山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

地域が育てたまつり、まつりが育てたつながり

2013-11-03 23:47:05 | 行事
 連休は都会の古巣に向かった。
 そこは廃校を住民参画によって地域施設にリニューアルした場だ。
 そこでこどもを中心としたまつりが行われていた。

                         
      
 おとなの店もあるが忙しい子ども自身の店も運営されている。
 輪ゴム鉄砲の店は長蛇の列が続く。
 そうした子どもたちやまつりを支えているのが職員をはじめとする町会・親・青年・高校生らだ。

                     
 体育館ではロボット姿の子どもが案内役を買って出ている。
 そういう子どもの心意気がすばらしい。

  
 元教室では子ども寄席をやっていた。
 小学6年生の落語家は見事な古典落語を演じていた。

 学生・青年のつながりも広がってきた。
 地域が作ったオアシスは子どもや青年たち、さらには幼児をもつ母親たちをも育てている。
 同時に、この行事を支えるマンパワーは、地域を育てているのだ。
 
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庚申講でキャンドルナイト

2013-06-23 23:00:06 | 行事
 2001年に「ナマケモノ倶楽部」が「自主停電運動」をおこした。
 「電気を消してスローな夜をキャンドルで」過ごし、エコと平和を語ろうというものだ。
 「100万人のキャンドル」運動へというムーブメントとなった。

 今月偶然、オイラが庚申講の当番となっていた。
 スーパームーンが雲で隠れていたが、庚申講でキャンドルナイトをやってみた。

                   
 残念ながらエコや平和の話はできなかったが、詩や絵本の朗読をやってみた。
 ローソクの灯が暗くて活字がよく見えなかったり、人前で久しぶりにやったことで、たどたどしいオイラの朗読となってしまった。

 詩は、谷川俊太郎の「ガイコツ」と写真詩「あさ」。
 絵本は、桂米朝の落語を田島征彦が絵本にした『じごくのそうべい』(童心社)。

 個人的には反省ばかりの夜となってしまったが、集落の長い歴史からは前代未聞だったことをよしと居直ることにした。
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ぷらっと「ぷらすフェスティバル」に行く

2013-05-04 20:56:50 | 行事
 前半の連休中は農作業が珍しくはかどったので、きょうは磐田市の「ぷらすフェスティバル」に行く。
 オーガニック・フェアトレードなどにこだわるまつりだ。
 会場の「兎山公園」での駐車場では若者スタッフの姿がすがすがしい。

      
 公園は古墳群などの跡地で、神社や児童遊園などが隣接している。
 シイなどの照葉樹林の大木があり、ビオトープなどの水辺もあり、緑が豊かである。

              
                      
 芝生が優しい会場では太陽光を集めてサツマイモを蒸したり、オーガニックな農家が出店していたり、ゆったりしている。
 売買だけの関係性でないのが優れている。

 
       
 自転車をこぐとコーヒー豆が粉になるのに感心して、煎り立てのコーヒーを飲む。
 天はどこまでも青く、地は変化に富む曲線の緑。

                      
 お客があまりいないなかでの野外バンドの演奏が始まる。
 静岡文化芸術大学の学生も参加しているようだが、磐田市体育協会が共催しているのが画期的。

 若い家族連れも少なくない。
 「行ってみようから、やってみようが見つかるプラスα」というコンセプトも気に入った。
 ゆったりした思いを携えて家路にもどる。
 
 
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コンサートが終わって片付け作業

2013-04-07 21:53:17 | 行事
 コンサートの翌日、晴れと雨とくもりとくるくる変わる天候を見ながら片付け作業が行われる。
 尾上邸の庭づくりやイベントを創成期にやっていた若者たちが東京から来ている。
 その思入れと自負が強烈だったのだろう、毎回のように泊り込みでやってくる。

  
 雨が収まったころ、会場のテーブルやイスとなった重い杉板を搬出する。
 個人の庭でこれだけの備品があるのも珍しい。
 尾上パパの職人的な細かい収納指示が的確である。

         
 厨房内も整理され、大物も倉庫にもどされ、夕方にやっと片づけが終了。
 尾上夫妻を中心に片付け戦士の記念撮影。
 本来の野外会場予定地だった庭でホッと一息。
 「きょうが本番でなくて良かった」

 昨年準備から参加した川崎の主婦からスタッフに届いたナボナを食べて解散となる。
 和宮様はこの10日間、朝から夜まで準備に追われたためダウン気味。

 夜は台風状態の風が吹きまくり、わが家の内外を震撼させる。
 春は緊張と感動のドラマチックな日々を用意するものだ。
 そうして少しの「物語」を残してくれる。

 その場末で武兵衛・和宮様が通行することで、熱い心を持った人間の群像ドラマを目撃するのが至福のひと時でもある。 

        

     
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コンサートは工場内で感動を共有した

2013-04-06 19:56:38 | 行事
 雨プロで工場内でコンサートが行われた。
 満開の桜や多様な山野草はじっくり見られなかったが、春野産料理と二胡の演奏はじゅうぶん期待に沿う集いとなった。

 
 おにぎり/尾上邸庭の八重桜の塩漬け、奥野養魚場のフキ味噌が入っている。
 天ぷら/尾上邸山のフキノトウ、春野産シイタケ、春野・龍山産タラノメ
 魚の甘露煮/奥野養魚場のヤマメ
 春野産漬物/キュウリの道草漬け(無農薬のキュウリ・大根・ニンジン・ショウガ)
    キクイモの味噌漬け(キクイモ・昆布・味醂・酒・塩・砂糖・味噌)
 胡麻和え/春野・道草庵のナズナとホウレンソウ
 味噌汁/二俣の豆腐・油揚げ、春野産味噌、尾上邸畑の菜の花、春野産ミツバ
 お茶/春野・宇野茶園の有機茶
  ※竹碗・杉板・ハランいずれも春野・長蔵寺産

    
 厨房は一時戦場となった。
 いつもは想定外のことがおきたが、今回はスムーズに展開できたようだ。
 配膳スタッフの半分近くは参加者が手伝ってくれた。
 これもまた「しなんばたコンサート」を支えている要素でもある。

           
 雨がいつのまにか降ってきたが、聴衆の約120人はそれが気にならないくらい二胡の演奏に集中していた。
 二胡はバイオリンとは違うアジアの懐かしい自然風景が描かれる。

                
 最後に龍山の髭面の怪人が現れて、童謡「ふるさと」をみんなと合唱。
 雨にもかかわらず、会場を変えてもやりきれる「長蔵寺応援団」の底力が示された。
 それ以上に、手首を骨折してもめげないでやり遂げる尾上みっちゃんの執念の「希望力」の確かさが見えてくる。

     
 工場の職人的な社長もきょうはニコニコしてスタッフに栄養ドリンク剤を用意。
 しゃれた傘置き場を用意したり、カメラマンとして奔走する。

 過疎の山里にこれだけの人が集うのは驚異的なことだ。
 しかし地元では残念ながら無関心を装っている。
 ここをどのようにほぐしていくかが課題だ。
 
 
 
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雨プロに変更のしなんばたコンサート

2013-04-05 22:05:28 | 行事
 野外コンサートの会場は暑いぐらいだった。
 舞台前の菜の花もちょうどいい塩梅だ。
 座席・テーブルも追加し、配置も終了。


 「ヤエベニヒガン」もどきのサクラも満開。
 背景も準備が整った。

   
        
 天気がいいので、味噌汁用の竹碗を洗い、お盆用の杉板を天日干し。
 じっとり汗が流れていく。

              
 献立のイメージも春野産にこだわる。
 ほとんどが無農薬・有機栽培の食材だ。

 
 しかし、明日の降雨率は100%なのだ。
 全ての予定を雨プロに変更。
 会場となりの工場の操業終了を待って、舞台を工場に変更。
 野外にあったイスを移転、配置換え。

          
 朝だった時間はすでに夜の8時を過ぎる。
 最後の仕上げの舞台が完成。
 明日、大雨・強風が来ないように祈るのみ。
 てきぱきしたスタッフの動きが相変わらず素晴らしい。    
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わが家は工場と化した

2013-04-03 21:06:32 | 行事
 さくらコンサート準備は秒読みに入った。
 和宮様は食材の確保や漬物づくりに日夜奮闘。
 塩漬けしていた畑で採れたキュウリを一晩中水を流して塩抜きする。

    
 それを細かく刻んで、ストーブの前で乾燥させる。
 ほんとうは天日干ししたいのだが、天候が雨天に曇り続き。

 こんなとき活躍したのが「食品乾燥機」。
 最後の仕上げに使う。
 ここ数日、朝から夜までフル稼働。

         
 細かく刻んだニンジンや大根もお世話になる。
 こうして、「キュウリのキューちゃん」が出来上がる。
 家の中が工場と化する。
 これだけでも手間がかかる一品である。

                

 頼んであった心配の「タラの芽」が無事届く。
 ほかにお願いしたものとあわせ、これで200人規模の食材の目途がついた。

 耳に「二胡」の演奏を、目に満開のサクラや山野草を、口・鼻・舌に地元産の料理を、と贅沢な山里コンサートとなる。
 過疎の山里に150人の参加者が突破する。
 なんとか締め切りにしてもらう。
 あとは天候だけが心配となる。
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山里の祭礼はつつましく

2012-10-21 20:10:31 | 行事
 昨夜の山車は昨年より子どもが少なく閑散としている。
 青年たちも出番では活躍しているが、これが過疎の現実でもある。
 祭りのために帰郷する若人も少なくなっている。

      
                      
   
 しかしながら、洗練した都会の祭りより、お互いがみんな知っている山里の祭りらしさは親しみやすい。
 小学生も夏休みごろから太鼓の練習をしてきたという。

 
 午前中に道草山の隣のお宮の幟を仕舞ってから、お昼ごろ地区の神社に行く。
 廃校の校庭に屋台がつつましく配置されているが、空白が目立つ。
 その隣が境内となっている。

 宮司たちが神社本殿に向かって歩き出すと祭りのクライマックスとなる。
 甘酒・ビールを飲んだり、焼き鳥・おでんなどを食べながら集落の世間話が延々と続く。
 山里の祭りは日本が年々失っていくコミュニティーが健在する場でもある。   
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最後の運動会

2012-09-29 20:34:52 | 行事
 今年度で閉校が決まった小学校の最後の運動会を見に行った。
 山里のきめ細かな学校教育に感心していたのに、残念。

                
 8人しかいない児童を見つけるのがむずかしいくらい集落挙げての運動会だった。
小さな山里にとってはこの空間は心をつなぐ特別なコミュニティーだった。

          
 その証拠に、校庭の片隅に石碑がある。
 かつて、PTA活動や給食教育に「文部大臣賞」、健康教育に「健康優良学校全国優秀賞」、PTA活動に「PTA全国協議会賞」を受賞している。
 つまり、地域挙げて学校を支えているのだ。
 げんにオイラも子どもがいないのに小中学校のPTA会費を払っている。

                 
                        
 8人の出番は毎種目のように続く。
 徒競走・玉入れ・綱引き・ソーラン節・一輪車・紅白対抗リレーと、熱中症が気になるくらいだ。


 教育行政はムラ起こし、地域コミュニティーのことは考慮しない。
 学校「経営」という視点から効率を重視する。

 地域と学校が一体であったコミュニティーの分断がここでもおきている。
 
 
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雨上がりの「佐久間新そばまつり」

2012-01-22 17:27:55 | 行事
 心配していた雨もあがり、安心して浜松市佐久間の「新そばまつり」へと向かう。
 予想通り福島磐梯・白河のそばは長蛇の列。
 朝食を食べずに直行したので、すぐ食べられる地元「北条峠」(ホウジトウゲ)グループのザル蕎麦にくらいつく。

            

 60歳以上のお姉さんがてきぱき動いている。
 確かな手打ち蕎麦のコシが口内を刺激する。
 それ以上に、お姉さんたちのいきいきした心意気が素敵だ。

                 

 知りあいのいる「浜松魅惑のSoBa楽飲(学院?)」という妖しい名前の店で、やっぱりザル蕎麦のはしご。
 こちらは男性主体の手打ちらしく地元の「北条峠」より固めだった。

                      

 昼近くになるとどんどん参加者が増えていく。
 往来の車がひきりなしだ。
 ぱったりコーディネーター仲間と出会う。
 「春野でもこういうイベントできないものかなー」とつぶやいていた。
 返事に窮したが、志のある人が3人集まれば可能性はあると思う。

                           

 和宮様への献上として会津若松市の生そばセットを買ってきた。
 地元のグループの奮闘と行政マンとのコラボレーションの賜物がこのイベントだ。
 その背景は佐久間ダムがある山深い地域の過疎という現実だ。

 じつは4年前ここは居住する候補地の一つだった。
 風景はとっても気に入ったのだが、平坦な土地がなく急峻ながけ崩れ地帯に家屋があったので断念した経過がある。 
 
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