代役アンドロイド 水本爽涼
(第272回)
持ち物といっても保が作ったアンドロイド設計のCD1枚と専門書を二冊ほど服に忍ばせる程度で、これといった所持物もなかったから、そう準備に手間取る訳ではなかった。そんなことで、沙耶は返って時間を持て余した。そして、外はすっかり暗闇のベールが覆い、所々に外灯の灯りがくっきりと浮かび上がっていた。
『じゃあ、行くかな…。あっ! そうそう。携帯だけは持っていかなくちゃ。いつ保が、かけてくるか分からないもんね…』
一人呟き、携帯を手にした沙耶は一路、遠方の三井を目指して突っ走った。人間の目には突風が吹いたかと思える沙耶の走りである。だが、沙耶からすれば逆で、人間が移動する姿は、まるでスロモーション映像だった。道路を猛スピードで走る車でさえ自転車以下の緩慢な動きなのだ。そして、途上半ばまで走り沙耶は停止し目を閉ざした。内臓されたシステム時計で時間を知るためである。7時を少し回った頃で、このぺースで走り続ければ8時前後には長左衛門が住まう屋敷の離れへ着く目安がついた。これならゆっくり間に合うわ・・と、沙耶は少し熱を帯びた身体を冷やすために数分、歩いた。沙耶にすれば、これで十分なのである。もちろん、沙耶の体内には発生熱を冷却する自動システムが備わっていたが、万一の故障も考え、念には念を入れたのである。それに、ボランティアで茨城の漁村まで往復、走っていた経験もあったから、馴れもあってか、苦とはならなかった。沙耶は計算どおり8時を少し過ぎた頃、長左衛門が暮らす町へ入った。