水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(42) 人材あります![16]

2014年01月11日 00時00分00秒 | #小説

「俺、いつ現れました?」
『昨日の深夜でしたか。私が眠ろうと寝室へ入ったとき、あなたがすでにベッドの上で眠っておられたんです』
「昨日の深夜ですか。…ああ、私が眠った頃ですね」
『何か、なさいましたか?』
「そうでした。うっかり忘れるところでしたよ。昨日の昼、こちらですと今日の昼ですから、未来になりますが。アチトクさんがいっておられた空間の穴が私の家でも見つかったんです。蚊取り線香の煙でやったんですが…」
『ほう!』
 戸倉は事の一部始終をアチトクこと異次元の戸倉に詳しく話した。
「発見しただけで、それ以上は何も出来なかったんですが…」
『ひとまず、ベッドから出て下さい。洗顔とかもされると思いますが、その前に、こちらの空間の穴を見ておいていただきましょう』
「こちらの次元通過をする空間の歪(ひず)み穴ですね?」
『ええ、そうです』
 二人は店の事務所へ移動した。そこには三人の店員がいて、作業衣に着替えた後らしく、今にも店を出ようとしていた。
「あっ! どうも…」
 三人は戸倉とアチトクの二人を見比べ、押し黙ったまま軽く会釈して外へ出た。双子の兄弟と思ったか、異次元の戸倉と思ったかは戸倉自身には分からなかった。アチトクは店の片隅を指さし、戸倉に示した。
『ここです…。と言いましても、見えないですから分かりませんね。あっ! 丁度(ちょうど)、いい。ここに店員のタバコがある。これでわかるでしょう』
 アチトクは店員の置き忘れた煙草を一本出し、机の上のライターで着火した。そしてそのタバコの先を親指と人差し指で摘まむと徐(おもむろ)に店の隅の空間に近づけた。


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短編小説集(42) 人材あります![15]

2014年01月10日 00時00分00秒 | #小説

 約2時間が経過したとき、事態が進展した。煙が流れ、引き込まれるように消える空間があった。戸倉は辺りを見回したが、風が入り込んだ形跡はなく、まさしく異次元に通じる穴に思えた。
「ここか…」
 やっと見つけた空間の狭間に、思わず戸倉は呟(つぶや)いていた。穴は見つけたが、それ以上はどうすることも出来ない。アチトクが言っていた異次元への口は見つけられたのだから、まあいいか…と、戸倉はそのまま放置した。
 次の朝が巡り、目覚めたとき、戸倉は妙なざわつきを感じた。人の気配が遠くで小さくしていた。俺以外に誰もいないのだから、人のざわつきなど起こる訳がない…と不審に思いながら戸倉は瞼(まぶた)を開けた。寝室の雰囲気が少しゴージャスになっている。確かに俺の部屋の様だが、置きものとかの部屋の調度も高級品になっている。こんなもの、置いた記憶がないが…と戸倉は訝(いぶか)しく思えた。
『やあ、お目覚めになられましたか』
 寝室のドアが開いて、アチトクが現れた。
「ここは…」
 戸倉はベッド上で半身を起こし、アチトクに訊(たず)ねた。
『ははは…昨日の戸倉さん宅ですよ。ただし、異次元ですがね』
「アチラですか?」
『いえ、こちらです。ははは…』
「はあ。まあ、そうなりますね」
『少しコチラも味わって下さい。それにしても、まさかあなたが現れるとは思ってませんでしたよ』
 アチトクはゆっくりとベッドへ近づき、戸倉の前へ座った。


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短編小説集(42) 人材あります![14]

2014年01月09日 00時00分00秒 | #小説

「いいえ。不景気で、そう電話もかかりませんから。そちらの景気は、いかがですか?」
『まあ、昨日のソチラという状況で考えて戴ければ…』
「さほどは変わらないと」
『ええ、まあ…。似たり寄ったりということです。この前も言いましたように、コチラは少し大きめに仕事を展開しておりますから、店員への給与支払いで多少は稼がせて戴いてますが。収支で黒字は、さほど…。』
「そうですか…」
『ええ。では、また電話を入れるか、現れるかします。現れる方は私の意志ではありませんから、いつになるか分かりません。消える方は空間ジャンプすれば、どういう訳か消えられますが…』
  アチトクは語尾を濁して携帯を切った。戸倉としてはアチトクの話を聞いた以上、そのままのんびりと寛(くつろ)いではいられない。この家のどこかに異次元に通じる空間の穴があるというのだから調べない訳にはいかない。煙を立たせる手立てを幾つか考えた挙句、身体を動かした。新聞紙を燃やして燻(くすぶ)らせ、家中を煙で満たすというアイデアも浮かんだが、どうも火事っぽくて嫌だな…と思え、案を却下した。最後に選んだのが蚊取り線香である。煙の立ち昇り具合から見て手間がかかりそうだったが、この方法が一番、安全に思え、戸倉はそうした。幸い、買い置いた予備の蚊取り線香があり、新しく買いに出る必要はなかった。
 蚊取り線香に火をつけ、それを手に持って家の空間をくまなく探して回った。疲れたところで、しばらく停止し、また移動していく。小一時間して立ち止った瞬間、戸倉は自分がアホに思えた。馬鹿というのではなく、自分のやっていることが三枚目的なアホに感じられたのだった。


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短編小説集(42) 人材あります![13]

2014年01月08日 00時00分00秒 | #小説

『そうです。アチラの戸倉です』
 異次元の戸倉は柔和な声でそう言った。
「ああ! アチラの戸倉さんですか。…どうも言いにくいなあ。アチトクさんで、いいですかね?」
『はい、それで構いません。そう、お呼び下さい』
「で、アチトクさん、なにか分かりましたか?」
『はい、全容が判明しました! あなたと私は空間の穴で結ばれていたのですよ』
「どういうことでしょう? もう少し、詳しく聞かせて下さい」
『はい。私の店内に次元通過をする空間の歪(ひず)みがあったのです。そこが異次元空間を結ぶ出入り口になっていた、と言っても過言ではないでしょう』
「なぜあなたのお店だけに空間の穴が?」
『さあ、それは私にも分かりません。ですから、あなたのお家にもその空間の歪みの穴があるはずなんです。もちろん空間ですから、あなたにも私にも見えません。私はその次元の穴に一定のサイクルで引き寄せられて移動しているようなのです』
「見えないのに、よくそのことが分かりましたね?」
『ああそれは、ひょんなことで…。焼き肉の煙が一瞬、その穴にスゥ~っと消えたのです。アレッ? って一瞬、思いましてね。よく見ますと煙がその空間の穴に吸い寄せられて消えていくじゃありませんか。もちろん、換気扇じゃありません』
「なるほど。そういう奇妙な現象がソチラではありましたか…」
『なぜ私の店だけ、という点が、まだ解明できませんが…』
「いえ、貴重な情報です。コチラも煙を使って調べてみましょう」
『はい、では…。長電話でお仕事のお邪魔をしました』
 アチトクの声は少し小さくなった。


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短編小説集(42) 人材あります![12]

2014年01月07日 00時00分00秒 | #小説

『ただ一つ、あなたに忠告しないといけないんですが…。このまま続けて下さい。決して私のようなことを考えちゃいけません。総店員一名! いいじゃないですか、ははは…。あっ! そろそろ消える時間ですね』
 異次元の戸倉はこの前と同じように腕を見て呟(つぶや)いた。すでに男の足先は薄く透明で、消えかけていた。そして、数分後、完璧に消えた。戸倉は、しまった! と思ったが、もう遅い。この次、出会う頃合いを確認しておかなかったのだ。これでは、いつ、異次元の戸倉が現れるかが分からない。分からないとは、彼に対するスケジュールが立たないということだ。
 戸倉が予想したように、一週間が経っても異次元の戸倉は戸倉の前へ現れなかった。そうなると、なにもなかった日常の繰り返しとなり、戸倉の脳裡から次第にこの異常な出来事の事実が消えていった。半月が経った頃、すでに戸倉の脳裡では、よく似た異次元の自分からよく似た男、そしてあの男へと印象は薄れていた。あの男は、まだ戸倉の前へ現れていなかった。
 ひと月もすると、戸倉はすっかり以前の生活に戻っていた。
「いや~それなんですが、担当する者が生憎(あいにく)、休んでいままして…」
 かかった依頼電話は戸倉の出来ない分野だったから、いつもの生憎作戦で戸倉はその場を凌(しの)いだ。
『私ですよ、戸倉さん! 私』
「… ああ、アチラの方ですか」
 戸倉の記憶が甦(よみがえ)った。紛(まぎ)れもなくその男の声は、異次元の戸倉だった。


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短編小説集(42) 人材あります![11]

2014年01月06日 00時00分00秒 | #小説

『人材派遣に何か意味があるんじゃないかと…』
「いやぁ~、それはどうですかね。世間には五万とありますよ、この業種は」
 戸倉には今一、それが異常事態の原因だとは思えなかった。
『いやあ、私の憶測ですから…。ただ、私の店の店員がすべてコチラへ来ている、という点が引っかかるんですよ』
「異次元からコチラへ来る、何かの共通点があなたの店にあるのかも知れないですよ」
『はあ…。それじゃ、引き続き探ってみましょう』
「そうして下さい。こちらも、それなりに調べますから。…ところで、そちらの店は繁盛してますか? うちの方はご覧のように、なかとか食い繋(つな)いでいる有様なんですが」
『はあ。私の方はまあ、なんとか。それなれに稼がせてもらってます・・。なにせ、店員に給料を月々、支払わないといけませんから、相応の収入は不可欠でして…』
「それはそうでしょう。うちとは状況が違うんですから。…あのう、お店の屋号は人材屋ですか?」
『いいえ。戸倉人材派遣店です』
「そうなんだ…。会社ではないんですね?」
『ははは…。そこはそれ、異次元ですが、あなたと私は同じ存在ですから、当然、同じ発想です。小規模経営なんですから、損勘定の入る会社組織にはしませんよ』
「ああ、その辺りは、同じなんですね」
 戸倉は少しずつ異次元の状況が分かりつつあった。こちらの世界よりはワンランク上で、人も出来がよい。それはいつかこの男がこちらがB級グルメでアチラがA級もしくは超A級グルメだと例えたように、程度の違いなんだと。


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短編小説集(42) 人材あります![10]

2014年01月05日 00時00分00秒 | #小説

 車を走らせ、依頼先の芝を刈り終えたとき、すでに昼前だった。殊(こと)の外(ほか)、作業は順調に捗(はかど)り、戸倉が予想していたより2時間ばかりも早く終了した。今日は半ドンにしようと戸倉は思った。今日は休もう・・と最初は思っていたのだから、昼まででも働けば御の字だった。依頼先に半日料金の五千円をもらい、戸倉は領収書を手渡して帰宅した。幸い仕事中の異常事態は起こらなかったから、戸倉はホッとしていた。戸倉は弁当屋で買った弁当をレンジで温め、遅めの昼食を済ませた。湯呑(ゆの)みのお茶を飲み、ふぅ~っとひと息ついたとき、戸倉は左の肩を突然、叩(たた)かれた。昨日のことがあったから、驚きの程度は、さほどでもなかったが、それでもギクッ! と戸倉はした。
『私です! 驚かせて、すみません』
 戸倉は思わず振り返った。
「ああ、昨日の…。何か分かりましたか?」
『それなんですがね。ひとつ耳寄りな情報がアチラで入手できました』
「と、いいますと?」
『いやぁ~、それを聞いたときは私も驚きましたよ。といいますのは、他にも仲間がいたんです。まあ、仲間と言うのは妙なんですが、私と同じようにこの世界へ現れてる者が数人、いたんですよ』
「よく分かりましたね」
『あなた、人材派遣の仕事をなさってますよね。もちろん私も昨日のあなたですから同業種なんですが、向こうでは事務所を構えて数人、店員を雇ってるんです。先ほど申しましたコチラへ現れてる者が数人いたといいますのは、実は彼らなんです』
「ほう、それは…」
 戸倉は聞く人になった。


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短編小説集(42) 人材あります![9]

2014年01月04日 00時00分00秒 | #小説

「いえ…なにか?」
『昨日、言い忘れていたのですが、電話は次元に関係なく、いつでも通じます。それを言い忘れたもので…』
「はあ、態々(わざわざ)…」
 戸倉はそう返していた。
『いつ、あなたの前へ現れられるか、それは私にも分かりませんが、また現れます。では…』
「あっ! ちょっと待って下さい! いつ現れるか分からないとおっしゃいましたが、それは不便です。なんか法則めいたものがあるはずです。俺も探しますが、それをあなたも探して下さい。分かれば、便利ですし、お互いの生きる世界にプラスになるんじゃないか・・と思えますので」
『ああ、それはそうですね。私も探してみます。それに、なぜ、あなたの前に突然、現れることになったのかも』
「そうですよね。このままじゃお互い、気分がモヤモヤしますよね」
『ええ。では、何か分かれば連絡します』
「出来れば、夜の方が助かるんですが。俺も仕事をしてますんで…」
『分かりました。では…』
 携帯は切れた。戸倉の眠気は、すでに失せていた。ベッドを離れた戸倉は洗顔→食事→事務所掃除→着替え→伝票整理、用具点検と、いつものように朝の諸事を熟(こな)していった。
「はい! 庭の芝を…。あの、どれくらいの広さでございしょう? …はい! ああ、それくらいでしたら、数時間もあれば、お近くでございますし、宜しければ、これから参上いたしますが…」
 事務所の椅子に座って小一時間が過ぎたとき、携帯がかかった。今日は休もう・・と起きがけは思っていた戸倉だったが、分身からの電話で俄かにやる気が出て仕事を入れていた。


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短編小説集(42) 人材あります![8]

2014年01月03日 00時00分00秒 | #小説

 次の日の朝、昨日のこともあり、戸倉は今日は休もう・・と思った。だが、二度寝した途端、携帯音に起こされた。仕方なく戸倉は携帯を手にして耳にあてがった。
「はい! 人材屋でございますが!」
 戸倉は不満げに、いつもより愛想のない尖(とが)った声を出していた。
『ああ戸倉さん、昨日はどうも。一日前の戸倉です』
 戸倉は唖然としてベッドに腰を下ろした。知らず知らず携帯を握る手が震え、脂汗(あぶらあせ)が額(ひたい)に滲(にじ)んでいた。 その時計は戸倉が今、身につけている時計とまったく同じものだった。戸倉も思わず釣られて自分の腕を見た。

「そうなんですか? 俺にはよく分かりませんが…」
『ええ、この前、初めてこちらへ来てあなたを影から眺(なが)めていたのですが、消えるまでが約2時間でしたから』
「はあ…」
 戸倉は黙って話を聞くより他なかった
 男はそのまましばらくテーブル椅子に座っていたが、やがてスゥ~っと跡形もなく消え去った。戸倉には目の前で起きた超常現象が俄(にわ)かには信じられなかった。だが、自分の分身である異次元の男が飲み干したワイングラスは厳然として戸倉の前にあった。戸倉は否応(いやおう)なしに目の前で起こった出来事を事実として認めざるを得なかった。戸倉はその出来事を確認しようと浴室へ急行したが、浴室には湯気もなく、人が風呂へ入った痕跡もは微塵(みじん)もなかった。戸倉は三度(みたび)、ゾクッ! っと身体に震えを覚えた。
 ともかく、それ以降はいつもと変わりなく時が推移していった。一日を無駄に過ごしたような気分を忘れさせてくれた自分の分身。異次元の自分だとか言っていたが…と、夕方、戸倉は湯を張った浴槽に身を沈めながら巡った。科学万能の世に、こんなことがある訳がない。俺は疲れてる・・と戸倉は自分に言い聞かせた。


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短編小説集(42) 人材あります![7]

2014年01月02日 00時00分00秒 | #小説

「なぜあなたに側面がないのか、俺にはよく分かりません? まあ、それはおっつけ聞かせていただきます。あっ! 明日は無駄な動きになりますから、車で動かれない方がいいですよ」
『それが出来ればいいんですが…。今も言いましたように、私は過去のあなたなんです。いわば、あなたの過去で生きる氷上の映像です』
 戸倉の過去の分身は動きを止めず、いつの間にかキッチンのテーブル椅子に移動してワインを傾けていた。もちろん戸倉もピッタリと男に付いて動いていた。男は寛(くつろ)ぎ、戸倉は疲れていた。昨日の俺は楽なんだな…と戸倉は、今の自分が馬鹿馬鹿しくなった。
「あなたはアチラではどういう暮しをなさってるんですか?」
『一日遅れですが、今のあなたのワンランク上の生活です』
「ワンランク上?」
『はい。ちょっと分かりにくかったですかね。つまり掻(か)い摘(つま)んで申しますと、あなたがB級グルメを堪能(たんのう)されているとき、私はA級か超A級グルメに舌鼓(したつづみ)を打っていると・・まあ、そんなところでしょうか』
「ああ、なるほど。そう言ってもらえれば、俺にも分かります」
 道理で俺より上品なはずだ…と、戸倉は納得した。
『あっ! このワイン、美味ですね』
「安物ですよ」
『そうですか? 高級ワインより返って美味なのは、なぜなんだろう…?』
 異次元の戸倉はグラスに残ったワインを味わいながら首を捻(ひね)った。
 戸倉には少し嫌味に聞こえたが、穏やかながらも自分の声だったから、余り腹は立たなかった。
『あっ! もう、こんな時間か。そろそろ消える時間だ…』
 腕時計を見ながら、戸倉の分身は呟(つぶや)いた。


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