水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百十八回)

2012年08月21日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百十八回
それでも余り遅くなると、お目玉を食らいそうで、勢一つぁんは直助との別れ際(ぎわ)には小走りしていた。
 夕食は即席麺を惣菜がわりに、炊飯ジャーの残った飯を食う。直助には、ちっとも栄養が取れていない…と分かっているが、余裕がない暮らし向きでは致し方なし、と諦めている。昨日、敏江さんにもらった大根のお新香もあるから、まあこれで今夜は済まそうと自堕落だが、そう思った。食材の買い出しなどは、ここ数日やっていなかった。ともかく夕飯を済ませばいいか…と、内心で直助は思い、で、そうした。勢一つぁんや商店街の連中に茶化されはしたが、実際のところ、直助は夜が来るのが怖かった。そんな自分が情けないとは思えるのだが、こればっかりは、どうしようもない。父の直吉も、この点は同じで、余り肝っ玉が太いとは言えなかったし、やはり、その遺伝子は引き継いだようだ。しかし、つらつら顧みれば、結局のところ、溝上早智子と名乗る人物が、なぜ自分の店へ出没したのか…という根本的な問題に対する想いに遡るのだ。早智子に遭遇した以前、直助は彼女と接触した過去はない。いや、少なからず、なかった筈だ…と直助は思っていた。だが、今日は少し心が安らいでいた。戸開山(とかいやま)の山埋で早智子の墓へ線香や花を手向けられたことによるものだった。そうはいっても、早智子の霊に問わねばならない最も重要な疑問は、まだ心の中に蟠(わだかま)り、燻(くすぶ)っていた。自分以外でもよかった筈だが…という疑問である。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百十七回)

2012年08月20日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百十七回
平坦な田畑の畦(あぜ)を抜け、広めの車道へ出ると、二人はようやく人心地ついた。陽は傾いてはいるが、まだ没してはいない。
「そやけど、毎晩でられたら、直さんもオチオチ寝られんやろが…。当分は、ワイが一緒に寝たろか」
「おおきに。そうしてもらうと助かるわ」
「水臭いこと言いな。ワイと直さんの仲やないかい」
「いや、ほんまに。済まんこっちゃな…」
 二人は人家が見えだした車道を家路に着いた。初冬の夕暮れが辺りが広がろうとしていた。
 問題は、これからどうするかである。早智子の霊が現れた意図が分からなければ何ともあと味が悪い直助だ。一応、線香や花を手向けはしたが、早智子は自分に何を訴えようとしているのか? その目的が分からず、直助は妙にもどかしい。
 戻った二人は一度、別れると、各々の家へ戻った。直助は帰ったところで一人だから気になることもないが、勢一つぁんは、そうはいかない。山の神の敏江さんが首を長くして待っている。ただ、飲み屋へ行った訳でもないし、いつもとは違い、それほどビクつく気分ではない。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百十六回)

2012年08月19日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百十六回
「若死にやなあ…」
 墓石を見ながら勢一つぁんが直助の後ろから低い声を掛ける。パタリと早智子が店に来なくなった訳は、これで解けた。しかし、直助と出会ったときの彼女は、病気のようには見えなかった。それが、僅かな間に逝ってしまった。理詰めで考えれば、直助にはどうしても合点がいかない。
「ともかく、見つかってよかったがな。…直さん、それで、どうすんにゃいな? これから」
「… … まあ、とにかく突き止められたよってな。あとはボチッと考えるわ。さあ、陽が傾かんうちに、はよ下りよか…」
 直助は墓石に刻字された内容をメモ書きし、持参の線香に火をつけ、花を手向けた。そして合掌してさちろこの冥福を祈った。むろん、勢一つぁんも同じ仕草で合掌した。
「これで、ええんか?」

「ああ…。これ以上いても、しゃあないでな…」
「そうやな。…ほな、下りよか」
 二人は山を下っていった。登りとは違い、下りは脚が勝手に動作をするし、息苦しさもないから、二人は思ったより早く山の麓まで辿り着いた。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百十五回)

2012年08月18日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百十五回
 何か手掛かりが見つかったのだろうか…と、直助は声を頼りに進んでいった。
「これを見てみいな」
「…んっ?」
 直助は怪訝な表情で、勢一つぁんの指さす墓石の裏の刻字を注視した。そこには、━ 俗名 早智子 ━ と、確かにある。
「これやろ?」
「… …」
 直助は問われても返せなかった。信じたくないが、しかし厳然とした事実がそこにはあった。直助は、なおもその刻字を辿った。
━ 昭和四十六年三月没 享年二十四歳 ━
 疑うことの出来ない現実が、視覚を捉えて離さない。昭和四十六年といえば、確か…早智子と出会った翌年だ。それがなぜ今になって自分の前へ霊となって現れたのか? その辺りが直助には不可解だった。しかも、枕元に立った意図が読めない。彼女は自分に何をして欲しいと語りかけているんだろう? 直助は勢一つぁんの語りかけるのも忘れ、しばし茫然と物想いに耽ってしまった。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百十四回)

2012年08月17日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百十四回
「早いこと食べてもて、はよ捜さな、あかんな…」
「そうやな…」
 二人は握り飯を口へ詰め込む。二時間の遅れを取り戻さねばならないから、直助は気が急いた。
 墓石の数は大雑把(ざっぱ)に見て七、八十はある。むろん、忘れ去られた無縁墓石というものを含めてだが、まだ半分ばかり調べる必要があった。ともかく懸命に熟(こな)してはみたが、残りの半分に早智子の手掛かりがあるとは限らない。時は刻々と巡り、経過していく。
 食べ終えて長閑に寛(くつろ)ぐ時も惜しむかのように、二人はまた調べ始めた。午前中と同じで、正反対に別れて虱潰(しらみつぶ)しに当たる。幸い、天候の崩れはなさそうだし、日射しで墓石の文字も容易に判別できた。だが、それから小一時間が過ぎても、それらしき手掛かりは発見されなかった。直助は半ば諦めて、次第に気力が萎えてきていた。そのときであった。
「直さ~ん!」
 離れた位置から勢一つぁんの呼び声がした。直助は声のする方向へ目線を向けた。
「ちょっと来てえなあ~!」


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百十三回)

2012年08月16日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百十三回
直助も勢一つぁんも、ここまで来ると、すっかり疲れきっていた。麓を登るときの勢いは、もうどこにもない。やっとここまで来たか…という安堵感で、二人は地蔵尊の横で、またドッペリと腰を下ろしてしまった。
 もう来るところまで来ている安心感があるから、勢一つぁんもしばらくグデン! と蛸になっていた。もちろん、直助も同じである。十分ほど無言のまま時を過ごし、やがて二人は立ち上がった。山埋(さんまい)は小規模なもので、探すのには、さほど手間どらずに済みそうだった。それぞれが別れて墓碑に刻ま
れた家名を捜した。━ 溝上家 ━ と刻まれた墓はどこだ…直助は懸命に捜し回った。しかし小一時間が経っても、いっこうに埒(らち)があかない。二人は次第に焦っていった。直助が予(あらかじ)め算段した行程より、すでに二時間以上も遅れている。のんびりと昼飯を食う気にもなれない。それでも手短に食べることにして、勢一つぁんが手持ちした握り飯などに手を伸ばす。敏江さんが態々、準備してくれたものだが、目的が達成されていないから、美味くもなんともない。
「直さん、ちょっと怪(おか)しいでえ~」
 握り飯をムシャムシャ、沢庵をパリパリやっている勢一つぁんだが、やはり彼にも先の見えない、もどかしさはあった。
「いや、必ずあるよって、もうちょっと頼むわ…」
 直助はそう言うしかなかった。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百十二回)

2012年08月15日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百十二回
 幸い天候は朝からの快晴が持続し、よかった。勢一つぁんは店へ飛び込んできた早朝から、どこぞに打ちいらんばかりの気迫で、意気軒昂だった。ある意味、小学生に戻った大人が、はしゃいでいるように見えなくもなかった。後部には簡易なリュックを背負い、直助の身支度が出来るのを今か今かと待っている。直助にはそんな気負いは寸分もなく、長閑に出かけて戻ろうと考えている程度だ。どちらがどちらなのか分からなかった。
 行程としては戸開山(とかいやま)の麓(ふもと)までが二十分、そこから登りだして七合目辺りにある山埋(さんまい)までは三十分ぐらいかかると直助は踏んでいた。荒れ果てた山の樹林群が広がる。近年は林業が衰退し、多くの山は管理されないまま放置されているようだ。幼い頃には確かにあったと思われる山埋へ向かう登山道も熊笹の繁るに任せて、その方向すらも見定められない。
 二人はようやくのことで五合目付近まで辿りついた。フゥ~と、どちらからともなく地にドッペリと腰を下ろした。湿気のないフワリとした感触…無尽蔵に敷きつめられた落ち葉絨毯のクッションである。直助がふと腕を見ると、予想を大幅にオーバーし、すでに九時近くになっている。こんな筈やなかった…と少し動揺する直助だった。七時半以前に麓を発したのだから、一時間半は優に登っていたことになる。
 前に六体地蔵尊が現れたのは、それからふたたび歩きだし、谷伝いの道を登り降りしたあと四十分も経った頃だった。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百十一回)

2012年08月14日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百十一回
ただ、第三者が聞いていたなら、それはそれで大雑把で、二人は仲が余りよくないのか…という風にもとれる会話なのだ。直助が例の店の椅子に座り筆を握る機会は、この一件のお蔭で、しばらく頓挫していた。
上手くしたもので、書き溜めた分が完成直後だったからよかったものの、いつもは次回作の構想を練っている頃合いなのに、それさえも等閑(なおざり)になっていた。この怪談の本当の姿が見えない限り、筆の方は集中出来ないだろうと思えた。とにかく、この問題を解決することが直助にとって急務だった。
 勢一つぁんを伴って、直助が戸開山(とかいやま)へ出かけたのは、その二日後である。薄気味悪い山埋(さんまい)ということで、朝早く出て陽が高いうちに戻ろうと手筈だけは二人でつけた。敏江さんが握ってくれた昼飯用の握り飯と美味い漬物が実は楽しみな勢一つぁんなのだが、孰(いず)れにしろ、一人よりは心細くないことは直助にとって有難かった。
 戸開山は標高二百メートル程度だから、どこにでもある小山である。直助は幼い頃に二度ばかり登ったことがあった。記憶を辿れば、山埋のあった辺りの地形が脳裡に甦った。ただ、その記憶は四十年以上前の残像である。今はその山埋だって荒廃して鬱蒼と繁茂する蔦などで覆われているかも知れないのだ。そう思うと、直助は心が滅入った。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百十回)

2012年08月13日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百十回
一つぁんが起きだしたあと、タイミングを見計らってそのメモ書きを見せるが、「んっ? ああ、戸開山(とかいやま)な…」とだけの気の抜けた返事である。一週間も寝泊まって少しも事が進捗しないからか、勢一つぁんには、どこか覇気が感じられなかった。
「あの辺りの山埋(さんまい)やと思うにゃけどな…」
 勢一つぁんは直助の言葉を虚に受けて、大欠伸をひとつ打った。今日は快晴である。
「いっぺん行ってみよか…」
 ようやく勢一つぁんが重い口を開けたのは、それから十分ほど経った洗顔後だった。
「お母(かあ)の顔見てから、また来るわ」
 意味なくニヤリと愛想顔をして、勢一つぁんは八百勢へ戻っていった。さすがに毎度の朝飯用即席ラーメンは飽きがきたようだ。
「そうか…」とだけ応じて出口まで送った直助だが、本当は自分の方から声をかけようと思っていた矢先だったから、覇気の失せた勢一つぁんにしては意外な言葉に思えた。二人の会話は単純この上ないが、これはこれでお互いの意思疎通は十分なっているのだから問題はない。


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連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第百九回)

2012年08月12日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第百九回
どういう訳か、どこをどう探せばいいのかが、書かれていなかったのだ。ところが、その日の朝は、少し五日間と違った。紙にメモ書きされた内容には、どこそこを捜して欲しいとでも書かれていたのだ。もし、山林地帯を捜して欲しい…とでも書かれていたなら、直助は事件の可能性を考え、怖い以上に偉いことになったぞ…と思っていたに違いない。だが、そこに書かれていた内容は、とある山埋(さんまい)である。山埋とは、字義のとおり、山地に埋葬する墓地のことだから、直助は少なからず安心して、ホッと胸を撫で下ろした。墓地に葬られているのなら、さほど珍しいことではないし、特異なことでもないからである。要するに、その状況が分からないから、アレコレと想いを巡らすのだが、まあ殺されて埋められた…とかの事件性は小さいようだから胸を撫で下ろしたのである。そのメモ書きには文章はなく、ただ図面だけが、やや曖昧に簡略化され描かれているだけだった。
                         

 戸開山(とかいやま)は直助の住む町から少し離れたところにある二百メートルばかりの小高い山なのだが、なぜそこに早智子が眠っているのか…という素朴な疑問が起きる。漠然とした絵からは、記された場所が推測できるだけで、ここだ、と明確に読み取れない。それでも長年住んでいる土地勘で、おおよその見当はついた。確かに×印された辺りには、昔ながらの山埋があるし、具体的にここで眠っている…とは書かれていないが、恐らくそうだろうと思える妙な閃きが直助にはあった。


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