湯鰤(ゆぶり)は久しぶりの快晴に、妻の香織(かおり)に命じられた座布団を干そう…と、庭に置かれた床几(しょうぎ)の上へ並べ始めた。こういう日は気分も高揚(こうよう)するというものである。何げなく床几の足下(あしもと)を見ると、床几の四本の足の一本が少し短いことに湯鰤は気づいた。なぜこの一本だけが…と解(げ)せなかったが、まあ短く歪(いびつ)になっているのだから仕方がない。
「どれ…修理してやるか」
偉(えら)そうに上から目線で呟(つぶや)くと、湯鰤はDIY[DO IT YOURSELFの略で、自分でやろうという意味]で使っている日曜大工の道具を物置から取り出し始めた。時折り、この手の修理はやっていたから、半時間もあれば出来そうに思えた。ところが、である。コトはそう簡単には片づかなくなったのである。というのも、修理するとなると、床几の上へ並べた座布団を一時、別の場所へ移動せねばならなくなる。ということは、どこで干すか? と、場所を探さねばならないからだ。道具を出したまでの発想は白っぽくてよかったが、問題は座布団だ。この場所が見つからないと修理はできないから、動きが取れず黒くなり、黒白はつかなくなる。湯鰤は、さて? と手を止め、腕を組むと考え込んでしまった。
五分ばかり経ったとき、香織が顔を出した。
「何してんのよっ!?」
上には上がいるもので、早く干しなさいよっ! と言わんばかりの上から目線で、湯鰤は香織に強く催促(さいそく)された。
「どこへ干そう…」
借りものの猫のような小声で、湯鰤はニャニャっと言った。
「どこでも、いいじゃない。ほら、そこっ!」
上手(うま)くしたもので、物置の下には、ほどよく平らな小屋根があった。そこへ横一列に並べりゃいいじゃない! と香織は暗に言った訳だ。
「あっ! そうか…見損じたっ!」
湯鰤は昨日(きのう)覚えたばかりの囲碁用語を少し格好よく使ってみた。これからどう黒白(こくびゃく)をつけようかと動きを制止させられていた矢先だったから、一端、萎(な)えた湯鰤の気分はふたたび高揚した。
黒白が思わぬ形で着くことは、確かによくある。
完
※ 床几の足は無事、修理が終わったそうです。よかった、よかった。^^