今日も汗を流し、角牛(つのうし)は働いていた。ペンキに塗(まみ)れ、家へ帰ると、身体から染(し)みついたペンキの臭(にお)いがした。嫌いな臭いではなかったが、浴室でのシャワーが癖(くせ)になっていた。ほっこりした気分でやっと畳(たたみ)の上へ身体を委(ゆだ)ねると、やっと生きている気がした。
いつものように夕食を食べ、僅(わず)かに寛(くつろ)いだあと、また明日を思った。寝ようと思い、ふと見上げたとき、天井の隅(すみ)に張られた蜘蛛の糸のような煤(すす)が目についた。角牛は何を思うでなく無造作に箒(ほうき)を取りに行くと、その煤を箒で取り除いた。そして、さあ寝るぞ! と意気込んで床(とこ)へ潜(もぐ)り込んだとき、また煤が反対側の天井の隅に見えた。角牛は、少しイラッ! としたが、ここは落ちつこうと…と思いなおし、また箒を取りに行くと煤を取り除いた。そうこうしていると、少し体が冷えてきた。角牛は、またシャワーをしに浴室へと歩いた。
浴室を出て、ふと腕を見ると、もう11時近くになっていた。明日も早いのだ。こんなことはしていられない。早く寝よう! と、角牛は思った。ところが、床に入っても、どういう訳かこの日に限って、なかなか寝つけなかった。角牛は焦(あせ)りだした。焦れば焦るほど眠れない。角牛は数字を1から順に読み上げ、眠ろうと努めた。だが真逆に、益々(ますます)、目は冴(さ)えていった。角牛は、もういいっ! と捨て鉢(ばち)になった。目覚ましはセットしてある。そのうち眠れるだろうと…と半(なか)ば、諦(あきら)めた。そのときふと、角牛の脳裏(のうり)にある思いが巡った。自分は何のために汗を流しているのだろう…と。そして、しばらく時が流れた。角牛には分かった。自分を高めるためにいきているのだ・・ということを。何かを得れば生きたことは無駄(むだ)にならないのだ・・と。安楽、地位、名誉・・そういう欲を満たすことが生きることではない・・のだと。そう思えたとき、角牛は深い眠りに誘われていた。…が、しばらくして、ベッドから落ち、また目が覚めた。深夜の2時を回っていた。角牛は、また焦りだした。
完