電気の流れ、電流は抵抗を受ける。大げさに分かりやすく言えば、ピケを張り、入ろうとする人の流れを阻止しようとバリケード封鎖する古き時代の組合員や学生運動の闘士の抵抗にも似ている。…これは穿(うが)った見方だが、まあ、例(たと)えるならそんなものだ。記号式ではI(電流)=V(電圧)/R(抵抗)となる。世の中も同じで、働く人々は必ず苦しむ抵抗を受けている。それを撥(は)ね退(の)け、僅(わず)かな電圧、いや、お金を得(う)るためにコツコツと慎(つつ)ましやかに働き、豆電球を灯(とも)す…いや、生計を立てている訳だ。そういう人々の奮闘に対し、やはり目に見えない形で抵抗は阻止しようと忍び寄ってくる。内的には老化、病気、外的には事故、被害などである。人々はそれにもめげず死ぬまで奮闘している訳だ。ところが、世の中には奮闘せず、抵抗側に付(つ)こうとする人々も存在する。この人々は楽だ。地位も名誉も、そしてお金も、楽をして得られる。苦しんで奮闘する人々を地位、名誉、金を武器として楽に叩(たた)き落とせばいいだけだからだ。が、しかしである。そういう人々は楽をして奮闘する人々を叩き落としたとき、自(みずか)らが数倍、落ちたことを自覚していない。落とされた人も落ちたのではなく、むしろ向上したことを認識していない。それが妙といえば妙といえる世の不可思議さ・・である。
三月半ば、人事異動の内示が舌牛(したうし)に提示された。
「君、転勤らしいぞっ!」
課長の鉄板(てついた)は舌牛を課長席へ呼び、他の課員達に聞こえないよう、小声で耳打ちした。
「ええ~~っ! そんな薄情なっ! やっと、本社に戻(もど)れたのに…」
課員一同の視線が課長席の二人に注(そそ)がれた。
「まあ、そういうな…。ボツにはなったが、君の反対案も一応、上層部に伝わったんだ」
鉄板は声を小さくしろっ! と言わんばかりのジェスチャーで、舌牛を窘(たしな)めながら慰(なぐさ)めた。
春先、舌牛はハワイの支社で働いていた。想定とは真逆で、夢の楽園が現実の生活になったのである。その頃、国内本社の上層部は不正が発覚し、すべて首を挿(す)げ替(か)えられていた。
世の中では楽が苦を、苦が楽を生み出す・・ということが、よくある。
完