水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百六回)

2012年08月09日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百六回
「やっぱり消えとった…」
「またかいな…怖いこっちゃで、ほんまに…。そうゆうことて、あるにゃなあ~」
 つい先ほどまでのポジティブ思考はどこへいったのかというほど、勢一つぁんは鬱っぽい声でそう言った。
「そやけど一応、コンタクトはとれたんや。向うに直さんの想いは伝わっとるにゃさかいなあ…」
 気をとり直して勢一つぁんが続ける。
「ああ…それはそうなんやけど」
 湯呑みの酒の冷たさも二、三ヶ月前とは違い、かなり口当たりがよくなった。それをグイッ! と飲み干して、直助は柿の種を頬張る。直接、早智子と対峙出来ない、もどかしさが胸中を過(よぎ)る。そうはいっても手立てがない以上、一方的に相手が動くのを待つしかない。
 九時過ぎ、二人は布団に潜(もぐ)ることもなく、そのまま畳の上でいつしか寝息を立てていた。
 そしてまた朝が巡った。卓袱台(ちゃぶだい)の上には案の定、一枚の紙が置かれている。スゥ~っと闇に紛れ現れ、闇に紛れて去った早智子からのメッセージに違いなかった。白み始めた空が、窓枠から薄みのある光を部屋内に投げ入れている。二人は昨夜の泥酔からまだ醒めやらずにいた。


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