靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第百四回
━ 届いたことは届いたようだ… ━
床(とこ)につく前に、置いた手書きの紙が消滅した事実を事実として受け止め、直助は一日を始動した。
夕方近くになって勢一つぁんが顔を出した。
「昨夜(ゆうべ)は済まなんだなあ。帰ってくるつもりやったが、そうもいかんで泊まる破目になってしもてなあ。…そのまま葬式澄まして、今や…。不幸だけは、どないもならんさかいな。ほんま、済まなんだな。今晩からは、どもないで、ビッチリ付き合わせてもらうよってな。そいで、昨日(きのう)は、どないやった? なんぞ変わったこと起きよったかいな?」
捲し立てる勢一つぁんの侘びを、直助はただ黙って聞いていた。そんなことはどうでもいい…と思えた。葬式から戻ったにしては快活な勢一つぁんである。直助はそんなことに少なからず驚かされた。今晩は泊まってくれるのだろうが、それにしても自分の書き置いた紙がふたたび消失したという絵空事を語るべきだろうか…と直助は迷っていた。
勢一つぁんが持ってきてくれた昨日の葬式で出たという箱詰め寿司を二人で摘(つま)むと、シャリが少し硬くなっていて、余計に陰湿な気分になった。今日の勢一つぁんはポジティブだから、ネガティブな直助とは陰陽の較差を生じていた。