水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

よくある・ユーモア短編集-64- そろそろ…

2016年11月25日 00時00分00秒 | #小説

 滝口は外出の戸締りも終わり、そろそろ…出ようと、腰を上げた。と、そのとき、祁魂(けたたま)しい電話音がトゥルルルルル…と、鳴り響いた。
『チェッ! なんだい今頃っ!』
 心中ではそう思いながら、滝口は仕方なく受話器を手にした。
「はい! 滝口ですが…」
 心なしか不貞腐(ふてくさ)れぎみの声で滝口は応対した。だが、受話器からの返答はなく、無言で数秒が過ぎるとプツリ! と切れた。
「なんだい、人騒がせな…。間違い電話か」
 今度は、はっきりと声にし、滝口は少し怒りながら受話器を置いた。このときの滝口は、よくあることだな…と安易(あんい)に考えていた。気を取り直し、そろそろ…と滝口が動き始めたときである。突然、玄関のインターホンの音がピンポ~ン! と鳴った。
『なんだい…』
 心中ではそう思いながら、滝口は急いで玄関へ向かった。玄関には、郵便局員らしい人影が映っていた。
「はいはい! すいません…」
 謝らなくてもいいのに謝りながら、滝口は玄関のサッシ戸を開けた。滝口が思ったとおり、外には郵便局員が立っていた。
「書留です。認めをお願いします…」
 郵便局員は、封筒を手にし、小さな紙を指で示して言った。当然そのとき、滝口は認め印を持っていなかった。
「あっ! ちょっと、待ってください」
 滝口は認め印を入れている引き出しへと取って返した。しばらくして再び現れた玄関へ滝口は、差し出された小さな紙へ押印すると封筒を受け取った。郵便局員が去り、封筒の差し出し人を見ると、役場からの新年度の保険証だった。
『まあこれは、必要だわな…』
 需要書類である。滝口もこれには腹が立たなかった。だが、度々(たびたび)の待った! である。それも、そろそろ…と思った瞬間の連続だったから、滝口は少し外出する間合いを開けようと思った。しかし、しばらくしても何事も起こらなかった。やはり、気のせいか…と思え、滝口が、そろそろ…と腰を上げたときである。また、玄関のインターホンの音がピンポ~ン! と鳴った。
『チェッ!! 今度はなんだっ?!』
 滝口はかなり怒れてきた。玄関に回ると、やはり人影がした。
「はいっ !」
「宅配で~~すっ!!」
 誰だっ! と言わんばかりの無愛想な滝口の声に、愛想よい明るい声が表から返ってきた。そう言われては、滝口も機嫌を戻(もど)さない訳にはいかない。
「はい! 今、開けます…」
 滝口は穏やかに言うと、施錠を解いて玄関戸を開けた。
「ここへサインをお願いします…」
 また認め印か…と思った矢先だったから、滝口は少し心が綻(ほころ)んだ。心が綻んだ訳は、それだけではない。送り主は郷里の家からだった。
「あっ! どうも…」
 宅配員から重めのダンボール箱を受け取ると、滝口には中身が大凡(おおよそ)分かった。毎年送られてくるリンゴのようだった。滝口は、いつしかニンマリと微笑(ほほえ)んでいた。すでに滝口の脳裏からは、そろそろ…という外出の気分が消えていた。
 出鼻を挫(くじ)く・・とは、よく言われるが、不都合なタイミングが度(たび)重なることは、よくある。

                          完


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