代役アンドロイド 水本爽涼
(第273回)
道路標識でそれを確認したあと一端、歩道で停止し目を閉ざした。体内時計での時間確認のためである。そして、ふたたび歩き始めたが、三井と約束した9時までには優に数十分あった。
「おう! 本日もご苦労であった。下がって停止するがよかろう」
こちらは岸田家の離れ屋敷である。
『有難う存じます。では、本日はこれにて失礼致します…』
そう言うと、いつもより少し早足で三井は部屋を去った。んっ? とは思った長左衛門だったが、さして気に留めなかった。
長左衛門と三井がいたのは離れにある六畳和間の座敷である。長左衛門が洋間を嫌うため、保の兄の勝は、離れをすぺて和間にして増築したのである。唯一、洋間風の誂(あつら)えは、三井と沙耶が密かに互いを修理研修しようとしている長左衛門の隠れ部屋であった。この部屋の畳の下には絨毯(じゅうたん)が敷かれ、電子機材と関係専門書、道具類が所狭しと乱雑に置かれていた。この部屋へ入った者は、今までに長左衛門の他では三井と里彩のみで、勝、育子夫婦も、まったく入っていなかった。鍵がかかっていないのだから入ろうと思えばいつでも入れたのだが、不気味で入れなかった・・というのが真相である。
三井は自分の部屋へ戻ると、静かに目を閉ざして停止した。体内システムで現在時間を知るためである。8時40分14、15、16…まだ少しあるな、と三井はふたたび目を開けると思った。