山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

言葉をデザインする

2022-02-11 23:04:44 | ポエム

 < [ 抑止力 ]       黄門様の印籠には  「核」が入っていた >

 <   [ 温暖化 ]  富士山麓がサボテンの群生地になった

         鳥取砂丘で鯨が砂を噴き上げている  > 

       

 竹内徹『短詩集 いざ! 言葉のデザイン帖』(東銀座出版社、2021.12)は、 こんな感じの短詩が散りばめられた詩集だった。読み方を変えれば、川柳とでもとれるが、言葉の深度ではやはりポエムと言える。最近のツイッターやラインなどの短絡的なやり取りが日本を跋扈しているが、同じ短いつぶやきでもこの短詩のひねりにはかなわない。プレパトに乱入しても充分通用する。

   

  <  [ 孫 来たる ]  なにも たべない  なにも しゃべらない  なにも……

            スマホに両目を埋め込んでいる >

  < [ 認知症 ]       歳月を頑張り過ぎて つい 脳みそを齧ってしまった >

   

        <  再延 できない   休止 できない  中止 できない 観客 入れない

     で   [ できた ] >

           <  [ 新詩人]  和装から割烹着へ  五・七・五でも 七・五・三でも

          時代を自在に料理する >

  

 本書冒頭の詩は、上記の「新詩人」だった。プレパトで俳句ブームが巻き起こっているが、短詩はあまり聞いたことがない。こんなとき、著者はさらりと短詩の密かな毒と高踏の価値を宣言した。どうでもいいような情報の氾濫や軽佻で残酷な事件が蔓延してきた現代の荒涼を笑うしかない著者の寂寥が伝わってくる。この短詩から、教科書に載らない前衛詩人の北園克衛のモダニズムも感じる。

 オイラがときどき読んでいた田村隆一のアバンギャルドな詩と通じる柔らかな戦闘性も感じる。そういえば、著者は寺山修司と同窓であり、接点があったのかもしれない。著者はかつて『仮面中毒』(あざみ書房)という詩集も上梓している。内容は北園克衛に近いよりシュールな作風だった。

  さりながら、谷川俊太郎はやはり詩人としての奥行といい感覚といい宇宙といい、群を抜いている。

 

 

 

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晶子が見たウツボグサの哀愁

2021-07-14 22:06:54 | ポエム

  先月でのこと、和宮様が国道脇の空き地に咲いていた「ウツボグサ」を発見した。むかしは道端で普通に咲いていたという。オイラは山歩きしたとき出会った「ウツボグサ」はその紫のパワーに感嘆したものだった。それは「ミヤマウツボグサ」らしかったが。西洋では「セルフヒール」と呼んで自然治癒の薬草・ハーブとして親しまれていたという。

 与謝野晶子は「なつかしき 春の形見か うつぼ草 夏の花かや 紫にして」と詠んでいる。初夏に咲いたウツボグサが秋を待たないで夏のうちに枯れたようになるので、別名「夏枯草(カゴソウ)」の名がある。この花穂を乾燥させたものが生薬として、口内炎や利尿に効くと愛用されてきた。そんな身近にあったウツボグサが珍しくなってきたことを考えると、晶子の「春の形見か」という哀愁・詠嘆がダブってしまった。

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揖保乃糸からタイサンボクの詩画

2021-06-11 23:21:11 | ポエム

 「揖保乃糸」の箱のふたで額縁を作ったのはいつだっただろうか。兵庫・揖保郡の手延べソーメンの旨さは和宮様お気に入りの食材だ。オイラはソーメンが入っていたその立派な木製の箱が気に入っていて、その蓋で額縁をつくったのは7~8年前のような気がする。埃が溜まってきたので久しぶりに掃除をする。

              

 額縁のまわりの木は伐採した桜の枝を捨てずに確保していた。つまり、この額縁は捨てずに確保していたリサイクル品でもあったわけだ。しかし、額縁の内容はオイラと同じ高齢者になった星野富弘さんの詩画はがきだった。事故で寝たきりになった星野さんは残された口で詩を書き、絵を描いた。その壮絶だが静謐な心模様が気に入って詩画集も何冊か買った。

           

 星野さんの謙虚な生き方にいつも励まされる。「タイサンボク」は、巨木な姿と凛とした花が山東省にある名山「泰山」のようにどっしりした樹木でもある。「ひとは空に向かって寝る」とは、「天国は無い、ただ空があるだけ」(忌野清志郎)と共通するものを感じる。とはいえ、星野さんはクリスチャンなんだけど。

 「永遠を見つめよ」ということを世界の指導者や人々が振り返れば、争いはなくなり平和は実現する。ジョンレノンは「想像してごらん、今日を生きるすべての人たちのことを(Imagine all the people  Livin'for today )」考えれば「簡単なことさ」(清志郎)とね。「無限の空」に向かってこれからのことを想像しよう、床に就く時間はとっくに過ぎた。

   

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音叉

2020-12-12 21:29:55 | ポエム

音叉

劇団「たまっこ座」に寄せて

 

きみのまっすぐな瞳は 丹後の黒豆の輝きで

きみのあごひげは 明治天皇の「御真影」もどきで

きみのからだは 軽快なコロポックル人で

きみのまっすぐな瞳は 人生のかなたを捕捉している 

 

この小さな魂は                

私の混沌を 掻きむしりし、

この漆黒の瞳は  

私の絶望を 粉砕する

 

きみのいたずらな瞳は 物語を語り始め、

きみのあごひげは 

おやじのほおずりを想起させ、

私の心を 痛く洗うばかり

 

突如 きみのからだは 小鹿のようにはじけ その先の世界を森へといざなう

そんなきみが投げた 太鼓や鉦の音は

今も私の心で 音叉している

 

  

  この詩は17年前の2003年3月、劇団たまっ子座の公演を観た後にとっさにメモしたポエムだ。今となっては、どんな公演だったかはすっかり忘れている。しかし、舞台のきりりと演じる青年の所作・表情・太鼓が忘れられない。ちょうどぶつかっていた壁に心が折れそうになっていた時期でもあったからかもしれない。1985年に創立した「たまっ子座」は、「人間と自然」とをテーマにしておりいまだ旺盛な公演活動を続けているようだ。その精神は今もオイラを支えてくれる一助になっていることは確かだ。

 

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意味なく群れるよりも 意志のある孤立を

2020-11-26 21:57:12 | ポエム

 テレビCMはできるだけ見ないようにしてきたオイラの半世紀。しかし、そのCMに釘づけになったのが、経営戦略やビジネスアプリをサービスするアメリカの企業「salesforce」のCMだった。多様な人種の若者が踊りながら次の通りの言葉を発する動画だった。

            

         《 このままの世界で、生きるか ? 》

 完全を求めるよりも、 ワクワクする永遠の青さを。

 批判よりも、 提案を。

 嘆きよりも、 ユーモアを。

 常識よりも、 非常識を。

 過去よりも、 未来を。

 意味なく群れるよりも、 意志のある孤立を。

 正しいことを言うよりも、 正しい行いを。

 自分のためだけよりも、 世界のためを。

 このままの世界よりも、 これまで以上の世界を。

 人間次第で、 この世界は、まだ面白くなる。

   《 次の世界へ 》

   

 こうしたポエムもどきを社是とすると、社員の使命感が向上するのは間違いないだろう。その社会貢献事業も多彩で、「1-1-1モデル」がある。つまり、就業時間・株式・製品の1%を社会に還元しているという。1999年に創業したこの「セールスフォース」社のノウハウを導入した会社は、世界で15万社になり、日本の中枢の大企業も導入しているようだ。

    しかし、その志の高さは大いに学ぶとしても、とくに日本の企業は、小手先の利益だけを手中にしようとするあざとい体質はそう変わるものではない。日本企業の社会貢献も世界の流れに押されてアリバイ的にやっているとしか見えない。

  

  そんなとき、TBS系テレビが「SDGsプロジェクト」として、「地球を笑顔にするweek」(11/23~11/29)を設け、地球温暖化防止などを真剣に取り組んでいる個人・企業などを紹介している。やっと、腰をあげてくれたかなと思う。単発ではニュースにしていたが、こうした取り組みこそマスメディアの出番でもある。

 21世紀は「SDGs」の取り組みの深化が問われる世紀なのだ。日本はいっときその分野では先進国だったがいまは「化石賞」をもらってしまうほどの自堕落だ。それは日本の多くの事業家の魂の成れの果てでもある。ため息が止まらないので、これ以上は書けない。

 

 

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きょうのキャンバスに描いた歳月

2020-11-05 21:35:05 | ポエム

青春ー 心のマグマは 破壊と創造とを 空に刻む

 

 現実ー ゆらめく欲望と理想は 幾たびもの破砕の反復

 

    

 安住ー 穏やかな時空の自然は 人生を単調に震えさせる

 

                

 快哉ー 青い鳥は飛び去るもの だから 遠くで見る 聞く

 

     

 終焉ー 時間は待ってはくれない 前を歩けるだけでもありがたい。   

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やっと青空が見えてきた

2016-09-25 21:04:31 | ポエム
 やっと雨が止まり青空がやってきた。
 久しぶりに洗濯物を外に干す。
 雨で喜んだ雑草の背丈が伸びたので、きょうは一日中草刈りとなる。

                     
 雨を見越して撒いたホウレンソウとニンジンは芽を出してきたのはラッキーだけど。
 雨で大根やカブが病気にならなければいいのだが。
 都会では野菜が高騰しているという。

                      
 景観的には山と雲と川とが山水画を描いてくれているのは楽しみの一つだった。
 一人住まいの高齢者の生活は雨続きの日々はつらい。
 それ以上に、土砂崩れや停電などの自然災害を覚悟しなければならないのが過疎地域の宿命だ。

     
 裏の畑にはアナグマかイノシシの痕跡が残されていた。
 かれらも活動開始ということらしい。
 サツマイモや落花生の様子を偵察に来たのかもしれない。

 ネコちゃんが貸してくれた詩集(坂井一則『グレーテ・ザムザさんへの手紙』コールサック社)を読み始めた。
 <雨の日に>
 「 子供の頃/ 雨の日には思ったものだ/ あの雲の上には果てしない空があって/ その空では幸せが溢れていて /
  天使たちも舞っていることだろう/ でも地上はいま雨が降っていて/ ぼくらは罰のように打たれているのだ/ と/

 だからぼくらは/ 雨の痛みのぶんだけ/ やさしくならなければいけない 」(抜粋)
 
 
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テラちゃんの遺稿詩集『一息いれて』 その③

2016-01-19 14:40:45 | ポエム
 寺山利子さんの絶筆となった詩は「悔やまない」という詩だった。
 テラちゃんの詩を写しているうちに、目頭が熱くなった。
 現実の喜怒哀楽を広い世界の中で飲み込んで咀嚼した前向きの人生だった。
 小さな体に大きな魂がみなぎるこのスケバンの生き様は、最後まで優しく、ブレない一生だった。

 
 「悔やむことなど何もない
  勝手きままに自分を追い求め
  自由に生きてきた
  全て自分が選んできた道
  何一つ他人に押し付けられもせず
  思うがままの道を歩いてきた
  だからどんな死に様も受け入れよう
  見苦しくても
  言っているほどのかっこよさも無くても
  それが有りのままのわたしなのだ

                              
  生命をあたえてくれた父と母
  帯折れでシワシワになった1枚の写真
  幼い私が写り家族十人が揃う
  引き揚げでの過酷な話も
  一杯のうどんを分け合った貧しさも
  すっぽりと包んでくれた母の手の温もり
  反抗の時期を泣きながら支えてくれた姉
  兄の空き弁当箱に詰められたヤマモモの味
  末っ子の悪ガキだった私が
  これまで生きてこられたのは
  いつも周りの人たちの支えがあったから

                          
  独り立ちがしたいと言ったとき
  <あなたが選んだ友だちが信じられるから>
  <辛かったらいつでも帰っておいで>と言った母
  たどたどしいひらがな文字が
  荷物の間から
  <からだにきをつけて>と毀れてきたとき
  西へ向かう列車の汽笛が
  白々と夜明けを呼んでくる
  それでも故郷に帰らなかったのは
  いつも友だちがいてくれたから

                           
  時代の流れのその時を
  一緒にかかわれ、ともに
  スクラムを組めた友だちがいたから
  書くことの喜びを教えてくれた
  夜通し激論を交わした
  路傍に咲いた雑草に微笑み
  木々の芽吹きに嬉々とした
  何よりの命の大切さを語り合えた
  友だちに出会えたから

                           
  私のわがままな人生そのものを
  すっぽり受け入れてくれた人がいたから
  私に繋がる二つの生命
  幸恵、友世
  あなたたちは私の生きた証
  選ぶして選んだわけではないが
  あなたたちが選んだ道は
  図らずも私が願った道だった
  勝手な母であったけど
  ありがとう
  私の家族であってくれて」
                           (2014年10月) 11月11日永眠




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追悼集”寺山利子『一息いれて』” その②

2016-01-14 20:39:31 | ポエム
 朝の寒さはストーブの前にしばし定着する。
 テラちゃんの詩集をまた開く。
 永眠が一昨年秋だったが、この詩は同年春だからすでに残されたいのちを覚悟している。

         紐を解く
 褪せた大学ノートの留め金の間から
 錆びついた紙屑が落ちる
 1969 No.3
 崩れかけた心で母を想い
 故郷への汽車の響きに涙した事
 揺れる世事に身を置き
 友との議論に酔い
 なけなしの金で啜りあった珈琲
 腹に沁みたラーメン
 罫線に2行もあれば
 2ページを埋め尽くしているのもある
 赤裸々に勢いよく羅列した文字の端々に
 あの頃の私が綴られている

                            
 数冊の年も
 病を抱えただけの一冊もある
 読み返すにも恥ずかしく
 過ぎた自分を見つめることもできない
 残りの歳月が数えられる今
 走り書きは
 ノートから手帳になり
 紐の長さは
 だんだん短くなっていく
 残す私は何もないから
 一つひとつ紐を解く
 過去の私が
 ビリビリと音となって消えていき
 淋しい私と
 ほっとしている私がいる 
                (2014年4月) 

                             
 テラちゃんがわが畑に来たときぐいぐい畑に入っていき、若い周りを驚かせた。
 いちばんの高齢者がいちばん子どもらしい感性を発揮していた。
 さらには、そのためかヤマビルに手を噛まれてしまった。
 ふつうならびっくりしてしまうがそんなことに動揺する人生ではない。

                            
 後日、「かまれた時の傷がまだあるよ」とケロッと言う。
 テラちゃんの前で愚痴を言うと、ずばり本質的なことを瞬時に応える。
 そうしたぶれない視点のルーツはこの詩集を読んでなんども納得することが少なくなかった。
 テラちゃんの領域には到底達することはできないが、テラちゃんのこと忘れないよ。
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追悼集”寺山利子『一息いれて』” その①

2016-01-12 19:54:46 | ポエム
 昨年急逝したテラちゃんの遺稿集『一息いれて』が正月早々送られてきた。
 オイラも学年トップを競った背の低さだったが、テラちゃんは150cmはなかった気がする。
 そんな小柄な体から発する行動力とキレのいい意見と優しさにはいつも襟を正す思いだった。
 テラちゃんがこれほどに詩を書いていたとは知らなかった。
 テラちゃんと年齢が近いわりには、テラちゃんのフットワークの柔軟さといい、感性や好奇心の多様性といい、子どもの心を失わないピュアな精神といい、原点はここにある思いがした。

        
              「一息入れていいんじゃない」
 パート勤めも二十年
 二人の娘も社会人
 そこそこなりの生活に
 「私の望みは何だった?」
 からんだ糸を解きながら
 ますます絡むその糸を
 ちょいとそのままにしておいて
 一息入れていいんじゃない

                         
 何が出来る訳じゃない
 何かが誇れる訳もない
 それでも一応人並みに
 私は人生考える
 「これでいいの?」と悔やんでる
 どうせ昨日に戻れなきゃ
 熱いコーヒーでも入れて
 テレビの音を聞き流し
 一息入れていいんじゃない

                          
 それでもやっぱり思うのよ
 私は私で今ここに
 生きているのは事実だし
 私がしてきたそれなりの
 事があるのも事実だと
 どこかに埋もれているだけの
 小さな一人の生きざまを
 ちょっと記してみたいから
 野に咲く花を見るように
 一息入れていいんじゃない

              (2003年夏)
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