水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百三回)

2012年08月06日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百三回
 水割りを数杯、傾けると、次第に身体の芯が火照り、睡魔に襲われた。酔いも手伝って気分が大ざっぱになり、思考の脈絡も乱れてきた。心地よく布団を敷いて、先ほど書いた紙を枕元の中心に置く。そして、少し遠避けて、これでよし! と、ひとり合点した
しばらくじっと見て、やはり元の位置がいい…と思え、紙を戻して布団に潜り込む。瞬く間に直助は眠りへと誘(いざな)われていった。
 目覚めたのは七時頃だった。昨夜は勢一つぁんも親戚の不幸があり一緒に寝てくれなかったが、それでも酒のお蔭で恐怖心からは解き放たれたし、熟睡も出来た。そんな訳で、今朝は頗(すこぶ)る気分が爽快なのだ。ふと枕元を見ると、置いた筈の紙が消えていた。溝上早智子は、やはり現れ、読んでくれたのか…。直助は怖さより安堵の心が溢れて、素直に胸を撫で下ろした。冷静に考えれば、紙が消えたという事実は、おどろおどろしい事態なのだ。しかし、二度目というある意味での馴れ、ということもあった。
 よく考えてみると、ここ数日のことが直助の周囲では恰(あたか)も数年の単位で流れていた。その感覚は直助だけのものだが、何も起きなかった今までが異常だったのかも知れない…とも思える。それらを変貌させたのが今回の怪奇現象なのだが、怠慢の日々に比べると、僅(わず)か数日は神経が昂(たかぶ)り研ぎ澄まされている。若い頃に直助が生活していた感覚が甦った。


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