婚前は武田鉄也か西田敏行のような人がいればと言っていました)
そのお母さん武田イクしゃんを思い出しました。

がばいばあちゃんはこういいます。

貧乏には二通りある。暗い貧乏と明るい貧乏。
うちは明るい貧乏だからよか。
それも、最近貧乏になったのと違うから、
心配せんでもよか。
自信を持ちなさい。うちは、先祖代々貧乏だから。

武田イクしゃんにも 「笑っておったら貧乏神もよってこらん」 というような名言がある。

武田鉄也さんの「母に捧げるバラード」はなかなかの大作で、思春期の当時の学生の悩みも読み取ることができるものだが、
「佐賀のがばいばあちゃん」は、さらりと読みとおせることで重く沈んでいかない。

しかしなあ、イクしゃんは博多だし、がばいばあちゃんは佐賀。 九州には本当にすごいおなごがいるんだなあ。
豪傑といっていい。 これぐらい肝の据わったおなごに育てられたら、男衆も豪快なものになるだろうなあ。
今、日本に大きな逸材がなかなか出てこなくなったのは、おなごが肝の太さをもたなくなったからかもしれない・・・・・そんなことを考えた一冊でした。

 

 

 

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そうか、もう君はいないのか・・・城山三郎

2011年11月28日 | 本・・・

レンタル本屋でマンガを借りることを覚え、しばらく“島耕作”シリーズを読んでいた。
その感想は「書く気になれない」 というところです。
そういう感じで本を読みたいと心が望む時もあり、今はその波が去ったようで、またあちこちで本の背表紙を眺めている。
“そうか、もうはいないのか” は、そんな潮の流れの中で手に取った。 

130ページほどの短文。 城山三郎さんの書くものに凝った時期がある。
派手な飾りのある文章ではないし、激情がうねる様な書き方でもない。
じりじりと動いて身動きが取れなくなるような・・・抑制のきいた、大人のたたずまいを感じさせられていたが、
この本は読んでみてびっくりした。
大人の装いの作家が、奥様に向けられていた気持ちを切々と書かれている。
いつの時でも心の中にあいた穴を奥様が埋められてきたのだと気づき、あいたままの穴をどうしたらよいかとたたずんでいる「城山三郎」の姿が浮かんでくる。 
夫婦・・・・・・素敵な1つの形がそこにはあった。

“容子が死んでみて分かったことだが、・・・” と、奥様が亡くなられて感じられたことから 『指揮官たちの特攻――幸福は花びらのごとく』 の構想が違うものになったと書かれていた。
“・・・理不尽な死であればあるほど、遺族の悲しみは消えないし、後遺症も残る。” 
容子さんは癌で亡くなられているが、その死は城山三郎さんにとって「理不尽な死」だったのだろう。

この本の原稿は城山三郎さんが亡くなったあと、未完・欠落・順不同の状態で見つかり編集者の努力でまとめられたと巻末の次女の方の文章でわかる。不完全であったなどと思われないほど、私はすがすがしい読後感を持っている。

私たち夫婦は結婚して22年経った。喧嘩も多いし、仲がいいと言われることもそうあるわけでない。
この頃、それでも考える。 いつかどちらかが先に逝く。 その時、残された者はどうなるんだろう。 
「いないんだなあ」 そう、思うのだろうか……。 

容子さんが亡くなり、城山三郎さんが亡くなり、この本の解説を書かれた児玉清さんも鬼籍に入られた。
「いないんだなあ」  と、思う。

 

蛇足になるが私は、巻末の次女の方の文章は別な方法であればよかったと思う。
藤沢周平さんの娘さんもお父さんの思い出を書かれているものがあるが、読者がこの本を読むことによって手に入れたいと考えているものと、少しずれて書かれることの方が多いようだ。お子さんや、血縁の方の話を聞いて、それなりの力のあるプロが文章に起こすという方法をとったほうが、「城山三郎」や「藤沢周平」のイメージに陰がささないように感じている。 

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受験生たち

2011年11月25日 | 子育て

4人の子どもに恵まれて、その年頃が次から次と回ってきてしまい、ここ10年ほどは誰か彼かがどこかを受験していた。
今年は次女。大学進学の希望がある。金銭的な問題、北海道という地域性、それに一番大事な自分の学力から、
いろいろな条件をクリアできる大学を選び、今しゃかりきになって努力を重ねている。

それは同級生たちも同様で、夕食時つけていた音楽番組に芦田愛菜ちゃんがでているのをみて、こんな話をしだした。

「今日図書室から戻ったら、教室から野太い♪~ギュッギュッギュッ~が聞こえてきてさ・・・・・・
ちょっと不気味でね!? ●●と恐る恐る覗いたら、男子達が踊っているのよ!もう、気持ち悪いの!」

末っ子がびっくりして
「それは大分、頭が煮えたぎっているのでは……?」

「そう、大分きているよね!愛菜ちゃんのこのサイズでやるから可愛いんで、180センチで完璧に踊られても困っちゃうんだよね!
○○君は “マルマルモリモリ” も完璧に踊るの! “マルモリ” って “JIN” と同じ時間にやっていたんだけれど、
○○君は 「おれはJINなんか観ない」 って言って、あのころから全部踊れて……でも声がさ、めちゃくちゃ低いんだよね…
もうそうとうきているよね…煮えてるよね…受験がさ…もう早く終わるといいよね!」

想像するだに笑えてくる。 高校3年生の男の子は大人の体格をしている。ひげも生えていれば、毛脛の濃い子もいる。
そんな彼らが、芦田愛菜の踊りを踊っている。 あはは…いいなあ!

いいよ、みんな! センターまであと1カ月ほどだね!
風邪引かないように! 良い受験ができるように頑張ろう!!

 

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お酒のカテゴリーを追加します

2011年11月24日 | 

なぜか・・・・・・

私と旦那は新宿の飲み屋で知り合いました。
のん兵衛同志がうす暗い飲み屋で、相手の顔をよく確かめもせず、酔っぱらった勢いで一緒になっちゃったというところです。

いやあ、若いころはよく飲みました。
お酒がおいしかったし、飲んでいるあの愉快な空気が好きでした。
今も「飲みのお誘い」を断るのは抵抗がありますが、残念なのは以前のようにはいかなくなったことです。

一番はビール「一気に飲む」 あの爽快感・充実感を今は体現することができません。
日テレの「満点★青空レストラン」 あの番組は、最後に必ず宮川大輔とゲストや登場した人たちがビールを飲むのですが、
その飲みっぷりが気持ち良くて「ああ、あんな風に飲めなくなったなあ…うらやましいなあ」と思いました。

私よりいくつも年上の旦那も、昔はあれだけ飲んでいた人がと思うほどのかわりようで、
翌日の仕事があまり難しいものでない日に、私と缶ビール1本を分け合えばそれでよくなっています。
なのでビールよりも、一杯を楽しめるお酒がよいです。
ワインやウイスキー、日本酒・・・一杯で、飲んだあという気にさせてくれるものです。

子どもたちの学費に追われる身の上では、あまりお酒に予算をかけられませんが、
ここから始まる新しいお酒との付き合いを記していきたいと考えました。

ぼつぼつと更新していきます!

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