フェンネル氏の奇妙な生活

気付いた世界の中の小さな出来事と水彩画と時たま油絵と思いついたことを爺さんが一人語りいたします。

骨折

2009-05-12 18:39:20 | Weblog
その日の朝、病院から電話があって、パンプが骨折したとのこと。原因不明。骨折したから病院へ行くという常識がひっくり返されてビックリ。完全介護って言いながら不完全介護にもビックリ。ビックリしながら病院に駆けつけると比較的元気な様子で右手を肩から吊るして休憩室で座っていた。痛いとも赫々云々だったとも言えず座らされているパンプを見て、まるで、ゴッホが耳を切って包帯を当てている自画像みたいだなと思った。多分、夜中に起きてゴソゴソして右手の小指を骨折したとのこと。朝の巡回で発見されたと言ってた。ベッドの枠が怪しいなと思った。だけど、何の説明も出来ない者が、骨折するって言うのは、管理に欠陥があることだから「よくあることですから」では、済まされないなとも思った。全国の病院の実態がおそらくこんな按配だろうと思うとぞっとするね。家だと小指は折らないだろう。しかしながら、自分たちにとって近くの病院で便利だからと言う本人とは全く関係ないところの理由でこの病院にいさせている現実もあることでなかなかうまくいかない。今までは、動物を手本い考察してきたけど、介護と言う概念は、野性にない概念だから、動物から学べないんだ。だから、試行錯誤する以外はない。例えば、盲導犬、あれは、人間の便利さのために訓練して盲導犬になっただけだから本能ではない。だから、すごいストレスを受けていると聞いた。もし人間が、キミ達は、理性があるから訓練の必要なし、明日から、盲導犬と同じ仕事をしてもらうよと言われて出来るだろうか。犬よりも数十倍ストレスを感じやすい人間には、無理だろう。だから、介護は、途方にくれることもあるし、数々の矛盾にも直面する。素晴らしきかな人生とはいかなる意味か?自分が、正常なときだけの言葉なのか。白いミトンに包まれたパンプの右手を見ながら、さてどうしたものかと思っていた。
コメント
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