水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百十三回)

2012年08月16日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百十三回
直助も勢一つぁんも、ここまで来ると、すっかり疲れきっていた。麓を登るときの勢いは、もうどこにもない。やっとここまで来たか…という安堵感で、二人は地蔵尊の横で、またドッペリと腰を下ろしてしまった。
 もう来るところまで来ている安心感があるから、勢一つぁんもしばらくグデン! と蛸になっていた。もちろん、直助も同じである。十分ほど無言のまま時を過ごし、やがて二人は立ち上がった。山埋(さんまい)は小規模なもので、探すのには、さほど手間どらずに済みそうだった。それぞれが別れて墓碑に刻ま
れた家名を捜した。━ 溝上家 ━ と刻まれた墓はどこだ…直助は懸命に捜し回った。しかし小一時間が経っても、いっこうに埒(らち)があかない。二人は次第に焦っていった。直助が予(あらかじ)め算段した行程より、すでに二時間以上も遅れている。のんびりと昼飯を食う気にもなれない。それでも手短に食べることにして、勢一つぁんが手持ちした握り飯などに手を伸ばす。敏江さんが態々、準備してくれたものだが、目的が達成されていないから、美味くもなんともない。
「直さん、ちょっと怪(おか)しいでえ~」
 握り飯をムシャムシャ、沢庵をパリパリやっている勢一つぁんだが、やはり彼にも先の見えない、もどかしさはあった。
「いや、必ずあるよって、もうちょっと頼むわ…」
 直助はそう言うしかなかった。


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