春の陽気に誘われ、最近、この地へ引っ越してきた押花(おしばな)は野原を散歩していた。押花の散歩ルートは、ほぼ決まっていて、いつも同じ道を辿(たど)り、途中の湧き水のせせらぎで美味(うま)い水を味わったあと、自宅へ戻(もど)る・・というものだった。そして、この日も押花は道を歩いていた。ところどころに黄色のタンポポが咲き、小鳥の囀(さえず)りさえ聞こえてくる。加えて春の心地よい微風(そよかぜ)が頬(ほお)を撫(な)で、空には快晴の青空と暖かな太陽である。この申し分ない状況に、押花は満足げな顔でスタスタ…と、長閑(のどか)に歩いていた。そして、凸型の街が見えるいつもの地点に近づいたとき、押花は、おやっ? と一瞬、思った。というのも、いつも街の中央に見える細長い高層ビルが、跡形もなく消え失(う)せ、街は平べったい長方形型へと変化していたからである。昨日も同じルートを歩いた覚えがある押花は、気づいた変化に唖然(あぜん)とした。当然、歩いていた両足はピタッ! と動かなくなっていた。押花は、まさか…? と俄(にわ)かには信じられず、手指で瞼(まぶた)を擦(こす)りながら街並みを凝視(ぎょうし)した。だがやはり、高層ビルは消え失せ、街は平べったい長方形型だった。気になり始めた押花は、一端、自宅へ戻ると、ふたたび街へと確認のため、外出した。
街へ着くと、その高層ビルはやはり消えて無く、跡地になっていた。
「この前のビル、なくなったんですか?」
「えっ? ああ、そうですよ、昨日(きのう)ね…」
偶然(ぐうぜん)、店表を掃(は)いていた店主らしき男に押花は、何げなく訊(たず)ねた。
「だって、あのビル、去年建ったばかりでしょ?」
「ああ、そういや、そうでしたかね…。またよく似たビルに建て変わるそうですよ…」
「いつです?」
「まあ、前々回のテンポで考えれば、半年以内には恐らく…」
「半年っ!!」
「ははは…そんなに驚かれるこっちゃないでしょ、マジックじゃないんだから。最近は建つのも壊(こわ)すのも速いっ! どんどん変わります、ええ変わる変わる。これで五度目だっ!」
「五度目…」
押花は、ふたたび唖然とした。
世の中では最近、物が速いテンポで変化することが、よくある。
完