山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

ヤマウド元気、ゼンマイ終了

2014-04-30 22:59:59 | 食彩・山菜・きのこ
終日雨のおかげで、「山の楽市」の疲れを癒す。
 「楽市」直前まで、ゼンマイを収穫していたのも疲れの大きな原因。
 「これで終わりにしよう」と和宮様は言うが、前回も同じ台詞を聞いた。
 大量のお湯も必要なので焚き火でお湯を沸かす。

        
 焚き火でできた灰を入れてから沸いたお湯をゼンマイに浸す。
 ゼンマイを収穫して食べる人は近くにはいなくなった。
 おかげで、「山の楽市」では干しゼンマイは完売。

                  
 畑の「ヤマウド」は、一時霜にやられていたが見事復活した。
 軟白部分を長くしようとあわてて土をかぶしたがやや遅かったようだ。
 今年はヤマウドを増やして専用の畝をつくっていきたい。
 ヤマウドの旨味は「今でしょ!」。

                        

                      

                 
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ひと箱で富士のてっぺん「雪の魂」

2014-04-29 18:42:42 | 特産品・モノ
 先日、知人から富士登山のお守り菓子「雪の魂」をいただいた。
 食べるのがもったいなくて手が出なかったが、エネルギー(魂)をいただくため食べることにする。

 食べた一瞬は、まるで角砂糖の食感。
 そのうちに、胡桃・蜂蜜・ゴマが入っているのがわかってくる。


 富士の麓の洞窟に滴る伏流水は「雪の魂」と呼ばれる恵みの水でした。
 富士講の人々はこの水を水神の恵みとして疲れを癒したという。
 「この箱一つで富士に登り、帰ってこられる」として、このお菓子が開発された。

  一日中の雨にぐだぐだしていたので、「山の楽市」の疲れがこれで摂れるといいがな。

                 
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「山の楽市」の余震あり

2014-04-28 21:27:09 | 市民活動・まち育て
 野菜の苗や種はあるけど畝がない。
 急いで畝を作り出す。
 そんな作業のきょうでも、昨日の「山の楽市」の余韻が頭をよぎる。

 メールの送信だけで遠くから駆けつけてくれた知人の顔が思い浮かぶ。
 出店した店のレイアウトを思い出したりした。

    
                  
 シイタケ屋さんの看板の車輪には楽譜を模したイギリスのレコードが貼られていた。 裏面が絵となっているレコードだ。
 サルノコシカケをこれでもかと飾ったエクステリア。


種からの苗作りにこだわるツガル博士も軽トラックにその苗と木の実を積んで参加してくれた。
 意外に人が立ち寄り植物談義の輪ができるのも、街なかのフリマとは違う。


 小さなガラス瓶に全国を回って集めてきた蜂蜜を詰めている。
 微妙に色が違うのが見どころだ。
 まるで美術品のように見える。

                    
 亡妻が遺した手づくり陶芸の茶碗にコーヒーやお茶が注がれて、ゆったりしたサロンの空気がそよぐ山猿さんの木工品コーナー。
 どうりでぬくもりある味わいが心に残る。

          
 「山の楽市」らしいスライスした重厚な板が並ぶ。
 大きなものはとても重くてひとりでは持てない。

 きょうはさすが疲れが出たのか、和宮様の眠りが深い。
 わが集落への波及効果は牛歩の如くではあるが手応えを感じる。 
 

 



 
                           


        
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森・ひと・モノとをつなぐ「山の楽市」盛況に!!

2014-04-27 21:09:03 | 市民活動・まち育て
 天候にそしてなにより新緑に恵まれた「山の楽市」が開催された。
 若いスタッフに支えられたこともあり、終始活力と交流を感じる山里の集いとなった。
 山猿さんの木工コーナーでは売り物のテーブル・イスを占拠してコーヒー・緑茶をすすりながらのたまり場となった。

      
 それもそのはず、軽トラに設置されたコーヒーミルが大活躍。
 後半にはいつともなしにイスもテーブルもほぼ完売してたまり場は解散。
 モノの売り買いに終わらない「山の楽市」を象徴する出会いと交流の場が自然発生的に形成されている。

                      
 和宮様も出店に意欲を出され、ゼンマイ・桜花漬は完売、梅のラッキョウ酢漬・キクイモの甘酢漬も順調、雑貨は少々という結果だった。

  
                         
 シイタケの菌打ちやもちつきの体験コーナーも前回にはなかった試み。
 もちつきは餅の量が少なかったため多くの人には残念口には入らず。

           
 前回の楽市の成果を象徴する梅ちゃんの竹かごコーナーには、若い女性の弟子や自主的な助っ人が駆けつけた。
 片足のない梅ちゃんも今までの人生の中でもこのところ脚光を浴びた1年になったようだ。

                      
 地元から野菜を出してくれた農家女性の初参入も意味がある。
 地元産のだぶついた野菜を活用したり、希望を持って生産していくか、それに応えていく鍵がここにある。

  
 さらには、大道芸もどきの音楽家の存在も大きかった。
 まさしく、モノの売買に終わらず、音楽を楽しむ空間と空気が人と人とをつなぐ。

 わが集落では、昨年は約半数近くの家が何らかのかかわりがあったが、今回は三分の二がかかわりがあった。
 この小さな前進は次へのステップとなることを予感するものだ。
 会場のそこここで小さな輪ができあがり、そこで多彩な話題がかわされているこの光景こそ、都会のフリマではない「山の楽市」の本領があると感じた一日だった。
          

     
 


    
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春の雪ではなく、雹だった

2014-04-26 20:53:43 | できごと・事件
 昨日の天気にはびっくり。
 午前中は晴れだったのに、午後から雷雨がはじまり、雷鳴が近づいてくる。
 夕方、出かけようと外に出たら、まさかの雪!?

     
 場所によっては白い塊があった。
 激しい雨の割には音がいつもと違う。
 こりゃ何だろう。

                     
 植木鉢をよく見たら、雷雨で落ちるという「雹(ヒョウ)」のようだった。
 かたちは霰(アラレ)のように丸っこかった。
 茶畑の周りにも白い雹が筋となっていた。
 掛川に入ったら道路は乾いていて、まったく降雨の痕跡がない。
 
   
 違う世界を往き来した感覚だった。
 夜は靄が前方からフロントガラスを襲ってきて車の運転も危うい。
 無事帰宅してホッとする。

                     
 きょうは、明日の「山の楽市」の準備をする。
 出店は前回よりやや多くなりそうだ。
 会場配置のライン引きや駐車場の整備や「創作棟」の掃除などをする。
 若手スタッフが確保されているのが大きな前進だ。


     
 
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道草山の春爛漫

2014-04-25 16:10:42 | 植物
 わが道草山は、もともと茶畑のための草刈り場だったという。
 それが茶業の近代化とともに機能を失い、今では草木混淆の荒れた様相を見せている。
 そんななかでも、「ヤマツツジ」の見事な紅炎があちらこちらに存在を主張している。

     
 林縁でよく見かける「シャガ」の花がなんとか咲き出した。
 よく見ると、なかなか見事な花であるのがわかる。
 群生していることが多いが、一本でも充分見どころがある。

                     
 野イチゴの「クサイチゴ」がトゲをたてながらすっきりとした5弁の花を開いている。
 草花の図鑑をじっくり見ていても掲載されていない。
 それもそのはず、「クサイチゴ」は樹木だったのがわかった。
 野イチゴには、樹木と草本の両方にあるからややこしい。

          
 山の土砂が少しずつ崩れている。
 以前、植えてあった「モミジガサ」の行方がわからなくなっていたが、ちゃんと若葉を伸ばしている。
 量が少ないので山菜として食べる欲望をなんとか押し殺している。
 
 草刈り場が生物多様性の空間として見直されてきたが、道草山はすでにさまざまな山菜・昆虫・樹木に恵まれている。
 

  
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新タマネギのできあがり!!

2014-04-24 20:12:07 | 農作業・野菜
 今までタマネギづくりは成功したためしがない。
 冬越えで寒さにやられるか、春先の暑さでビニールシートを外さなかったため蒸れてしまうか、肥料に問題があるか、いくらでも理由は考えられる。
 今回は成功体験を獲得できることをねらって、手軽な家庭用新タマネギを挑戦した。
 本来ならとっくに収穫ができるはずだったが、やっと平均的な仕上がりとなった。

     
 生食用の新タマネギをスライスして、カツオブシをかける。
 色白の白さが旨味を訴えている。

                     
 そこに醤油をたらし、かき混ぜる。
 シンプルに調理して食べるのが醍醐味。
 ほんのりした甘さとサクサク感のキレが口内を充満させる。

 この新鮮さの食感はクセになる。
 27日の「山の楽市」に出そうかと思ったが、もう一回り大きくしたいので止めることにした。
 ホンネはもったいないのかもしれない。
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『火怨』/辺境に真実あり

2014-04-23 20:46:40 | 読書
 東北で活躍の作家高橋克彦の『火怨(カエン)/北の燿星アテルイ』(上下)を読み終わる。
 奈良時代のヤマトが強力な統一国家建設のとき、東北の蝦夷への侵略の物語だ。
 蝦夷は貴族からすれば人間でないと差別されていた。
 749年に多賀城近くで大量の金があることを発見して以来、ヤマトの蝦夷侵略は本格化する。
 東北にとっては祖国防衛戦争となる。
 100年かけてもなかなか手中にできないなか、坂上田村麻呂の登場で終止符が打たれる。

        
 蝦夷はアテルイという懐深い指導者の下で数万の官軍相手にゲリラ戦や地勢を生かした戦術で負けを知らないほどだった。
 しかし犠牲はじわじわと広まっていく。
 
 歴史は勝ち組に都合の良いように伝わるのが代の常だ。
 東北の忍耐はこんな歴史の痕跡を噛み締めてきた強さでもある。

                        
 後世の東北の平穏のためにアテルイは官軍に自らの首を晒しに行く。
 権力闘争に敗れた物部氏が東北に逃れ蝦夷を支援していたのも見どころだ。
 
 日本の本当のルーツは東北にあるのではないか、という思いがつのる。
 朝鮮の影響をもつ権力は出雲を打破し、ヤマトを形成する。
 それ以来、今日の日本の出自はいまだかわっていない。

     
 東北に消えた群団はその後どこに定着したのだろうか。
 大河ドラマでは決して扱わない歴史というものがある。
 こうして歴史の闇に封じ込める現状に、高橋克彦は困難な発掘と想像力でスポットを当てたところが凄い。
                     (講談社文庫、2002年10月)
  

        

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タケノコをいただいたついでに

2014-04-22 23:16:39 | 野外活動
 畝を増やさなければと裏の畑に行く。
 しかしそこはあちらこちらにワラビが乱立。
 畢竟、ついつい手が伸びてしまう。

                    
 両手で持ちきれないので篭におさめる。
 となれば、けっこうなお湯の量が必要となる。
 ウーム、きょうは焚き火になりそうだ
 すると、隣の師匠が「タケノコがあるので取りにきな」と電話がある。
 渡りに船とばかり、焚き火を始める。

    
 まずはお湯を沸かし、お釜にワラビと灰を入れて、熱湯を注ぐ。
 きのうは雨だったので火のつきが悪い。
 さいわい乾いた枝があったのでなんとか火を持続。

                
 次に、タケノコを糠といっしょに茹でて、柔らかい採りたてタケノコのできあがり。
 ちょうど、糠も知りあいからいただいたばかりだった。
 師匠も乾いた枝や木を持ってきてくれる。

  
 火の勢いが順調になったので、うどんを茹でることにする。
 夕飯の主食はもちろんうどんに決まり。
 おかずは畑のニンニクの間引いた葉を炒める。

                       
 しめはジャガイモを茹でることにする。
 段ボールにある小さなメークイーンは去年収穫した最後のもの。
 
 これだけの食材があれば、一週間はなんとかなる。
 きょうも想定外に翻弄された一日となってしまった。
 農的生活は想定外の事件に支えられていることがわかった。
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いつのまにか菜の花畑となった

2014-04-21 22:12:31 | 農作業・野菜
 昨年育ててきた「カブ」はついに食べるまでにはいかなかった。
 いままでうまくできていたのに、どうしてだかわからない。
 根っこは堅くて食べられないが、菜の花がきれいだ。
 しかしながら、その葉をジュースにしていまでは青汁もどきとして重宝している。
 もちろん、リンゴ・アマナツ・バナナなどといっしょに毎朝の定番となった。

   
 その近くにも菜の花が昆虫のオアシスとなった。
 キャベツが爆発していつのまにか菜の花となった。

                    
 しかも同じ畝に植えていた「ブロッコリー」もやや小さい黄色い花をつけている。
 同じ菜の花でも微妙に違うのが失敗と手遅れのおかげでわかった。

 ここから種が採れればいいのだが、最近の野菜の多くは種ができても一代限りの戦略に封じ込められている。
 つまり、毎年、種を買わなくてはならないシステムに嵌められてきているのだ。

   
 いつも寒さで失敗していた「パセリ」が生き延びている。
 残念ながら実生からではなく、昨年苗を購入して冬越えしている。
 自信のなさが現れているが、まずは冬越しできたのをよしとする。
 小さな自己満足から経験値を積む迂回作戦が成功していると評価してみる。

 一日中の雨で雑草が畝をはびこってきた。
 撒いた種も早く芽を出して欲しいよ。
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