靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第百六回
「やっぱり消えとった…」
「またかいな…怖いこっちゃで、ほんまに…。そうゆうことて、あるにゃなあ~」
つい先ほどまでのポジティブ思考はどこへいったのかというほど、勢一つぁんは鬱っぽい声でそう言った。
「そやけど一応、コンタクトはとれたんや。向うに直さんの想いは伝わっとるにゃさかいなあ…」
気をとり直して勢一つぁんが続ける。
「ああ…それはそうなんやけど」
湯呑みの酒の冷たさも二、三ヶ月前とは違い、かなり口当たりがよくなった。それをグイッ! と飲み干して、直助は柿の種を頬張る。直接、早智子と対峙出来ない、もどかしさが胸中を過(よぎ)る。そうはいっても手立てがない以上、一方的に相手が動くのを待つしかない。
九時過ぎ、二人は布団に潜(もぐ)ることもなく、そのまま畳の上でいつしか寝息を立てていた。
そしてまた朝が巡った。卓袱台(ちゃぶだい)の上には案の定、一枚の紙が置かれている。スゥ~っと闇に紛れ現れ、闇に紛れて去った早智子からのメッセージに違いなかった。白み始めた空が、窓枠から薄みのある光を部屋内に投げ入れている。二人は昨夜の泥酔からまだ醒めやらずにいた。