ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
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韓国史劇風小説「天皇の母」150(フィクションだと信じている)

2014-04-16 07:00:00 | 小説「天皇の母」141ー

ごきげんよう」

キク君は小さなマコとカコから花を受け取り、嬉しそうに笑った。

綺麗なお花ね」

はい。御庭に咲いた薔薇です。お母様と私がトゲを抜いたのよ」

カコも手伝いました」

得意げなマコと可愛らしく訴えるカコにキク君は心から癒される思いだった。

お・・お加減はいかがですか

マコが難しい言葉を使ったのでキク君は少し笑った。ベッドサイドに優しい

風が吹き抜ける。

「ありがとう。おばあちゃまはもう歳ですからね。こんな風に体が悪くなるの。

これは自然の事だから仕方ないのよ。でもマコちゃんとカコちゃんが来て

くれたから今日は元気ね」

よかった。お父様もお母様も心配していま・・おります。早くお元気になられる

ようにって。今日もお見舞いにいらっしゃりたい・・」

そこで舌をかんだようで、マコはイタッと言った。

みんな笑った。

あなたたちのご両親は忙しいから」

そうなの。とてもお忙しいの。つまんないわ

そういったのはカコだった。まんまるな顔と目が一層愛らしさを引き立てて

将来、非常に美しくなりそうだとキク君は思った。

そしてマコの黒々として輝く髪はと賢い瞳は天の授かりものだった。

他のお友達のお母様達みたいにもっと遊んで下さったらいいのに

そんな風に思っちゃいけないのよ。私達は皇族なんだから

皇族ってなあに。お姉ちゃま。私、なりたくないもん」

皇族って言うのは・・・・

マコが戸惑う様を見て、キク君は悲しそうに微笑んだ。

ああ・・あなたたちのどちらかが男の子だったらねえ

キク君の力ない言葉にマコは慌てて

おばあちゃま、大丈夫?マコもカコもいい子にするわよ。カコ、

わがままを言ってはいけないのよ。私達はね・・・」

もういいもん」

カコはちょっとぐずった。

キク君はすぐに侍女を呼んで、おいしそうなクッキーとミルクを運ばせる。

さあさ、カコちゃん。元気に召し上がれ。若い方がおいしそうに何かを

食べている所を見るのは大好きよ。あなたたちのお父様もそうだったわ

お父様も?お父様も子供だったの?」

カコがへんてこな事を言うので、マコはすぐにカコのあたまを小突く。

当たり前じゃない。みんな子供から大人になるのよ。さあ、お行儀よくして。

クッキーをぼろぼろ落とさないのよ」

カコは姉の言う通りにハンカチを膝にしき、静かに食べ始める。

うつむき加減の目は小さな頃のアヤノミヤそっくりだった。

そう。あなたたちのお父様はいたずらが大好きでね。御習字を教えて

いたんだけれど、教える日でもないのに突然いらしてね・・・ほほ。

おばさま、お忘れになったの?今日はお邪魔する予定でしたよって。

そんな事知らないから、事務官も侍女も慌てて。

とにかく筆や墨を摺って用意しようとしたら東宮御所から電話があったりして。

アヤノミヤがお邪魔してませんかって。妃殿下が自ら。

そんな風なお子でしたよ。それにどんな字を書きたい?と聞くと

「蜥蜴」だの「鰐」だのって言うから私もわからなくなってしまってねえ。

本当にやんちゃで退屈しない子でしたよ。

マコちゃんやカコちゃんは本当にいい子ね」

父の小さい頃の話を聞いて二人は目を丸くしていた。

ああ・・本当にこの子達が男の子だったら何の問題もないのに)

キク君は心の中でつぶやく。

東宮夫妻には最大限の気を遣って来たつもりだった。

自分にも子供がいなかったし、出来ないつらさはよくわかる。

だからこそ、「不妊治療」という最先端の技術を駆使する事に

賛成したし、頑張れとも思ってきた。

だけど、生まれたのは内親王。それでも次があると希望を持ち、

最悪なら女帝でもいいのではないかとすら発言したのに

ついに一度も宮邸にあの夫婦が来る事はなく、可愛い盛りの内親王の

顔もテレビで見るだけだ。

元々ヒロノミヤはとっつきにくい子ではあった。

一見、とても寛容な風に見えるけれど実は頑固でうちとけない。

それが結婚してからますますそういう風になってきたような気がする。

アキシノノミヤ家に3番目が出来ないのは、この小さなカコを身ごもった時の

陰口が効いているというのだろうか。

だとしたら皇后は一体何を考えているのか。

もし、これが皇太后だったら一刀両断に叱りつけるだろうに。

あの皇后は今も恨みに思っているのだろう。

自分達が結婚に反対した事を。それを後悔はしていない。

今の惨状を見ると、やっぱりあの時、反対して正解だったし、それでもなぜ

結婚が実現してしまったかと思う。

根本的な部分で皇后は「皇族」ではない。

皇族にとって、華族にとって血筋というものがどんなに大事かという事が

わかっていないのだ。

わかっていても滅びた宮家は沢山ある。自分達もいずれ滅びる。

それでも総本家だけは亡んではならないのだ。

その為の宮家なのだ。

幸いにしてチ先帝に男子が二人誕生したから、チブもタカマツも子供が出来なくても

責められる事はなかった。有難かったと思う。

しかし、今は違う。総本家に男子がいないのだ。

この事を考えると背筋が寒くなる。このままでは本当に絶えてしまうのでは

ないかと。

おばあちゃま?」

マコが心配そうな顔で見つめる。

この子は人の感情を読み取るのが上手だ。賢い。

小さくてもすでに内親王なのだ。あのわんぱくなアーヤがいい伴侶を得て

このように素晴らしい子育てをしている事だけが救い。

 

穏やかな日差しの中でドアがあき、侍女が入ってくる。

妃殿下、申し訳ありません。東宮大夫と宮内庁長官が御目通りを願っていますが

あら、予定はあった?」

いえ・・・予定外ではありましたけど、偶然お二人の時間が空いたので

失礼ながらお見舞いをと

宮内庁長官と東宮大夫が二人そろってやってくるとはただ事ではない。

おばあちゃま。私達、失礼します」

マコがまだ食べているカコをせかして立たせた。

あらいいのよ。こちらの部屋でもう少し召し上がれ。おばあちゃまが部屋を

移るから。お客が帰ったらまたおしゃべりしましょう

キク君はマコとカコに支えられて起き上がると髪を整え、ガウンをはおって

車いすに乗った。

すっかり痩せてしまっている自分の手を見るのがつらかっった。

 

応接室では、神妙な顔で長官と大夫が待っていた。

二人とも直立不動で立ち、まるで軍人のようにお辞儀をする。

妃殿下にはご機嫌うるわしく

麗しいわけないでしょう?こんなに突然やってくるなんて。私だって一応

女ですよ。男性方をお迎えするのに化粧する時間ぐらい欲しかったわね」

「も・・申し訳ございません

平謝りの長官にキク君は表情を和らげて

「いいわ。お坐りなさい。今、アキシノノミヤ家の小さなお二人が来てるから

短めにね

 

長官と大夫はすでに緊張しまくっていた。

彼らの年代にとって皇族は絶対の存在である。

ましてや先帝の弟君の妃で徳川宗家の血を引く正真正銘の「淑女」である。

本日は妃殿下のお加減が悪いと聞き及び、突然とは思いましたが

お見舞いに参上いたしました。お体の具合はいかがでしょうか」

長官が代表して口上を述べる。

「ありがとう。多分、もう長くないわ」

キク君があっさりそう言ったので、二人はぎょっとして言葉を失った。

死ぬにはちょうどいい年頃だとは思いますよ。もうセツ君もいないし

皇太后さまもいらっしゃらないし。私達の時代は終わったと思っています。

だからこの世に未練はありません・・・ありませんけれど心残りはあるわ

心残り」

東宮大夫。東宮家にトシノミヤが生まれた事は大変素晴らしい事です。

でもそろそろ二人目を考えるべきではないの?」

はあ

東宮大夫はうなだれた。

確か東宮妃はもうすぐ40になるのではなかった?」

はい。その通りでございます。しかし・・・

大夫は口ごもる。

畳み掛けるようにキク君は言った。

最近は寝ている事が多くなったわ。だから自然とテレビをつけてしまうのよ。

そしたらある日、ワイドショーとかいうの?あれで皇太子夫妻がトシノミヤを

普通の公園に連れている姿を見てびっくりしたわ。だってあの日は

皇宮警察音楽隊の50周年の式典だったでしょう?

そもそも東宮家の姫を普通の公園に連れて行く事自体、考えられない事

だけれど、公務を休んでまでする必要があったの?

一体両陛下はなんと思し召しなのか」

両陛下もかなりがっかりされておいでです。しかし、皇太子妃には何も

言えないのです

なぜ」

皇太子妃が非常に激高して口答えをなさり、皇太子殿下もまたそれを

助長するようなご発言をするからです。今回の公園行きは私達東宮職も

反対いたしました。しかし、妃殿下はどうでもとおっしゃって。

それもこれもトシノミヤ様が・・・・」

トシノミヤがなんだというの?」

どうやら発達障害のようで」

それはなに?私にもわかるように話して頂戴」

自閉症でございます」

何と・・・・」

キク君は急に力をなくしてしまった。

両陛下もそれをお知りになってからは、傷ついている妃殿下に対しては

あたらずさわらずで。なにせ二言目には泣かれるので・・・

で・・でも、皇室にはタカツカサに嫁いだ方やイケダ家に嫁いだ方のような

ごゆっくりさんは珍しくないはずよ。それに自閉症だからって何なの?

トシノミヤは内親王ですよ。きちんと御簾のうちで療育すればすむ事では

ありませんか。どうしてわざわざ人目につく公園などへ」

私達にもよくわかりません。妃殿下はハーバード大での才媛の筈ですが

今回の事に限って言えば、思考が定まらなくて・・・人目にさらせば治ると

信じているような雰囲気で」

「じゃあ、二人目は?また自閉症になる確率が高いの?」

わかりません。ただ、東宮夫妻は第2子を断念されているという事で」

「何ですって?」

キク君は思わず、椅子から滑り落ちそうになり、胸をおさえた。

侍女が駆け込んでくる。支えられ、少し水を飲んで落ち着いたキク君は

今までになく厳しい目を二人に向けた。

これがどういう事かわかっているの?アキシノノミヤ家に産児制限を強いている

黒幕は東宮家だという事くらい私は知っていますよ。

そんな意地悪をするくらいだから当然自分達で男子を得るものと思っていましたよ。

最大限その努力をするものとね。

先帝をごらんなさい。側室もとらず弟達に子供が出来なくても、きちんと

ご自分でツグノミヤを得られたわ。天皇家にとって男系を男子を得る事は

義務です。みな、歴代の天皇も皇族も後が絶えぬように努力していまに

至ったのです。

なのに、皇太子夫妻は人にも産むな、自分達も産まないと・・・そういう

わけですか?」

トシノミヤ様が女帝になればいいと

いくら何でも自閉症を抱える子には無理でしょう。それに天皇家は代々

男系の男子が後を継いできたのです。中継ぎならともかく、女系へつなげようと

意図があるなら私は反対よ」

一気にしゃべってから、キク君は大きく息を吸って吐いた。

こんな事はね。親である今上が言うべきでしょう。まさか両陛下も

東宮家のありようを容認しているというの?」

いえ・・・そうではありませんが。医師達からはキコ様のタイムリミットの

話がいってる筈です」

だったら迷う事はないわ。今すぐにでもアキシノノミヤ家に子供を。

産めるだけ産んで貰うのよ。ああ、こんな事ならどうしてあの時、もっと

私が守ってやれなかったのか・・・情けない。10年を無駄にしたわ」

キク君は肩を落として嘆いた。 

そしてげほげほと咳き込む。またしても侍女が飛んできて必死に背中をさする。

妃殿下、もう帰って頂いた方が

侍女の言葉にキク君は苦しそうに言う。

まだ大丈夫よ。それで、長官と大夫はどうしようというの?このまま皇室が

滅びて行くのを見守るだけですか」

いいえ」

長官が首を大きく振った。

トシノミヤ様を女帝にという背景には様々な外戚の思惑があります。

だからこそ、ここは・・・アキシノノミヤ家に第三子をお願いしたい。

ですが、皇后陛下はキコ様がまた辛い思いをされるのではないかと

心配されているのです」

辛い思いですって?は?何を言っているの。辛い思いをしてでも

義務を果たすのが妃の役目ではありませんか。キコはその事は

よくわかっていますよ。セツ君が大層可愛がっていらした人ですもの。

セツ君がただ同じ会津の血を引いているというだけで猫可愛がりを

するような人でしたか?違うわ。キコには資質があったのよ。

宮妃としてのね。どんなに辛い事があっても、あの子は耐えます。

そして結果を出します。マコちゃんとカコちゃんを見ていればわかるもの。

それを皇后が・・・そういう風にかばいだてをするというのは、皇后自体に

問題があるようですね」

ひ・・妃殿下・・・・もう少し声を落として」

長官があわてふためく。まさかこんな展開になろうとは。

「いいえ。言わせてもらうわ。両陛下が義務より権利を重んじたから

今のありさまではありませんか。健康で子供が何人いても構わない

夫婦に産むなという事自体が非人間的です」

そしてぜいぜいとしながらもキク君はしっかりとした声で言った。

私の遺言だと思ってお聞きなさい。アキシノノミヤ家の産児制限を

解くのです。その為には長官と大夫が泥をかぶる必要があります。

討死する覚悟で進言しておくれ」

 

それから数日後の東宮大夫の記者会見。

東宮大夫はなるべくさりげない口調で

「色々な考えもあると思うが、やはり東宮家に第2子を、アキシノノミヤ家に

第3子をお願いしたい」と言ったのだった。

 

 

 

 

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韓国史劇風小説「天皇の母」149(客観的なフィクション)

2014-04-09 07:00:00 | 小説「天皇の母」141ー

前略。

おふくろ、元気ですか?俺は元気でやってます。

毎日、日勤もあれば夜勤もあるけど頑張っています。

制服、やっと体に馴染むようになりました。やっぱり皇宮警察の制服は誇らしい。

これで嫁がいればいうことないだろうな。

制服で合コンに行きたいけど、そうはいかないのが悩みです。

夏には休みをとります。一応、国家公務員だからそういうのはきっちりしてる。

とはいえ・・・今年は帰れるかどうか。

 

と、ここまで書いて俺はペンを置いた。

今時、直筆の手紙なんて古臭いよなと思う。

パソコンで打てば・・メールでもいいか。でも。何となく手紙の方がいいような気がして。

なぜって、手紙ながら書いた文字の裏を読んでくれるような気がするから。

きっとおふくろは俺の字がきれいか汚いかで今の精神状態を判断するだろう。

誤字脱字もチェックされそうだ。

公務員なんだから字を間違ったら恥ずかしいって・・・おふくろの顔が目に浮かぶ。

さすが教師だよなと思いつつ、ちょっとうざいんだけど。

でもいいじゃないか。

おふくろの希望通り公務員になったんだから。しかも警察庁。

皇宮警察だぜ。

警察官僚とはいかなかったけどな。

きっと誇りにしてくれてるよ。そう。きっと。

おふくろの目に浮かぶのは制服姿の俺が颯爽と両陛下の警護をしてる姿。

職場では「先生の息子さんって警察官なんでしょう?すごいわ。警視庁?

それとも官僚?」

するとおふくろは頭を振っていうんだ。

そんな御大層なもんじゃないのよ。やっと受かったんだもの」

「どこに?」

皇宮警察」

皇宮警察?すごい。両陛下の護衛をしているの?」

まあ・・そうなんじゃないかと思うわ」

素敵」

とか何とか言われちゃって。そのうち、見合い話あたりを持ちかけられて・・・・

そしたらいいなと思ったり。

何だってこんな妄想を朝からしているんだ?俺。

おふくろには苦労かけたし、こういう形でしか親孝行出来ないけど

俺が実は東宮御所なんだって言ったらなんていうか?

皇太子殿下の護衛?それはすごいわ」って言うだろうな。

おふくろにとっちゃ両陛下も皇太子も同じに見えるもんな。

 

おい、今日のビオラコンサート。妃殿下はドタキャンだぜ

いきなり無線が入って俺はどぎまぎする。

慌てて警護の体制を取り直す。

皇族の警護というのは分刻みだ。

いつ殿下が東宮御所を出発して目的地まで何分・・・それを100メートルごとに

警護して時間を測る。ほんの少しの予定外も許されないのだ。

だからまあ、やりやすいって事もある。

杓子定規な警察官というイメージがあると思うけど、皇宮警察と言うのは

その最たるものだろうと思う。

決められた事を決められた通りにやる。それが一秒も狂わないように見事に

やりとげる。それが仕事なんだ。

 

でも・・・俺がここ。つまり東宮御所に配属されたあたりから事情が変わってきた。

特にひどくなったのはゴールデンウイーク頃かな。

何で長期の休みに皇族が静養に出るか知ってる?

それは御所や東宮御所の使用人に休みをやる為さ。そして御用邸を

預かる人達に仕事を与える為だ。

どこの御用邸だって、皇族が来るっていうからぴかぴかに磨き上げるし

心もこめようってものさ。

そういうわけで、今年のゴールデンウイーク、皇太子夫妻とアイコ様は

那須の御用邸に予定通り入った。

でも、実は御用邸に行くの行かないのって最後までもめたんだよ。

誰がぐずったのか知らないけど、二転三転して予定が変わるから、その度に

俺たちは振り回されてあっちこっちの下見をさせられたってわけ。

で、やっと出てくれてほっとしてたら、今度は一歩も御用邸から出ないと来た。

暇なのはいいさ。俺たちは詰め所でただぼやーーっとしてるだけでいいけど。

だけど上司はそうはいかなかった。

毎日気難しい顔して、誰かと打ち合わせしてはため息ついたり、

必死に電話で話してたり。

そのわけはすぐわかった。

皇太子一家はとにかく予定外の行動ばかりするって事さ。

今日はお出ましの予定はない」と言っていると、昼ごろ突如、外のレストランに

行くと言い出したり、美術館あたりを予約していればドタキャンする。

スタンバイしてた俺たちは、突如予定が変わるので引き上げたり、慌てて

飛び出したり。

少しは予定通りに行動してくれよ・・・結構きついんだぜ。予定外ってさ。

春の那須はすごく寒い。寒いけど空気は澄んでいるし、緑は一杯だし

俺は好きだな。気分がふさぐって事はないと思う。

でもこの時の皇太子夫妻は終始笑顔がなかったなあ。

喧嘩でもしたんじゃないのか?というくらい、夫婦で離れて歩いてさ。

でも、俺たちにはどうでもいい事だったから、あまり気にもせず、ただただ仕事に

支障が出ないように願っただけ。

でも、那須から帰って来てからも、やたら「予定外」が多くて。

ぶっとんだのは、いきなりみなとまち公園とかいう所に一家で行くって

言い出した時だ。

みなと町公園?どこだ?そりゃ。俺たちは思わず地図を開いた。

都内の、マンションが立ち並ぶ・・・砂場とブランコと滑り台があるだけの

普通の・・・普通すぎる公園だ。

そこに平日の真昼間に行くというんだから、そりゃ驚いたのなんのって。

俺たちは慌てて先導車を出して。でも、目立っちゃいけないというので

普通の車を用意して。

俺には分からなかった。日本一恵まれた地位にいて、広い庭がある人達が

何で普通の公園に行きたいと思うのか。

隣の芝生は青く見えるって事かな。

しょうがない。俺たちは制服を脱ぎ、私服に着替えて。でもイヤホンをして

目立たないように・・・・目立たないように警護した。

それはSPの奴らも同じ。

平日ののどかな住宅街の公園には、いわゆるママ達が子供を連れて

沢山来ていた。

その光景を見た時、正直げげっとなったな。

だって、この一般人を排除するわけにはいかないんだぜ?

付近に住む主婦と子供達という図式は見えたけど、誰一人身元確認したわけじゃ

ない。テロリストが紛れていたってわからない。

もし何かあったら責任は誰に?

身を守ろうにも、日頃の「危機」とは無縁そうな主婦たちを蹴散らす事なんて

俺には。

そんな俺たちのハラハラを後目に、皇太子一家は先導する車に見守られながら

金のアルファードに乗ってお出かけだよ。

公園についたら、挨拶もなくいきなり車を降りて、まっすぐ砂場へ。

妃殿下は最初、アイコ様を抱っこしていたけど、やがて砂場に降ろした。

アイコ様はあの年齢特有なのかな。

ぼやっとして関心があるんだかないんだかわからないような顔をして

砂場のへりにちょこんと座る。

そりゃあ、毎日女官に囲まれていたらぼやっともするかな。

近くで遊ぶ子供達に比べると妙に元気がないような気がした。

いや、そんな事より無防備に近づいてくる子供達を、一体どうしたものかと

俺たちは判断に迷う事ばかり。

やがて、皇太子夫妻だという事がわかった主婦たちは妃殿下に話しかける。

その物怖じしない、おそれをしらない主婦パワーには驚いた。

しかもタメ口だよ。

可愛い、いくつですか?」

うちの子は3歳だけど・・・アイコ様は1歳半?おとなしいわ

とか普通に会話しながら、自分の子供達をアイコ様に近づける。

アイコ様は、誰が寄ってこようと関心がないようにみえたけど、それを妃殿下が

背中を押して、砂場に座らせる。

砂でお尻は汚れたけどお構いなし。普通の子はそれでいいけど

宮様は皇族だよ?いいの?

俺たちは信じられない気持ちで眺めるばかり。

さらに信じられない光景が・・・・・皇太子殿下が缶ビールの蓋を

・・蓋を・・ぷしゃっと開けたんだ。

泡があふれているのをおいしそうに飲み始める皇太子。

うそだろ?皇族が外で飲み食いするなんて。しかも酒だよ?酒。

皇太子がうわばみなのは知ってる。

上司も何人か御相伴にあずかった事があるとかで、

殿下はいくら飲んでも酔わないぞ。しかも何種類もの酒の味を知ってる」

そりゃあ羨ましそうに言ってた。

安い酒を週に1度か2度しか飲めない俺たちに比べると、皇太子は日本中から

名酒を集めてくるし、飲み放題だし。

それくらいストレスが多い生活をしているんだろうとは思ったけど

目の前でおいしそうにビールをのむ皇太子を見て

普通のおっさんだな」と思ってしまった。この不敬な考えを許して下さい。

だってさ。ビールだよ。ビール。皇族ならワインとか思うだろ。普通。

なのに平日の昼間。主婦と子供しかいない場所でビール飲んでるなんて

ホームレスか定年すぎのじいさんだけだぜ。

そんな夫を振り返りもせず、妃殿下は必死に宮様を遊ばせてた。

子供同士だから喧嘩みたいになる事だってある。

本来は俺たちが宮様に不敬な行為をする輩を退けなくてはならない。

でも、今回は赤ちゃんたちだから・・・何も出来ない。

でもさ。正直思ったね。公務はいいの?

っていうか、俺たち、こんな事の為に雇われてるのかな。

こんな事、おふくろには言えないよ。

だっておふくろは日教組の洗礼を受けてる世代の教師だぜ。

おれがこんな所で警護にあたっていると知ったら「税金の無駄遣い」だと

怒るだろうし、息子がどこで働いているかを忘れて

皇室なんかいらない」と言い出すかもしれない。

 

そういう意味ではちょっとがっかりしたんだけど。

それでも無事に終わってよかったよ。

しかしっ!無事じゃすまなかったんだ。

次の山梨への視察はいきなりの妃殿下ドタキャンで、車は変わるし

先導車のタイプも変わる。

迎える方も椅子の配置やら何やら全てこっちと打ち合わせのしなおしだって

ぶーぶー言ってた。

そうかと思ったらその数日後。

今度は俺たち皇宮警察の音楽隊50周年式典を夫婦でドタキャンときた。

これには俺の上司も怒ったね。

いや、上司だけじゃない。皇宮警察も千代田も赤坂も・・・東宮大夫も

宮内庁長官も怒った。その怒りは下っ端の俺たちにまで伝わってきたほどだ。

だってそうだろ?

皇宮警察は皇族を警護する為の組織。

その音楽隊は儀仗の時に音楽を演奏したりするんだぜ。

国賓が来た時、それらの演奏がなかったらどうするよ?

そんな音楽隊が50周年。

両陛下もお祝いに来て下さるって言うのに、皇太子夫妻が堂々と

行きませんから」で終わったら・・・・・

じゃあ、それで仕事はないのかと思いきや、違った!

なんと、また、あの、みなとまち公園に行くと言い出した。

もう呆れるのなんのって。

何だってそんなに公園に行きたがるんだ?

何でも妃殿下が宮様に「普通の子供ような経験をさせたい」とお望み

なんだってさ。

東宮侍従長も東宮大夫も怒って反対したけどきかなかったって。

こっちは大慌てさ。

だって、どこから情報がもれたかわからないけど、公園には前回とは

くらべものにならない程のママ達と子供が集まっていたんだから。

俺たちは必死に「妃殿下に近づかないように」って言った。

言ったけどそんなもん、きく人達じゃない。

あっという間に皇太子一家の回りは人だらけ。遠くからみたんじゃ

確認できない程人が。

俺は、とにかく焦って人の波をかきわけて砂場に直行。

ぎゃーー」って声がしたから何事か?と思ったら・・・・子どもと宮様が

おもちゃをの取り合いをしているじゃないか。

皇族が一般人の子供とおもちゃの取り合い?想像できる?

しかも、その様子を笑ってみながら宮様にかわっておもちゃを取り上げたのは

なんと妃殿下。

見てはいけないものを見てしまったような気がした。

そんなの甘かった。

今度は皇太子が主婦に囲まれて、その子供を抱っこしているじゃないか。

夜泣きは大変でしょう?うちのアイコもね」と・・・まるで主婦のような

会話をしている皇太子殿下。

これがいわゆる「イクメン」とやらなのか?

皇族としての威厳はおろか、男としてのプライドを捨て去ったような顔だ。

だってそうだろ?

この日だって平日だったんだから。昼間から男が公園にいる筈なく。

両陛下だって公務中だぜ?

いわばそれをサボって公園に遊びに来たわけで。

ああ・・・情けないなと俺は思った。

俺には関係ない。与えられた仕事をするだけさ・・・と思っても

何だか体中の力が抜けていくような疲れが押し寄せたね。

こんな仕事・・・こんな仕事・・・誇りを持って「皇宮警察です」って言えるか?

サボりの片棒なんてさ。

それでもぼやぼやしている暇はなかった。

さすがに人が多くなりすぎて、上司から「即刻退避せよ」の指令が飛んだから。

SPが素早く動いて、皇太子と妃殿下に「お時間です」と耳打ちした。

俺たちjは人をかきわけて道を作った。

皇太子は素直に車に乗ったが、妃殿下と宮様は嫌だとかなんとか。

まだ遊んでいるのに」とかなんとか。

そんな事言ったってさ。ここは庶民の公園なんだから。

やっとの思いで妃殿下たちを車に乗せた。

 

あの場には沢山の主婦がいてビデオを撮ってた人がいた。

フィルムを取り上げる事だって出来たけど、さすがにそれはなあ。

でも、それがテレビに映ると、妃殿下は激怒した・・・・と言われている。

上司が「そんな事いうなら公園になんか行かなきゃよかったんだよ」と

吐き捨てるように言ってたけど、相当なお叱りだったらしい。

それだけじゃない。砂場にはガラスが撒かれていたそうで。

宮様にけががなかったからいいようなものだけど。

こんな思いは二度と御免だ。

 

おふくろ。

俺は元気です。

やりがいのある仕事について幸せです。

毎日、皇族方の顔を見る事が出来て光栄です。

おふくろもたまにはこちらに来て下さい。

生の制服姿を見せてあげたいです。

ではでは。草々

 

 

 

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韓国史劇風小説「天皇の母」148(ねつ造ではなくフィクションです)

2014-04-03 07:00:00 | 小説「天皇の母」141ー

誰が許すというんだ!」

東宮大夫の声は部屋に響き渡り、みな震え上がって立ち尽くした。

古参の女官達は「こんな風景、以前にもあった」と思った。

歴代の東宮大夫は、必ず一度はこんな風に怒鳴る。

大抵、皇太子かマサコが言い出した事で。

 

ひたすら頭を下げているのは東宮侍従長と女官長。

慣れっこになっているのか、それとも「黙る」しかないと思っているのか。

ただ、彼らにしてみたら、自分達の意思で東宮大夫を怒らせているのではない

という事だ。

何だってそんな事を言い出したんだ?だれかたきつけたのか?」

侍従長は何と答えたらいいのかと迷いつつも、小さな声で

妃殿下が・・・」と言った。

妃殿下がなんだ

妃殿下が、突然、公園デビューをなさりたいと

今風の「公園デビュー」という言葉が年寄の侍従長の口から出たので

女官達は思わずくすりと笑った。

すると、東宮大夫は正反対にますます怒って

何が公園デビューだ。東宮御所には広い庭が沢山あるじゃないか。

え?芝生も砂場も滑り台も・・・何だって内親王の為に用意してある。

何が気に入らない?一般庶民の行く公園の砂場など、どれだけ不潔か

わからない。何でそんな所に行きたがるんだ?

東宮御所が気に入らないなら吹上にでも行けばいいじゃないか」

そういう事ではなく

女官長が口をはさむ。

妃殿下は内親王を、普通の子供が集まる場所にお連れになりたいと

普通の子供!!

普通の子供とはどういう意味なのか。

東宮大夫は思わず言葉を失った。

それはつまり、普通の子供なんだな

女官長は頷く。

東宮大夫は先ごろ、内親王に障碍があるという事を聞かされていたし

その件に関しては同情もしていた。

けれど、皇室の長い歴史において「ごゆっくり」な事は罪ではないし、悩む必要も

ない。内親王が女であった事が幸いしている。

このまま、専門的な指導の下、静かに御簾のうちに暮らしていくのが一番

いい事だと思っていたからだ。

それこそ、普通の子供のように小さい頃から競争にさらされる必要がないし

一人で生きていく必要もないのだから、むしろ恵まれている。

にも関わらず東宮妃は「普通の子供と同じように」と言っているのか。

公園で遊んだからって何が変わるんだ?」

妃殿下は、トシノミヤ様は障碍をお持ちなのではなく、回りに同じ年頃の

子供がいない為、つまり刺激の少ない環境にある為、おっとりとなさって

いるのだと思われて」

だったら子供を東宮御所に呼べばいい。学友の選別は始まっているのだろう

宮内庁が選ぶお友達は嫌だと」

東宮大夫の眉間には皺が刻まれ、その目は怒りに燃える。

こっちが選んだ学友は嫌だって?家柄、信用性、皇室との関わりなどを

あらゆる点から調査して完璧な家を選んでいるのに」

妃殿下は

今度は侍従長が口ごもりつつ言う。

そういうのがお嫌だと。そして皇太子殿下も同じお気持ちであると」

 

また沈黙が漂った。

堂々巡りである。そもそも入内した時からあの皇太子妃は全てに不満を

持っていた。

東宮御所の食事、侍従や女官のスケジュール管理。

こちらが提供するものは全て嫌な人なのだ。

全く。なんだって皇太子はあんな女性を選んだのか。

そして皇太子は感化されている。

出産後、皇太子妃はホルモンの関係もあるのだろう。

何かにつけて攻撃的な口調になっていた。

女官が作る粉ミルクに文句をつけたり、内親王をあやす女官の手から

ひったくってみたり・・・怒ったりイラついたりすることが多くなった皇太子妃に

誰もが恐れを抱き始めている。

そして今回、ありえない「公園デビュー」の話が持ち上がったのだ。

「こちらが選んだ子供が嫌だというなら、ご夫妻で選定して呼べばいいだろう」

でも」

女官長がまたもいいつのる。

とにかく、トシノミヤ様を普通の環境に置きたいと。そればかりで」

皇族が一般の中に入ると混乱が生じるという事を説明したのか?

公園に行く・・その公園の下見に始まって砂場などの消毒や近隣住民の

身元調査。行く当日は一般人を遮らないといけない。

何だってそこまでする?そんなことをして何が変わる?庶民のささやかな公園

遊びを奪う事に何の意義がある?そう聞いたか?」

皇太子ご夫妻はそのような手続きをお待ちになれないそうです。

明日にもお連れになると」

明日!」

東宮大夫は叫んだ。

明日は何の日か知っているだろう?」

明日は、皇宮警察音楽隊の創立50周年式典があり、天皇・皇后と

皇太子夫妻が出席し、楽隊の演奏を聞く日だった。

常日頃、皇族の安全を守る為に奔走している皇宮警察。そして式典などの

儀仗を務める皇宮警察音楽隊に関しては、両陛下とも大切に思い

必ず出席してきたものだ。それが皇宮警察への感謝の表し方だった。

それは欠席なさるそうです

何だと!」

ついに爆発。東宮大夫の怒鳴り声は外まで聞こえた。

公務をなんと心得るか!」

ああ・・・情けない気持ちで一杯になる。

オワダ家のような得体の知れない家から出てきた妃はともかく

皇太子は天皇の息子だ。しかも後継ぎの長男で小さい頃から

それはそれは厳しくしつけられてきた筈なのに。

簡単に公務を休むなど・・・・・

ふと、脳裏によみがえる。先帝がガンに冒された体を必死に動かして

宮中晩さん会に出た事や離島をヘリコプターで視察した事を。

最後の戦没者慰霊祭の時は、本当にお辛かった事だろう。

にも関わらず愚痴一つこぼさず粛々と公務をこなされた。

そのお姿を見て来たからこそ、今上もまた同じように生きておられるのだ。

それなのに。

内親王の公園デビューの為に公務を休むと軽々しく言うとは。

ダメだ」

東宮大夫は言った。

今言って今すぐ動く事など出来ない。公園の調査も近隣住民の身元確認も

今日中になど出来る筈がない」

そんな事は望まれておりません。ひたすら自然な形で公園に行きたいのです」

侍従長も女官長もうんざりした様子で言う。

普通の夫婦が子供を公園に遊びに行かせるように・・・・・と」

だからそれは御立場上無理だと言ってるじゃないか」

そこを無理にでもとおっしゃっているのです

女官長の言葉は悲鳴のようだった。

「私達も困っているのです。いくら理を説いても少しもおわかりいただけない。

私達を責めるばかりで。妃殿下はご出産後数か月で公務復帰をさせられた事を

今も恨みに思っておいでです。皇族は国家公務員のようなものなのに

育児休暇を取る権利もないのかと。でも我慢していらした。

皇族には休む権利もないと嘆いて感情的になると、ものを投げたりするので

本当に困るのです。皇太子殿下はいさめるどころか同調してお怒りになるし。

しまいには、皇太子の言う事が聞けないかとどりゃあものすごい剣幕で。

最近の皇太子殿下は・・本当に声を荒げる事が多くなりました」

 

結果的に東宮大夫は皇太子夫妻の私室へ行くハメになった。

部屋で待ち構えていた皇太子妃はうっすらと笑顔さえ浮かべて

聞いたわよね?明日、公園に行くから」と言い放った。

東宮大夫はその威圧感に負けまいとして

明日は皇宮警察音楽隊の50周年の音楽会があります」

休むよ」とぼそっと言ったのは皇太子だった。

音楽よりアイコの方が大事だからね

その言葉に一切の迷いはなかった。

皇太子は妃を庇う事で存在意義を感じているのではないか?

それはまるで悪人を庇う善人のようで・・・・なんというのだったか

そうだ。ストックホルム症候群ではないか。

しかし公務は

公務より大事な事があるんだよ

いつも目が笑っている皇太子が珍しく声を荒げる。これが女官長の言っていた

「変化」なのか。

両陛下には何と

あとはよろしく

こういう時は真っ先に逃げ出そうとする。皇太子は立ち上がり

アイコの部屋に行くね」と言って出て行った。

そんな皇太子を見送る事もなく、マサコは椅子に座ったまま

「皇太子殿下がああ言ってるの。アイコがどんなに大事な子かわかるでしょう?

今は内親王かもしれないけど、将来は皇太子殿下の後を継ぐことに

なるかもしれないのよ。その子の養育をするのに、音楽会の一つや二つ

なんだというのよ」

悪びれもなくマサコは話し続けた。

アイコは皇太子殿下の娘、天皇の孫よ。アキシノノミヤ家の女の子達より

ずっと偉いんだから」

しかし内親王には内親王にふさわしい教育の仕方があると存じます。

妃殿下はいろはを覚えるより先に英語を教えていらっしゃった。

けれど内親王がは日本の皇室の姫である事に変わりはないのです。

英語よりも日本語を、遊びよりもご挨拶を覚えて頂く方が・・・・」

アイコが挨拶出来ないって言うの?」

マサコは仁王立ちしてテーブルにかかっているテーブルクロスを投げつけた。

出て行ってよ。東宮大夫のくせに私に逆らうなんて。覚えていなさい。

絶対に許さないから」

会話にならなかった。

東宮大夫は皇太子妃に負けたのだった。

 

 

 

 

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韓国史劇風小説「天皇の母」147(嵐のフィクション)

2014-03-21 07:00:00 | 小説「天皇の母」141ー

那須は雨が降り続いた。

だから・・・という理由でひきこもりになったマサコは自室から

出てこなかった。

娘の顔もろくに見る事もなく、ひたすら閉じこもる妻に皇太子は戸惑い

うろたえ、しかしどうすることも出来なかった。

癇癪を起すマサコも怖いが、だんまりを決め込むマサコも怖い。

皇太子が生まれてこの方、付き合って来た人々にこのような性格の者はいなかった。

ゆえにどう対処していいかわからなかったのだ。

女官も部屋の前でただおろおろとするばかり。

マサコは急激に何に対しても関心を失ったかのようだった。

 

東宮大夫も侍従長も女官長も、アイコの障碍がわかったのだから

一国も早く療育を開始すべきだと考えた。

その為にはまず天皇と皇后に報告し、特別な医師ないし教育者を選び

今後に備える。

公式発表も必要かもしれない。

この先、特別な支援を受けるにあたっては国民にも承知させないといけないから。

けれど、皇太子は一人で決断する事が出来ない。

「もうちょっと待って。マサコと相談するから」と取り合わない。

相変わらず、アイコとは一緒に風呂に入ったり食事をさせたりと

父親としては珍しいくらいの面倒見のよさではあったが

娘にとって何が最善なのかという観点はなかったらしい。

観点がなかったというより、それは現実逃避だった。

皇太子ははるか10年前の出来事を思い出していた。

周囲が反対するのに無理に結婚してしまった事を。

家柄や性格をあれこれ言い募って反対する周囲に皇太子は心から

怒っていた。

心の底では、それほどマサコを愛していたというわけではなかったのに

反対されればされる程、プライドが傷つき、ゆえに意固地になっていったのは

事実。

生まれた時から皇位継承権1位という事で、弟とは差別されて育てられてきた。

母にとって自分の存在は希望そのものだった。

だからその期待に応えるべく、嫌いな事も我慢してきたのだ。

もっと自由になりたいと思っても我慢したのだ。

それが皇太子という地位の重さであり、運命だと思ったから。

でも、結婚だけは好きにしたかった。

両親がそうであったように、いや両親以上の「世紀の恋」が必要だったのだ。

ハーバード大出の才媛、オワダマサコとの結婚はプライドを十分に満たし

誰からも「さすが皇太子さま」と言われる。

その「さすが」が欲しくて結婚に突き進んだようなものだった。

その考えが間違っているとは思わない。今も。

「マサコを守る」

「娘を守る」

その信念に彼は酔いしれていた。

自分との結婚が妻にとって幸せだったのか・・などという考えは一切なかった。

それはマサコとて同じだった。

殿下をお幸せにしたい

などと婚約会見で喋った事などとっくの昔に忘れていた。

今の自分は被害者だ。

娘にまで裏切られたような気分だ。

これからどうしたらいいのか。

 

妃殿下、両陛下にご報告を

せかす側近にマサコは「絶対に言わないで」とくぎを刺した。

言ったら命はないと思って

あまりの剣幕に侍従長も女官長も怯えて後ずさる。

那須から帰京して以来、公務への意欲がどんどん減っている。

どんな場でもマサコの瞳はどんよりとし、心ここにあらずといった風情で

それではあまりにも相手方に失礼ではないかと心配される程。

マサコにしてみればやりたくない公務に出てやっているのだからと

いう気分だったかもしれない。

アイコがあんな状態である以上、結婚生活を続ける事は無意味に思えた。

回りは第二子を望んでいたが、マサコはもうこりごりだと思った。

好きで結婚したわけじゃない。

好きで出産したわけじゃない。

私は悪くない。絶対に悪くない。

本当は、私のような人間は世界で一番幸せになるべきだった。

人も羨むハイソな家で育ち、日本最高の家柄を誇る所に嫁ぎ

将来は皇后なのだから。

なのに、なぜここまで敗北感と挫折感を味わわなくてはならないのか。

それは・・・

私が悪いのではない。

オワダ家にいた時はこんな思いはした事がなかった。

(しても母が全部処理してくれた)

こうなったのは天皇家のせいだ。

天皇家の存在こそが私にここまで恥をかかせ、障碍者を産ませ

プライドをズタズタにしたのだ。

その思い込みは、女官長も女官達も想像がつかない執念深さだった。

彼らは単に

たった一人の子供がそういう状態ならショックだろう」と思い、

「可哀想」だと思っていた。

受け入れるには時間がかかるだろうという事も。

ゆえにそっとしていたのだが、よもやマサコの頭の中では

「被害者意識が」根を生やしていたとは。夢にも思わなかった。

アイコは母親に何日会わなくても悲しんだりしなかった。

泣くでもなく、悲しむでもなく。かといって顔を合わせても嬉しそうでもない。

そんな娘を見ると余計にイライラとする。

 

しかし、もしかしたら・・・・と思った。

これは東宮御所という閉鎖された空間で育てているからなのかもしれない。

人というのは刺激がないと生きていけない。

アイコは大人の中にたった一人子供として置かれ、回りは静かだ。

だからアイコも大人になってしまったのだ。

そう考えると、マサコは少しすっきりする。

悪いのはアイコではなく東宮御所という閉鎖空間であり、大人しかいない環境だ。

「内親王」という立場ゆえに一般の子供達のような

楽しい事が経験出来ない。可哀想な我が子。

そういう目で娘を見ると、やっと失いかけていた「愛情」がにじみ出てくる。

そうだ・・・庶民の子供達と同じ経験をさせてみよう。

そう思い立つといてもたってもいられない。

マサコは急に生き生きと立ち上がり、ドアをバンと開け、女官長を呼びつけた。

公園に行きたいの。アイコを連れて」

女官長始め、女官達も・・・皇太子も、マサコが何を言っているのか理解できなかった。 

 

 

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韓国史劇風小説「天皇の母」146(春のフィクション)

2014-03-14 09:00:00 | 小説「天皇の母」141ー

アイコは一人で何かに夢中になっているようだった。

声をかけてみたが、返事がない。

反応も示さない。

まるで関心がないかのようだ・・・・そう、彼女は関心がない。

「親」に。親である自分に。

体をつついてみる。

アイコはびくっと震え、それから片手でぱしっと手を払いのけ

奇声を発し始めた。

どうかなさいましたか」

育児担当の女官が駆けつける。

マサコは思わずアイコに手を上げようとした。

妃殿下

呼ばれてはっとする。

向こうへやって」

アイコはそそくさと女官に連れて行かれた。

大きくため息をつく。もう捨ててしまいたい。こんな子は。

捨てて・・・・」

そのつぶやいた時、自分の中に嫌な思い出が蘇り、マサコはへたへたと

座り込んだ。

生まれた時から「捨てられるのではないか」と思っていたのは自分の方だった。

男子を望んでいた父にとって「女」である自分は期待外れもいい所だった。

三歳下の双子の妹達にかまけて母はマサコをまともにみようとしなかった。

父は「成績がよければ愛してやろう」と言った。

だから、何が何でもと思って頑張ったつもり。

でもそれは砂上の楼閣のようで、嘘に嘘を塗り固めたようなもの。

元々才能がないのに、あれもこれも「出来る」と吹聴しなくてはならないつらさ。

何も出来ない自分を誰も認めてくれない現実。

幾度もそんな事で苦しんだ夜があった。

見捨てられる・・・・・そう思うと体中の血が逆流して吹き出して大量の血が

流れそうになるのだ。

 

皇太子妃に決まった時の父の喜びようといったら。

私は将来の皇后の父、将来の天皇の祖父。オワダは私が再興した」と。

だけど、そんな笑顔も結婚式までだったかも。

結果的にはなかなか子供が出来なくて失望させた。

女なら結婚して子供を産むのは当たり前の事だ。

学歴も成績も才能も必要がない。誰にだって出来る事。

その誰にでも出来る事が出来ないーーこれは一体何の罰ゲームだろう。

けれど、「皇太子妃」という立場だからこその特権もある。

それは「誰にも責められない事」だった筈。

天皇や皇后ですら、自分を腫れ物のように扱うのだ。

自分がどんな無茶をやってもいいから「子供を産んでくれ」と。

だから嫌でも仕方なく不妊治療を受けたのに。

 

生まれたのは女の子だった。

父の絶望したような顔が思い出される。

金屏風の前で、まるで「何かを失ったかように暗い顔」で記者会見をした父。

あれを見た時、自分が生まれた時も、あんな風な顔をされたんだろうなと思った。

アイコが不憫だった。可哀想だった。

この子は何も知らない。知らずにただこの世に生み出されて来たのだ。

自分の意思と関係なく。

天皇も皇后も失望を顔に出さないよう頑張っていたけれど、自分にはわかる。

あれもまた「失望」だった。

そう思うと、「おうぶめし」と呼ばれる皇后が作った小石丸で出来た産着ですら

着せるのが嫌になり、もっともっと可愛らしくて高級なベビー服にしてあげた。

 

娘でも「女帝」になる確率はゼロではない。

だって他に誰もいないのだから。

父もそのつもりだ。

アイコが生まれた時から始まった女帝キャンペーンはその為だったのだ。

 

なのに。その娘が「自閉症」

結婚して10年。娘を生み、それが「盾」となって自分を助けてくれるはず。

それなのに自閉症。

この子は一生、自分に笑いかけたりしないのだろうか。

目を合わすことなく、自分の世界に閉じこもって・・・・

ダメだ。見捨てられない。

あの子の後姿は小さい頃の自分。

誰に顧みられることなく、一人の世界に生きる。

 

マサコの体から急激に力が抜けていくのがわかった。

何だか笑える。

10年も皇室で頑張って来たのに結果がこれとは。

自由を失い、学歴もないくせに偉そうな態度の人達にあれこれ言われながら

嫌いな事ばかりしてきた。

祭祀も公務も・・人と会う事すら嫌いななのに。

しかも結婚した相手があんな・・・・つまらない男。

この10年はなんだったろう。

無駄で無機質で無理だった。

もうやめよう。ここまで頑張ったんだからもういい筈。

 

春の那須御用邸は静かだった。

あまりに静かすぎた。

誰も一歩も付属邸から出ない。春の花が咲きみだれても

誰も気にしない。

ただただ、マサコは部屋に閉じこもって何もしなかった。

せいぜい寝てるか、だらだらと食事をしているか。

東宮家ではすでに時間がきちんと定まらなくなった。

その場その場でスケジュールが変わり、マサコの気まぐれに皇太子も

側近も振り回されている。

しかし、皇太子は何も言わなかった。ただただじっと耐えて、マサコが部屋から

出てくるのを待っていた。

まるでそれが仕事であるかのように。

なぜなら「黙って待つ」事だけは誰にも真似できない彼の特技だったからだ。

何かを解決しようとは思っていなかった。

そもそも問題意識すらないのだ。

マサコの深い憂欝が、何かの予兆になるなどとはその時は誰も考えていなかった。

 

ツツミ医師が「研究費流用」で告発され、やがて医学界から消えた。

真偽のほどはあからない。

けれど、これは報復ではなかったか・・・・と、巷では噂になっていく。

誰の報復?

「嫉妬よーー」と巷の井戸端会議では軽く言われるけれど

それがまさか日本最高の格式をもつ家の中での陰謀であった事を

知る人はいない。

 

マサコはまだあきらめたわけではなかった。

 

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韓国史劇風小説「天皇の母」145(金メダル風フィクション)

2014-02-19 08:06:00 | 小説「天皇の母」141ー

東宮御所はいつになくはりつめた空気が漂っていた。

部屋にいるのは皇太子夫妻と東宮付の医師。それから小児精神科医。

内親王が生まれてからずっと見守り続けてきた小児科医たち。

どういうこと」

マサコは何が何だかわからないというような顔をする。

無論、それは夫の皇太子も同様だった。

ですから」

医師はゆっくりと話し始める。これで3度目くらいだ。

トシノミヤ様は、多少なりとも発達に遅れがございまして」

「遅れているってどういう事なの」

例えば、言葉が非常に遅い事。さらに、ご両親と目を合わせない等

色々あり。自閉症の疑いが濃いかと存じます」

自閉症」

言葉は知っている。でも、それは小さい頃から子供のしつけが出来なかった

結果や育て方が悪いから起こる障害ではなかったか。

うちはちゃんと育ててるわよ

妃殿下。自閉症というのは環境に左右される病気ではないという事は

最近、きちんと証明されております。脳に先天的な機能障害があるのです。

人によって現れ方は様々でございます。例えばIQが低い子もいれば

ある一部分にだけ、例えば記憶や数字といったものに異常な程高い

数値を示す子もいます。また表面的には全く異常がないのに、いわゆる

社会的に適応できないというケースもあり・・・・」

わかるようにいいなさいよ。つまり何なの?うちのアイコは障碍者だっていうの?」

まだはっきりとは。ただ、その可能性は高いという事です」

「それは本当なの」

ぼそっと口を挟んだのは皇太子だった。

どうしてそうなるの」

わかりません。まだはっきりとは。遺伝的傾向が強い事はあると思いますが」

遺伝

だったらうちじゃないわ。あなたの方でしょ」

マサコは大声を出してきっと皇太子をにらみつけた。

天皇家って血族結婚が多いから頭のおかしいのが何人も生まれているじゃない。

血が濃いからよ。あなたの血よ。私が悪いんじゃないわ」

「私が悪いんじゃない」の部分は、ほぼ叫びに近かった。

皇太子は居場所がない・・・というように黙り込む。

そういえば、あなたの伯母様も変な人いたわよね。そういう家系なんじゃないの。

信じられない。私って、騙されたんだわ。何が高貴な家よ。ただの血族結婚

一族じゃないの

妃殿下」

たまりかねて東宮医師団の長が口を出した。

本当の原因はまだわからないのです。殿下をお責めになってはいけません

じゃあ、私が悪いっていうの?うちの家系にそんなのはいないもの」

「誰のせいでもございません。ただ事実を受け入れて療育を」

そんな事出来るわけないじゃないの!」

ついにマサコの中で何かがはじけてしまったようだ。皇太子がびくりとして

妻を呆然と見つめた。

マサコは大きなこぶしをにぎりしめ、それで思い切りテーブルを叩いたのだ。

それは皇太子にとって「初めて」の暴力体験だった。

ばん!とテーブルに叩きつけられたこぶしは、茶卓をゆるがし、茶碗から

茶がこぼれた。

皇太子はびっくりして思わず「マサコ・・・」と情けない声を出してしまった。

しかし、ここまで来るともうマサコの感情は自分では制御出来ないようで

何が療育よ。アイコは自閉症ですって?そては間違ってるわよ。誤診よ。

あなた達は日本で一番偉い医者なんじゃないの?なのにどうして

そんな診断を出すのよ。どうして治せないのよ。あんまりだわ。お父様に

言って首にしてやるから。すぐに違う医者を探すべきよ」

妃殿下・・・・妃殿下・・・・」

あまりの取り乱しように、部屋のドアがあいて、侍従と女官が飛んでくる。

落ち着き遊ばして下さい。妃殿下」

うるさいわね。私は正気よ。間違っているのはこの人たち。私の娘を侮辱

したのよ。許せるもんdすか。絶対に許さないから・・・」

と言った所で、マサコは突如意識を失って倒れこんでしまった。

あわてて女官が抱き留め、医師達が脈を取る。

早く、お部屋に」

医師団の長は脈を診てから指示し、マサコは風よりも早く自分の寝室に

運び込まれた。

後から追いかけて部屋に入った皇太子はただおろおろするばかり。

「だ・・・大丈夫なの。マサコは」

興奮しすぎたようです。ただの発作かと」

ああ・・・・」

皇太子もまたベッドのわきに崩れ落ちてしまう。

殿下・・・・」

「僕はどうしたらいいんだろう。アイコが自閉症だなんて。何でそうなったのか

全然わからないよ。やっぱりマサコの言うように、天皇家の血のせいなのかな。

だってほら、大昔に気が狂った天皇がいたじゃない・・あれは・・冷泉帝だったかな。

それだけじゃないよ。タカツカサのおばさまも、イケダのおばさまも

何だか変だったもの。あれもやっぱり天皇家の血のせいなの?」

何度も申し上げますが、原因はわからないのです。一口に自閉症と言いましても

様々なタイプがあり、それにあわせて療育する事が必要です。

タカツカサ様もイケダ様も、無事にご結婚されたではありませんか。

少しおっとりしたお姫様だと思われればよろしいのです。あとは専門家を

雇ってきちんと内親王としてのお躾をなさいませ」

そんな事、マサコが認めると思う?療育だなんて」

医者達は内心(娘が可愛くないのか)と腹が立ってきた。

皇太子は二言目には「マサコが」と言うが、この場合、父親として適切な

判断をするべきではないのか。

もっとも、先ほどのテーブルを叩きつけたことといい、ぶっ倒れた事といい

皇太子には刺激が強すぎたようだ。

すっかりおびえてしまっている。

それにしても何で・・・何でアイコが。やっぱり血筋なのかな。血族結婚が

多かったせいなのかな。僕は今日ほど自分の中に流れる血を恨んだ事はないよ」

天皇家の血のせいではありません。誰にでも起こりうる事でございます

でもマサコが

先ほど倒れられたご様子を拝察するに、妃殿下自身も何等かの精神的な

病を抱えている可能性があります。一度きちんと精神科医の診察を受けては

マサコが精神病だっていうの?」

今度は皇太子はむっとした顔をする。

「要するに僕とマサコと両方の血が悪いっているの?」

そうではありません。内親王殿下は今後のご教育次第によっては

沢山の可能性を引き出すことも出来るのです。前向きになって頂きたい」

医師団の必死の願いも今の所、耳に入らないようだった。

 

夢の中で一人ぼっちの少女が泣いている。

暗闇の中でしくしくと泣いている。

あれはアイコ?いや、違う。泣いているのは自分だ。

小さな頃から無性に不安にかられる子供だった。

世の中の全てが彼女にとっては「不安」材料だった。

どうしてこんな、怖い世界で当たり前のように生きていられるのだろう。

たった一つの光。それは父の愛だった。

誰が認めてくれなくてもいい。父が愛してさえくれれば。

でも、その父が自分に望んだ事は、この怖い世界で表に立って生きる事。

時々、人々の言葉が全く理解できない事がある。

何を言っているのかさっぱりわからないのだ。

でも、わかるふりをしないと・・・・見破られたら「自分」という存在は

ズタズタになってしまう。

回りの要求はどんどんハードルを上げてくる。

どうしたらいいのか・・・本当にわからない。

 

はっと目覚めたマサコは汗びっしょりになっていた。

女官が「お目覚めですか?」と声をかけた。

マサコは答えず黙り込む。

「妃殿下」

女官がもう一度声をかけたが、マサコは答えなかった。

皇太子殿下にお報せを」

女官がさらに女官に伝え、部屋に駆け込んできた皇太子は

ほっとしたようにマサコの手をとった。

よかった。いきなり倒れるから驚いたよ。もう大丈夫なの?」

けれどマサコは答えなかった。

どうしたの?」

違う

やっと一言、マサコは答えた。ようやく人間の言葉が理解出来たという風だった。

私のせいじゃないわ。私は悪くない」

そう言いつつも激しい絶望感にマサコは全身の力を奪われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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韓国史劇風小説「天皇の母」144 (神勅のフィクション)

2014-02-06 07:00:00 | 小説「天皇の母」141ー

妹は小さい頃から気を遣う子でね

宮は静かに語りだした。早春の風が吹き抜けていくような語り方だった。

兄とは歳が離れていたから、どちらかといえば僕とサーヤはいつも一緒だったよ。

両親が常にいない生活の中。無論、内舎人や女官達はいたけれど、

寂しくなかったといえばうそになる。

兄は将来の皇太子という事でそりゃあ大事にされていたし。まあ、別格だったしね。

僕は妹が可愛くてね。よく苛めたよ。

あの子の顔をみてるとつい、頬をつねったり、つついたりしたくなるんだ。

いつだったかも、そうやってあの子を泣かせてしまって。

で、僕はすぐに謝ったんだけど、「よろしいのよ」ってすぐに機嫌を直すんだ。

それに甘えて僕はまたあの子をからかったりして。

今でも時々、耳に聞こえるよ。「よろしいのよ」って。

サーヤは母とプライベートで旅行したりして、常に降嫁を目的に育てられてきた。

その事は彼女もよく知っているから、何もかも万事控えめでね。

何もそこまでと思う程、執着せず、ただ粛々と人生を生きている風だよ。

僕らが親と衝突している時もサーヤは静かに見守って、いつかクッションになって

くれていた。それはありがたいと思っている。

妻も妹がいなければ皇室に馴染めなかったかもしれない。

いつか降嫁する・・・でも、結果的にはこの歳まであの子は誰にも嫁がずに来た。

その原因がどこにあったか。それはクロちゃんもわかると思う。

僕達が本当に大事にしなければならない人々を排除して来た歴史があるからだ。

その事については何度も話したけれど、母の悲しみや苦しみは一朝一夕には

癒されないものだ。

ここまで来るとね、両親は妹が一生独身でも構わないと思っているようなんだよ。

常に「いつ民間に降りても大丈夫なように」としつけて来たのに。

本人もそのつもりで、おしゃれもせず、どこまでも清貧を貫き、僕ら親王とは立場が違う

とつつましやかに生きて来た。

僕はそんな妹が可哀想でならない。

華やかな妃達や女王達の中で一の姫だというのに、何もかも自分には畏れおおいと

感じてしまう妹が。

だから、僕は妹は一度はきちんとした結婚をしなくてはならないと思っている。

今さら情熱的な恋をしてほしいなどとは思わない。

ただひっそりと、幸せに穏やかに生きて行って欲しいんだよ。その相手として

クロちゃん、君以外に適任者はいないんだ」

宮の言葉はさらさらと心に流れ込んでくる。

兄としての妹思う気持ちが痛い程伝わってくる。けれど、ヨシキにはそれが

あまりにも重いような気がした。

宮は自分を買い被っているに違いない。

天皇の娘を娶る事が出来る程、家柄がいいわけでもないし財力もない。

政治家でもなければ学者でもない。

自分はただのサラリーマン経験者の公務員だ。

私など、ふさわしいとは

妹は美人じゃないよ」宮はきっぱりと言った。

その直接話法にヨシキは驚いて「いや、いくらなんでも殿下。ノリノミヤ様は

チャーミングですよ」と言ってしまった。

宮はふふっと笑い、それからまた真顔に戻った。

派手な美しさはない。母のようなはっとする美はないと思う。でも内面は、本当に

本当に美しい子なんだ。気立てがいいんだよ。嫌いかい?」

好きも嫌いも、そのような対象として見てませんでしたし・・・」

と言いかけた所に、ドアが開いた。

そこに立っていたのは他ならぬノリノミヤだった。

彼女は顔面蒼白で唇を震わせている。かなり怒っているようだった。

ひどいわ。お兄様。クロダさんに失礼じゃないこと?いきなりそんな事をおっしゃって。

私、恥ずかしくてもう皆さまの顔を見る事が出来ません!」

言うなり、ノリノミヤは飛び出していく。それをみかけたキコが追いかけようとしたが

それを止めたのは宮ではなく、ヨシキだった。

私が行きます

ヨシキはすぐに庭に飛び出た。

ノリノミヤは寒いのにショールも羽織らずに立っていた。

あの・・宮様」

ヨシキは小さく声をかける。寒そうなので慌てて上着を脱ぐ。

とりあえず、これを着て下さい」

ごめんなさい。驚かれたでしょう?」

ノリノミヤは珍しく早口になっていた。

兄がそんな事を考えていたとは思わなかったの。私達、まんまと騙されたのね。

本当にごめんなさい。もうお目にかかるのはやめましょう」

随分と結論が早いんですね

ヨシキは思わず笑った。

だって。ご迷惑でしょう?私、聞こえましたの。そんな対象ではないって

「それはそうでしょう?宮様は内親王。私はただの公務員です。いわゆる身分違い

というか」

公務員の何がいけないんですの?」

「え?いや・・そんな事は」

クロダさんは話題が豊富でいらっしゃるし、お仕事もきちんとされて

とても素晴らしいわ。私のような者よりももっと若くてきれいな方がふさわしいの。

お子様を沢山産めるような。私は自信ないもの」

気が早いなあ

ヨシキはまたも笑った。冷静に見るとおっとりしているノリノミヤは多少

先走って考える癖もあるようだ。そういう所はアキシノノミヤに似ているかもしれない。

子供なんて。私は考えた事ないですよ。何というか、母も私もお互いに干渉

しない生活を長く続けていたので今さら感がありますが

ヨシキは自分がなぜそんな事を必死に言っているのかわからなかった。

とにかく中に入りましょう」

ヨシキは思い切ってノリノミヤの手を掴んでしまった。

何となく、小さくて、でも温かい手。

この温かい手が、多くの国民の心を癒し、勇気づけ、励ましているのだ。

そう思うと、自分もその一人としてこの手を離したくないと思ったし、大切に

守りたいとも思った。

恥ずかしげにしている宮の横顔は確かに美人ではないが、どこまでも清楚だった。

まるで現実に存在するのだろうかと思う程、神々しさすら漂わせる内親王。

兄宮の事は許して差し上げましょう。宮はご自分がお幸せだから

そのおすそ分けしたいんですよ」

そういうの、何とかいうのではなかったかしら?」

大きなお世話?」

そう」

ノリノミヤはやっと笑った。一瞬、昔見た「羽衣」の舞台を思い浮かべ、

ヨシキはノリノミヤの手をぎゅうっと握った。

ここにいるのは現実の女性なのだ。天になど返してなるものか。

クロダさん?」

宮が少しびくっとした。

ヨシキは颯爽と手を引いて歩きながら言った。

「私はルパンのような理性は持っていないと思います」

・・・・その方がよろしいのでは?」

世界が違う者同士が初めて心で会話をした瞬間だった。

 

淡い・・小さな淡い愛が育ち始めた頃、東宮御所では騒動が起きていた。

「アイコが・・・アイコがなんですって?

叫んだのはマサコだった。

 

 

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韓国史劇風小説「天皇の母」143(いとしのフィクション)

2014-01-23 07:00:00 | 小説「天皇の母」141ー

天皇の手術時におけるノリノミヤの献身ぶりは「さすがに一人娘だけあるわね」と

庶民までが感心する程だった。

付き添った皇后は病院食を共に食べ、共に寝泊りする。

「皇后とおあろうお方がそこまで」と思う向きもあったが、その信念は変わらなかった。

そんな両親を陰から支え、差し入れをしたり、時には看病を代わり・・・と行動したノリノミヤ。

天皇が退院の頃にはさすがの彼女も疲れ切っていた。

そうはいっても、割と元気に退院した父の姿にほっとしたのであったが。

 

そんな宮にアキシノノミヤ家から誘いが来たのは1月も下旬の事だった。

「さんまの会」をやるから、手伝いに来てほしいというもの。

「さんまの会」というのはアキシノノミヤの学友達が集う会で、毎年何回かやっている。

その日は、各自料理や飲み物を持ちよりテニスをしたり、おしゃべりしたりという

社交パーティだった。

1月の下旬といえば、寒いし風も強い。テニスは出来ないので、宮邸でのパーティになった。

その会においでというのだ。

久しぶりに楽しんでいらっしゃい。お兄様によろしく」

皇后に送り出され、宮はメガネをコンタクトにかえて、ちょっと春めいたピンクのワンピースで

宮邸に向かった。

宮邸の中はてんやわんやだった。

20人ほどの学友が応接室やらその隣の部屋やらに散らばって

ワインとつまみで楽しそうにおしゃべりをしている。

キコは采配にてんてこまい。

そこにノリノミヤが登場すると、みな一斉にそちらを向いた。

諸君、わが妹が久しぶりに来たよ」

おおっと拍手がなる。

「もう、お兄様ったら」と言いながらノリノミヤは頬を赤らめた。キコがうっすら笑う。

お姉さま。もっと早く呼んで下さったらお手伝いしましたのに。これでは私、何のお役にも・・」

いいのよ。さあ、座って。みなさん、学習院の方々だし、顔見知りも沢山いるでしょう?」

確かに。

アキシノノミヤもキコも学習院ならノリノミヤも同じ。そんな兄弟一族、みな学習院というメンバーは

沢山いる。兄の学友といえど知らないわけではない。

むしろ顔見知りで、機会があれば二言三言話をするような人達ばかりだった。

やはり同じ学校を出た人というのは同じ雰囲気を持つもので、ノリノミヤは肩が凝らない雰囲気を

楽しんだ。

キコはそんな宮を退屈しないように、兄の学友達にさりげなく引き合わせる。

兄の学友だからほとんどは妻子持ちで、話題は何となく「家族」の事に偏りがちだった。

同級生で真っ先に結婚したのはアキシノノミヤだったが、その後は怒涛のように結婚ラッシュが

続き、みな子供が小学生になるかならないか・・・というような。

またこれから結婚するという人もおり、ノロケ話に花が咲く。

さーや。ちょっとこっちにおいで

兄に呼ばれて応接室の隅っこに行くと、ワインを飲む兄の横に、さえない男子が一人座っていた。

「クロちゃんだよ。覚えているだろう?小さい頃、東宮御所に遊びに来たこともある」

クロちゃん・・・?

ああ。クロダさんですね。ええ。覚えていましてよ。ごきげんよう」

ご・・ごきげんよう」

クロちゃんことクロダヨシキはあまり表情も変えず、ぴょこんと頭を下げた。

こいつはね。相変わらず独身なんだってさ。車にしか興味がないらしい」

まあ車がご趣味なの?」

「ええ・・まあ。見るのも走らせるのも好きです。なんていうか、かっこいい車を見ていると血が騒ぐって

いうか、すごく楽しくなるっていうか」

あら。わかります。私もアニメを見ている時は同じですのよ。いい作品にめぐり合った時の幸せったら

ありません

アニメ?さーや、お前、まだそんなもの見てるのか?」

横から兄が口を出す。

ほっといて下さらない?アニメは日本の文化ですのよ。年齢は関係なくてよ。お兄様には永遠に

カリオストロのよさはわかりませんわ」

「カリオストロ?」

ヨシキはぼそっといった。

それってカリオストロの城?ルパン三世の?」

その言葉にノリノミヤはぱっと顔を輝かせた。

ええ。そうなの。私、あれが一番好き。特にラストのクラリスがルパンに告白できずに終わるシーン」

ああ・・あれ」

ヨシキはさらっと言った。

僕からするとじれったいなと思いますね。そりゃあ姫と泥棒じゃ結ばれるわけがないし、そんな非現実的な

話はないけど。でも本気で好きなら姫の身分を捨ててルパンについていくという選択肢もあったんじゃ

ないかと」

あら、それはルパンが止めたんですわ。女の子というのは相手に止められてしまったら、それ以上は

踏み込めないものでしょう?」

「そうなんだーー止めたのか。僕なら「一緒にいっちまおうぜ」っていうかもしれないけど。でも姫育ちに

泥棒の生活は無理か。そんな事してクラリスが疲れちゃったら意味ないしね」

生活なんて慣れるんじゃないかしら。そうね。ルパンが背中を押してくれたら・・・・」

そこまで言ってノリノミヤははっとした。

アニメをよくご覧になるの?」

いやあ、別にそれほどでも。でも僕らの世代はルパン三世とヤマトとガンダムは必須科目だから」

そういってヨシキは笑った。

「必須科目って面白いおっしゃり方をするのね」

そうですか?ちょっと前に公務員試験を受けて銀行から都庁に職替えしたんですよ。延々と試験勉強

していたものですからついつい」

まあ、素晴らしいわ。努力家でいらっしゃるのね

「とんでもない

今度はヨシキが頬を赤らめる。

銀行が合わなかっただけです。どうにも僕は趣味に時間を費やせない仕事はダメみたいで」

それからノシノミヤと目がまともにあってしまい、どぎまぎとそらした。

そ・・そういえば、昔、メガネをかけてませんでしたか?髪も長かったような

「ええ。コンタクトにしましたの。髪は短い方が似合うって母に言われて切りました」

な・・何というか。その。随分とたおやかになって」

たおやか?ありがとう。そんな風に言われるのは初めてです。クロダさんは・・・随分大人っぽくなられました。

あら、生意気申し上げて」

いやいや。僕はもうおじさんですよ。いい歳して結婚もせず車にはまって職場と家の往復ばかり。

さえないでしょう?」

大事な事じゃないかしら。私もあいた時間はテレビばかりですわ。好きが嵩じてビデオなどを

集めたりして。宮崎駿の作品が好きです。でもほら、「ハイジ」もそうでしょう?私、あれは本当に

大好きで全巻持ってますの」

「「アルプスの少女ハイジ」かあ。懐かしいなあ。ほら、パンにとろけるチーズをのせて食べるシーン。

あれが本当においしそうで

私も。今でこそチーズフォンデュはメジャーになったけれど、あの頃はねえ」

何の話をしているの?」

キコがワイングラスを取り換えに来た。

今、ハイジの話を・・・・」

まあ。私はその頃、オーストリアにいたからよく知らないの。それにテレビがなかったし。

そんなに感動するお話なの?宮様がビデオを持っていらっしゃるの?」

ええ」

じゃあ、我が家で上映会をしましょうよ。ね?クロダさん。クロダさんもいかが?」

懐かしいから久しぶりに見たいです」

そこからはあっという間に次の予定が決まってしまった。

 

1週間後。

あれよあれよという間に、ノリノミヤは「ハイジ」のビデオを全巻持ってアキシノノミヤ邸に行くハメに。

どうせ忙しいのを理由に来ないだろうと思っていたヨシキが・・・・来た。

来てくれて嬉しいよ。なあに。ビデオは女達に任せて僕達は大人の話と行こう」

と、アキシノノミヤは言ったが、さりげなく妹とヨシキを並ばせる事を忘れなかった。

アニメを見ながら時々、車の話になる。

ヨシキが持っている車の種類とか、年代とか。どんな車が好きとか。

またカメラも趣味なようで、中古カメラ屋を探索するという話にノリノミヤはわくわくと目を輝かせる。

 

ヨシキは華族の出ではないが、クロダ家という名門の分家筋だった。

父はなく母一人子一人でマンション住まいをしている。一人っ子で兄弟もいない。

親族は近くに住む叔母くらいという・・今時らしい家族構成だった。

そのせいなのか、ヨシキからはひょうひょうとした雰囲気が伝わってくる。

もともと物事に動じるタイプではないらしい。しかも、平凡が一番と思っている節もある。

そういう所はノリノミヤも同じだった。

でも、ノリノミヤにとってヨシキは特別な男性というよりは兄より理解がある「隣のお兄さん」といった感じだ。

そもそも宮は「本当の恋」などした事がなかった。

内親王という身分では気軽に男性と付き合う事も出来なかったし、いいなーーと思った時点で

逃げられる(このあたりは皇太子も同じだった)

アキシノノミヤのような積極性は皆無で、ひたすら公務と両親との生活に浸っていて

きがついたら30をすぎた。

宮としてはもう結婚なんかしなくていい。そう思ってはいるのだが。

 

そんな本人の気持ちをよそに、何度かヨシキはアキシノノミヤ邸に呼ばれ

その度にノリオンミヤガあとから同席したり、偶然居合わせたりして

当然二人の会話は増えて行った。

 

クロちゃん。大事な話があるんだ

春めいた頃。宮邸に呼ばれたヨシキは宮の真剣なまなざしに何事かと緊張し

姿勢をただした。

「妹を貰ってくれないか

その言葉にヨシキはびっくりして言葉を失った。

 

 

 

 

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韓国史劇風小説「天皇の母」142 (フィクションの殿堂)

2014-01-12 18:30:00 | 小説「天皇の母」141ー

え?」

ノリノミヤは思わず言葉を失った。

エアコンが丁度良く効き、明るい色調でまとめられている部屋はいつもと変わりなく

暖かで、調度品も飾ってある花ですら平和で落ち着いた雰囲気をかもしだしている。

にも関わらず、皇后はうっすら涙ぐんでおり、天皇はつとめて平静を装いつつも

明らかに動揺している風だった。

前立腺ガンだそうだよ

数日前の定期健診で見つかったのだ。

まだ初期だから・・・来月手術と言われたね

・・・・」

ノリノミヤは言葉を失い、頭の中がぐるぐるとまわるのを感じた。

先帝が崩御されたのもガンだった。

あれから15年近く。やっと今上自身の世の中になってきた・・・・ところだった。

「私のせいですわ。私がもっと気をつけていれば

皇后が弱気な事を言い出す。

「私の精進が足りずにこんなことに」

ミー」

天皇は皇后をたしなめる。

そんな事を言っても仕方ないよ。自覚症状なんて何もなかったんだから。

何がどうしてガンになるか、なんて誰にもわからないんだからね」

でも・・・でも・・・」

皇后の弱気な態度を見るのは初めて・・・というようにノリノミヤは思った。

思えば結婚していらい「夫の愛」に支えられ、それだけを頼りに皇室で生きてきた人なのだ。

今ここで、「もし」などという事があったら皇后はその「柱」を失う事になる。

皇族でもなく華族でもなかった皇后にとって、天皇はたった一つのよりどころ。皇室にいる「理由」そのものだった。

「おたあさま。今はそんな事をおっしゃっている場合ではなくてよ。ドンマーインです」

宮は仕切るように元気に言う。

この事を東宮のお兄様方にお話になるのでしょう?手術の日程はまだお決まりではないの?」

年末年始は行事が多いからね。年明けの16日という事になりそうだよ

本当は今すぐでもと思っているけど、陛下がご承知にならないの」

天皇にとって年始の祭祀は重要なのだよ。ミーもそれはわかるだろう」

そうはおっしゃっても」

手術は宮内庁病院で?」

ノリノミヤはとりとめのない老人二人の会話をばっさり切り落とし、次へ話を進めた。

皇后は頷く。

そう・・・そうよ。宮内庁病院」

マスコミへの発表は」

そうだったね。すぐに侍従長を呼ばなくては。我ながら動揺しているようだ」

天皇はすぐさま侍従長ら側近を呼び、話を進める。

侍従長らは無論、この事を知っていたし、だからといって容易に外に漏らすものでもない。

表情はどこまでも「無」に徹して事務的である事が今はありがたかった。

ノリノミヤは、天皇病状は今すぐどうのうこうのではないという事、手術は内視鏡を使って行われる事。

術後は半月ばかり入院しなくてはならないこと。主治医は東大の専門医があたる事などを

確認すると、それを東宮とアキシノノミヤ家に伝えさせた。 

 

アキシノノミヤ家はすぐにかけつけたが、驚いたのは東宮家の無関心ぶりだった。

侍従を通して病気を伝えたのだが、駆けつけるどころか「わかりました」の一言で

ノリノミヤは思わず「ひどいわ」と叫びそうになった。

しかし、そんなことで怒っている暇はない。

宮はこの時、あらためて自分の両親が年老いており、助けになるのは自分しかいないのだと

確信した。人は誰でも自分の親だけは死なないと思う。いつも元気だと思う。

今まで何度も手術をしたり倒れたりした皇后でさえ、本当の事をいえばそこまで大仰には

考えていなかった。

でも、普段は本当に健康そのもので、側近も細心の注意を払っている筈の天皇ががんになるとは。

この事のショックは図りしれない。

何でもお手伝いするから一人でかかえこまないように

とキコに慰められ、ノリノミヤは自分を奮い立たせたのだった。

 

家でテレビを見ていたヒサシは、その報道を聞くなり複雑な顔をしてユミコを呼んだ。

陛下がガンだそうだ

ユミコは今しがた電話をしていたようで、「まあ、あなたも気をつけなきゃね」と言いつつも

上の空だった。

わしは大丈夫だよ。毎朝、お題目を唱えているじゃないか

そんな事言ったって」

ユミコはそれほど信心深くはないようだった。

どうしたんだ?誰からの電話だったんだ?」

「まーちゃんよ」

陛下のガンの事は話していたか?」

「いいえ。全然

全く、なんて奴だ。こういう時こそ駆けつけて点数稼ぎでもしとけばいいのに」

「まーちゃん、それどころじゃないのよ

「天皇の病気以上に「どれどころじゃないもの」とは何だ?え?」

ヒサシはちょっとイラついて言った。

天皇は自分より一歳年下だった。同年代の病気というのは、非情に堪える。

明日は我が身とも思うし、人生の下り坂を歩んでいるのだと実感するからだ。

「お題目を唱えているから」などとうそぶいてみても、内心ははらはらしている。

天皇は毎日、きちんとした食事をしているし、医者がつききりの筈ではないか。

やっぱりガンの家系というのはあるのだろうか。

そんな思いがよぎっている所に、娘の無関心はカチンときたのだ。

「アイちゃんがね。変だっていうの

は?何が?」

ほら、この間、一歳児検診を受けたでしょう?その時に多少ひっかかったらしいのよ」

何か身体的な欠陥があるのか?」

ヒサシは身を乗り出した。トシノミヤはヒサシにとっても初孫である。

男子でなかったのは残念だが「皇族の孫がいる」事に変わりはない。

一種の箔にはなる筈だった。

言葉が遅いとか歩き出すのが遅いとか言ってたでしょう?アイちゃん、どうも内反足らしくて

やっぱり装具をつけなくちゃいけないらしいの」

装具?」

ええ。寝る時だけ足を矯正するのよ。それで治らないと手術なんですって」

治るならいいじゃないか。偏平足なんていくらでもいるだろ

ヒサシは偏平足と内反足をごっちゃにしている。

それだけじゃないの。もう1歳なのに、ほとんど言葉が出てこなくて・・・もしかしたら」

ユミコはちょっと言葉を切った。

もしかしたら何だっていうんだ?」

ううん・・・まだわからないものね。でもまーちゃんはひどく心配しているのよ。それで私に

まーちゃんの時はどうだったかって聞くから、別に問題はなかったって言ったの。

まーちゃんも多少言葉が遅かったけど、そんな心配する程の事ではねえ・・・・」

言葉が遅い方が頭がいいというぞ」

ヒサシは言った。

毎日、英語のCDをきかせればそのうち英語で会話するようになるさ。これからの人間は

外国で活躍しないといけないんだ。日本語より英語だよ。日本人は英語が苦手で困る。

だから国際的に活躍できないんだ。こればかりはどうもなあ・・・・

英語より日本語より、情緒的な問題ではないかって」

ユミコは楽観的には考えられないようだった。

とにかく東宮御所にもう一度連絡して、すぐに参内しろと伝えろ。実際に行かなくてもいい。

そういうパフォーマンスを見せる事が大事なんだと。ああ、この歳になっても娘に煩わされるとは。

来年はオランダへいくというのに」

 

そうだった。ヒサシはついに国際司法裁判所の判事としてオランダへの赴任が

決まったのだった。

ヒサシにとって人生はどこまで階段を駆け上がれるかの持久走のようなもの。

その一番上には「勲章」が待っている。

半島系の名もなき自分が、いつか国民の最上級に駆け上がる事。それが夢なのだ。

娘を皇室に嫁がせたのもその一つ。

しかし、てっきり国連大使になれると思ったのに「皇太子妃の父がそのような仕事につくのはいかがなものか

と言われ、長い間無聊をかこってきた。

外務省ではからさまに

普通は、娘を嫁がせた段階で引退するのものでは?ショウダ家は引き際が良かった」

などと陰口をたたかれる始末。

ヒサシはそんな事を言われてもお構いなしだった。政治的に利用できないものなど

この世に存在してはならないからだ。

どんな悪口も陰口も怖くはない。

いつか自分が最上段にたって、総理大臣や天皇ですら陰から操れるような人間になれば。

だから、しつこくしつこく、本当にしつこくポストを与えろと運動して来た結果。

やっと国際司法裁判所に行ける事になったのだった。

オランダへ行けばしばらくは帰国出来ない。

その間にアイコが少しでも大きくなり、「女帝」への道が開かれればそれでよかった。

もしかしたら天皇も長くないかもしれない。

同世代としては不安になる「がん」がもしかしたら今の自分達には幸運の女神になるかもしれない。

皇太子がわりと早く皇位につけば、自分は天皇の義父であり、アイコが皇太子になれば

「将来の天皇の祖父」だ。

そう思うと自然に笑みがこぼれてくる。

まあいいか」

ヒサシは何のきなしにそういってふふっと笑った。

 

年があけ、全ての新年行事が終わった16日、天皇は入院した。

付き添ったのは皇后とノリノミヤだった。

車窓にうつる皇后の厳しい顔とノリノミヤの冷静な表情は対になって見えた。

ノリノミヤはどうしても病院に泊まるという皇后に

わかったわ。でもおたあさままで倒れたら大変ですもの。お気をつけ遊ばして」と

励ましの声をかけた。

手術当日も手術室の前で見守ったのは皇后とノリノミヤ。

おもうさま、お祈りしているわね

「あまり大げさに考えないように。ミーを頼むよ」

「大丈夫。ドンマーインだわ。私に任せて」

天皇は娘の頼もしい言葉に送られて手術室に入ったのだった。

ノリノミヤは天皇皇后不在の皇居において、全てをとりしきり、的確な指示を与え

その一方で宮家方の見舞いのスケジュールを調整したり、また付き添っている

皇后にひざ掛けや本などを差し入れたり、天皇には孫達の写真を送るなど

献身的に影となり尽くした。

そのノリノミヤの顔には一種の「覚悟」のようなものも見え、今までの人生、大方は

自分の為ではなく皇室の為に生きて来たようなものだが、今後は尚一層そうしようと

心に決めたかのようだった。

そんな妹の姿に、アキシノノミヤは心を痛めた。

今まで、どてほどこの妹に甘えて来たことか。

こちらは内廷外皇族で、全てにおいて制約があり、積極的に動こうとしない東宮にさらに

遠慮を強いられて身動きがとれない。また日々の公務の忙しさもある。

そんな中で、ついつい天皇と皇后の問題はノリノミヤに丸投げしてきたのだ。

これからも、それでいいというのだろうか。

この3歳年下の妹が今後も皇族として、不惜身命の人生を生きるにはあまりにも不憫だ。

日本中が天皇の病状を心配し、支える皇后に同情している時、兄は妹の幸せを

心から願っていた。

 

 

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韓国史劇風小説「天皇の母」141(新年のフィクション)

2014-01-06 07:00:00 | 小説「天皇の母」141ー

巷はクリスマス一色だった。

都会は派手なイルミネーションが輝き、街が歌を歌っているように見える。

テレビの画面に映し出されるそんな風景は、喪に服している皇室の中では

白々しい雰囲気をかもしていた。

やっぱり外は寒いんだろうね」

天皇はひざかけをひっぱりあげた。

冷暖房完備の皇居ではあったが、天皇は常に節電を心がけ、暖房の温度も低めに設定している。

寒うこざいますね

皇后はなんの気なしにテレビを見ながらも、疲れたようにつぶやいた。

皇后の頭の中には、先日のマサコの「海外に行けない事になれるのに時間がいった」とのセリフが

頭から離れなかったのだ。

結婚して以来、海外にばかり行っていた皇后には、「いけない」苦しさなど考えた事がなかった。

むしろ、常に子供達の傍にいてやれたらと、そう思う事の方が多かった。

国内と海外と、どちらにやりがいを感じるとか、そんな風に優劣をつけた事はなかったけれど

海外へ出ると責任感が増し、緊張の度合いも強くなる。

自分達の頃は「先帝の名代」という立場ばかりだったので、いわば最高級のもてなしをうける

代わりに完璧な振る舞いを要求されていたのだった。

そういうものを、マサコはどんどんやりたかったとでもいうのだろうか。

確かに華やかさは海外の方があるだろう。

国内では式典は堅苦しいし、施設訪問が主だったけれど、海外では・・・

だけど、そんなに海外ばかり・・・・

どうしたの?」

「いえ・・・皇太子妃はそんな海外に行きたかったのかと思うと」

ああ・・あれね」

天皇もため息をついた。

あれはいけないね。そんな不満を口にしてはいけない

帰国したら少し言わないといけないでしょうか

言ったらまた、予想外の行動をとって嫌な思いをするよ。東宮職に伝えてからの方がいいのではないか」

それはそうですが。雑誌などは世継ぎ優先で皇太子妃が外国で活躍できなかったと

それは同情的に報道しております」

世継ぎ優先なのは当たり前の事じゃないの」

今時の若い人達はそうは考えないのです。仕事を優先して考えるようですね」

子供を産む事も立派な女性の仕事だろう」

女性の仕事・・・と言ってはいけないのです。それは差別になるんだそうですわ」

・・・ミーは今時の若者について随分詳しいようだね

「いえそんな。ただ、結婚と出産を別物として考える風潮はあるようでございます。皇太子妃は

私達と違って大学を卒業してから仕事をしていたので、キャリアウーマンになりたい思いが強く

だからあのような言葉が出たのかと」

キャリアウーマンねえ。皇族は結婚してもしなくてもずっと仕事をしているよ」

「そうではありますが

天皇には何を言ってもわからないのだろう。かつて自分達もそうだったと言っても。

皇后が若かりし頃は、女性が仕事につかず、学校を出たらすぐに結婚し、専業主婦になる事が

当たり前だった。むしろ、職業につくという事は褒められた事ではなかった。

ブルジョワジーの中で育った皇后もそうだったのだ。

けれど、もし、今、自分が若かったら国家公務員になったり、企業のキャリウーマンになったり。

そんな人生もあったかもしれないと思う。

皇后は、自分にも才能があると信じて生きて来た。

皇太子妃になったのも、「才能」を見出された部分が大きかったのではないかと思う事もある。

心のどこかに、この人生に挑戦してやろうという野心があったのだろう。

現実に結婚して以来、早々にヒロノミヤを産んでからは日本のファーストレディ、日本の女性の鑑、

ファッションリーダーとしての役割が大きかった。

一方で、理想の妻、母、嫁を完璧に演じる術も見につけた。

それらは全て自分の「才覚」によるものだと信じている。

そんな自分に比べたら、マサコなどは「へたれ」の部類である。

ちょっと注意すればすぐにふくれて出てこなくなるし、嘘はつくし、言葉の使い方を知らないし。

そんな嫁を正しく導くのも自分の役目であるし、そういう「才能」もあると信じてきた。

けれど、今になって思えば・・・・マサコの気持ちが中途半端にわかるだけに、なかなか物が言えなくなっている。

あのような言葉をテレビの画面の中で言われるなら、もっと海外に行かせるべきだったのではないかと。

そしたらもっと真剣に妊娠や出産に取り組んだかもしれない。

先日のオーストラリア・ニュージーランドへ行く時の、晴れやかな満面の笑顔を思い出すと

心の中がずきっと痛くなるのである。

あの時のマサコの表情はまるで子供のようだった。

飛行機に乗れるのが嬉しくて嬉しくて仕方がない。残していく子供の事など微塵も考えていない顔だった。

ここ数年、思い詰めたような、あるいは涙ぐんだ顔ばかり見て来たから、本当によかったと思ったのだが。

 

ドアがノックされて、女官が入ってきた。

アキシノノミヤ妃殿下が参内されました

皇后は立ち上がる。

入ってきたキコは鈍色のスーツを身に着けていた。 

天皇も立ち上がった。

さあ、寒いだろう。こちらへ来て座りなさい

キコは黙って椅子に座った。

落ち着きましたか

皇后が声をかけると、キコは伏し目がちに「はい。ありがとうございます」と小さく答えた。

皇太子夫妻が出国の日、キコの祖母であるイトコが亡くなったのだった。

95歳だった。

会津藩士、イケガミシロウの娘して、夫は内閣統計局長。子供達を学者にした女傑。

そしてキコの名前の元はこの祖母なのである。

キコがアヤノミヤと結婚する時にしたためた手紙

謹みて御祝詞申し上げ参らせ候

おそれ多くもあなた様には礼宮殿下との御婚約御整わせられ御輿入れの御事

誠に御目出度く心より御祝詞申し上げ奉り候

御婚儀の暁には背の君にあたらせ給う礼宮殿下に御心も御身もお捧げ参らせ

温かに御仕え遊ばされ度く願い奉り候

かたじけなくも天皇、皇后両陛下御はじめ皇太后様、皇族方にも心優しくお仕え遊ばされ候よううち願い奉り候

申し上げ候もおそれ多い御事ながら内に慈悲の心を持ち風になびく如く

物柔らかの温かい御心を持たれ多くの御方々に御接し遊ばされ度くお願い申し上げ候

この様な御心お持ち遊ばされ候はば神の御声もおわしまし候御事と存じ奉り候

                            かしこ

「ひんがしのあかねの色に染められて 富士の白雪桃色に映ゆ」

これはキコの宝物だった。

この手紙に書かれたように「背の君に御心も御身も捧げ 温かに仕える」事を肝に銘じて入内したのだ。

キコの強情といえる気の強さと辛抱強さはこの祖母譲りだろうと思われる。

その祖母が亡くなったのだ。

アキシノノミヤ夫妻は急きょ、皇太子夫妻の見送りを中止、静かに喪の行事に入った。

本来なら参内してはいけないのだが、皇后がこっそりとキコを慰めようと思い立ち、非公式に呼んだのだ。

キコは多少やつれていた。目も涙でにじんだあとがあり、可哀想になる。

けれど、その瞳はどんな時にも一点の曇りもなく堂々と自分達を見つめる。

「カワシマのご両親も、悲しんでおいでだろう。大切にするように。よく慰めてあげて」

天皇はそっと声をかけるとキコは「恐れ入ります」と答えた。

親というのはいつかは死ぬ存在だ。それはわかっていても、息子というのはね、母親だけは

死なないと思っているから

先年、皇太后を亡くした天皇は遠い目をして言った。その瞳と父の瞳が重なってキコは

少し涙ぐんだようだった。

あなたも疲れたでしょう。よく体を休めて下さい。マコちゃんやカコちゃんに変わりはありませんか」

はい。私は丈夫なだけが取り柄ですし、マコもカコも幸いにして、まだ風邪をひいておりません」

素晴らしいわ。そうはいっても、今年は寒いから」

会話が堂々巡りになりそうだった。

マコやカコの様子を聞くといっても、ついこの間も参内したばかりだった。

「両陛下には格別のお計らい、感謝申し上げます。カワシマの父も大層恐縮しておりました。

またお心を煩わせたこと、申し訳なく。皇太子殿下・妃殿下のお見送りも出来ず」

「いいのよ。いいのよ」

皇后はキコの口上を止めた。この子は・・・どんな時でも完璧だと思う。

決して感情を高ぶらせず、冷静に、どんな嫌な事があっても笑顔を忘れない。

その完璧さが時々、ちょっとうざったく思うのはなぜだろうか。

まるで自分に挑んでいるようで・・・・キコは皇后である自分のやり方を全て踏襲してくれている

完璧なコピーにすぎないのに。

いや、もしかしたら自分がこのように肩肘はった人生を送って来たとでもいうのだろうか。

まるで合わせ鏡のような自分とキコ。

だけど、マサコの気持ちの方が理解しやすいとも。

そういえば両陛下も健康診断を受けられたとか

ああ、定例のね。やはり歳をとると色々あるね

天皇は苦笑いをした。

その顔を見てキコはいぶかしげに皇后に視線を移した。

何か・・・ございましたか

こういう時のキコはめざとい。天皇はそんな嫁にまるっきり隠すそぶりもなく言った。

実は健康診断で少し問題があったんだよ」

何が・・あったのでございますか」

うん・・よくわからないが、再検査の途中だよ。前立腺がどうとか」

キコは少し顔色を失う。

祖母が亡くなったばかりだというのに、またこのような患わせる事を。皇后は少し厳しい目で天皇を見た。

どうもこの方はキコの前では無防備になる。

陛下。変にキコちゃんを心配させないでくださいな」

ああ・・悪かったね。ついね」

とにかく、気にせずに。私達も70近いのですよ。どこか悪い所が出来てもおかしくありません

皇后は言葉を濁して笑った。

キコはただただ不安そうな目でこちらをみていた。

 

ちょうどそのころ、皇太子とマサコは久しぶりの海外旅行を楽しんでいた。

本来なら「公務」なので、楽しむ余裕はない筈なのだが、

皇太子夫妻のスケジュールはどこまでもゆるゆるで、観光が主な仕事のようだった。

ニュージーランドでマオリ族の歓迎を受け、非公式な総督主催の昼食会、献花など

そこそこ公務をこなす。

気候もよく、景色もきれいで、特にロード・オブ・ザ・リングの撮影所を訪れた時は胸がときめいた。

もっとも興奮したのは、夜にこっそりクイーンタウンカジノに繰り出した時だった。

ラスベガス程ではないにしても、カジノの雰囲気は一級品。

ただ見るだけではつまらないので、ついついいくらか賭けて負けた。

でも、一緒にいる皇太子は楽しそうだったし、カジノでVIP待遇で過ごす夜の格別さといったら。

まるで自分がアメリカのドラマの主役になった気分だった。

やっぱり海外がいい。私に日本は小さすぎるんだわ。そして自由のない日本は大嫌い)

マサコはあらためてそう感じる。

 

オーストラリアでは本物のコアラを抱っこして、その感触の柔らかさについ「ソーラフィ」とつぶやいた。

どこへ行っても笑顔のマサコに随行員もほっと一安心といった顔だ。

病院訪問時には、足が悪い男の子に「お子さんの写真を見せて」と言われて

気をよくしたマサコは、バッグの中ら、いつも持ち歩いているアイコの写真を取り出して見せた。

歩行器で歩く姿を見せて「LIKE YOU」と言ったが、他意はなかった。

その「LIKE YOU」にみな笑ったが、少年だけは笑うに笑えなかった。

マサコが何に対して「LIKE YOU」と言ったのか、同じサッカーのユニフォームを着ていて

同じように歩けない姿が同じと言ったのだろうか。

回りの無神経な笑い。

マサコのくったくのない笑顔。少年はそこで文句を言うわけにはいかなかったのだ。

 

そんなささやかな事件はあったものの、皇太子夫妻は無事に8日間の旅を終えたのだった。

 

その頃、皇居ではすでに大きな問題が起こっていた。
 

 

コメント (8)
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