水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(55) 豆腐慕情

2014年08月11日 00時00分00秒 | #小説

 久品(ひさじな)優(すぐる)は豆腐好きである。あの柔らかい感触が堪(たま)らん! と言うのが彼の口癖だ。その彼は、美味(うま)い豆腐を探し求めてアチコチと散策するのを唯一の楽しみにしている。平たく言えば豆腐に慕情を抱く趣味である。先だっても、こういうことがあった。
「この豆腐、色艶(いろつや)がいいですねぇ~」
「へへへ…嫌(いや)ですよ、お客さん。白い豆腐に色艶なんて、あるんですかぁ~?」
 水槽に沈めた豆腐を綺麗に水中で切り分けながら、豆腐屋は妙な客だ? とばかりに久品をチラ見した。
「いや! それが、あるんです」
 久品は自信ありげに言い切った。
「ほう、そうなんですか…。あっしには分からねえや」
「まあ、味がよけりゃ、いいんでしょうが…」
「そりゃ、そうですよ。どうです?」
「そうですね…。絹と木綿を一丁ずつ、それと油揚げを五枚ほどもらいましょうか…」
「へい! 毎度!!」
 主人は馴れた動きで、注文された品を包んだ。
「安いですね!」
 代金を聞き、久品は驚いた。
「へへっ、初めてのお客さんですからね、サービスですよ。それに、豆腐 通(つう)とくりゃ、こちとら儲(もう)けられねぇ~や」
「悪いね!」
「いいんですよ、お客さん。また、ご贔屓(ひいき)に!」
 笑顔で見送られ代金も激安だったから、久品としては大満足だった。久品は手にした豆腐に、しみじみと慕情を感じた。
 別に、豆腐を安く買おうと店へ入った訳ではなかったが、結果としてどの店でも安く買え、久品は重宝(ちょうほう)した。いつしか、豆腐屋仲間の口コミで、久品の名は有名になっていった。彼の通称は[褒(ほ)め旦那]である。まだ久品が来てない店は注意を喚起(かんき)された。久品の慕情趣味は、次第に危うくなっていった。
 ところが、である。こういう慕情には、得てして天からの助けがあるものだ。久品の慕情趣味が、どういう訳かマスコミに取り上げられ、テレビや新聞、週刊各誌を賑(にぎ)わすことになった。彼は一躍、時の人としてスター扱いされ始めたのである。ついに、久品に一度、来店してもらおうと、全国の豆腐屋が彼を待ち焦(こ)がれるような事態となった。
 それから一年が過ぎ去ったとき、久品は豆腐博士として大学に聘(しょうへい)され、商品学の客員教授として教壇に立っていた。講義内容は、豆腐に関する慕情的研究である。

                              THE END


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短編小説集(54) 波の音

2014年08月10日 00時00分00秒 | #小説

 雲の上から海を臨(のぞ)む浜辺伝いの庭は波静かだった。庭のハンモックの上で岡倉は揺られていた。いつの間にか眠気に誘われ、岡倉は読み始めた書物を芝生の上へ置き、眠っていた。そよ風にハンモックが微(かす)かに揺れた。その岡倉自身を岡倉が、雲の上から眺(なが)めていた。
 大空に浮かぶ雲の上だった。岡倉は寝 転(ころ)がり、フワリフワフワ…と漂(ただよ)っていた。下界を望む岡倉に、いつやら現実にあった光景が見えた。雲の高さからは到底、見えるはずもない、僅(わず)か数mばかり離れた間近から見える大きさだった。鮮明だった。長閑(のどか)に家族達が暮らすあの頃の光景があった。庭で飼っていた愛犬が吠(ほ)えていた。妻や子の騒ぐ賑やかな笑顔があった。岡倉は思わずそれらを抱き寄せたい衝動にかられた。
 次の瞬間、光景が一変した。穏やかなさざ波の音が途絶えた。しばらくして、横一列の波が海岸線をめがけ、ひた走る光景が望めた。やがて、すべての人々や物が波に飲み込まれていった。あり得ない悪夢だった。だが、それは岡倉が体験した現実の光景だった。
 岡倉は目覚めた。海を臨(のぞ)める浜辺伝いの庭跡は波静かだった。その庭跡の土の上で岡倉は目覚めた。かつてそこには庭木に吊(つ)るされたハンモックがあった。すべてが跡形もなく岡倉の前から消え去っていた。だが、あの前とちっとも変らない静かな波の音があった。

                              THE END


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短編小説集(53) 不滅の原理

2014年08月09日 00時00分00秒 | #小説

 千代田は想い巡っていた。この世に生じたものは移ろいとともに消え去っていく。たとえそれが泰然自若(たいぜんじじゃく)として動かない山や川などの自然であろうと、宇宙次元での長い時の流れの中では移ろい、消えては生まれるのだ…と。この不滅の原理は、物理学で[エネルギー保存の法則]というらしい…と千代田が知ったのはつい最近のことだった。アインシュタインというメジャーに知られた偉い学者先生が相対性理論とかで考えだした質量・エネルギー等価原理で、E=mC^2の数式で表(あらわ)したと書かれていた。千代田にとっては、そんな小難しい知識はどうでもよかった。第一、彼には物理学の知識など皆無だった。もっとシンプルに考えたかったのである。
 遠い親戚の法事があり、千代田は父親の代理で席についた。なんとも、居心地が悪く、借り物の猫のように末席で飲み食いし、話しかけられれば適当に応対して静かな聞く人になりきっていた。
「いやぁ~~、ああなるのかねぇ~。お骨あげのときは愕然(がくぜん)でしたよ」
「そうでしたか…。僕は何度か、そういう場に臨(のぞ)んでますので…」
「馴(な)れりゃ、どうってことないんでしょうがね…」
「ええ、まあ…」
 知らない親戚の男の酌(しゃく)を杯(さかずき)に受けながら、千代田は普通に応対していた。話す言葉とは裏腹に、この酢もろこは実に美味(うま)い…と思っていた。そしてふと、ある想いに至り、千代田の箸(はし)が止まった。
「どうかされましたか?」
 遠い親戚の男が訊(たず)ねた。
「あっ! いや、べつに。ははは…」
 愛想笑いをして誤魔化(ごまか)し、千代田は箸を動かした。千代田が思ったのは、もろこは食べられて消える。消えるが、僕のエネルギーになる。じゃあ、人は? ということだった。幸い、遠い親戚の男は深追いせず、用を足しに席を外(はず)した。千代田は、ひと安心して、苦手な日本酒をやめ、いつも晩酌(ばんしゃく)で飲むコップのビールを飲み干(ほ)した。遺体は骨だけだ…と、千代田は祭壇に安置された骨壺を遠目で見つめた。一瞬、祭壇の遺影が動いた。いや、動いた気がした。千代田は目頭(めがしら)を擦(こす)った。気のせいか…と、また酢もろこを摘(つ)まみ、コップに瓶ビールを注(そそ)いだ。そうだ! と閃(ひらめ)き、胡坐(あぐら)を掻(か)いた膝(ひざ)をひとつ、ポン! と打った。
「えっ? どうかされました?」
 そのとき、遠い親戚の男がニヤけながら席へ戻(もど)ってきた。膝を打ったところを、どうも見られていた節(ふし)があった。
「ああ、いや、なに…。急用を思いだしましてね。そろそろ、失礼を…」
 丁度、頃合いでもあり、千代田は席を立つとお辞儀して玄関へ向かった。家人の老女が急いで送りに出た。
「少し早いですが、急用がありまして…。この辺りで…。お疲れの出ませんように」
「ご丁重に…態々(わざわざ)、痛み入ります。本日は、どうも遠いところを有難うございました」
 家人の老女は決まり文句のように流暢(りゅうちょう)に言葉を流した。立て板に水だな…と千代田は思った。千代田の家は、そう遠くはなかった。
「いえいえ…」
 千代田は家を後(あと)にし、歩きながら考えた。あっ! 消えた遺体は、魂(たましい)と分離するんだ…と。身体の魂の分離・・これが、すなわち死か…。千代田は不滅の原理を単純に理解した。

                               THE END


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短編小説集(52) てんとう虫曲線

2014年08月08日 00時00分00秒 | #小説

 田所謙一は物事に対するとき、どうしても柔和になれない性格だった。要は、人や出来事に対して丸くなれないのである。人の場合だと、相手の話を愛想よく聞くとか、聞き上手(じょうず)になる・・といった類(たぐい)だ。どうしても自分の思いを直に返すものだから、相手との話し合いは、ほとんどの場合で角(かど)が立ち、尖(とが)った。挙句の果てには、二度と君とは口を聞きたくない! となり、関係が決裂した。こういう男が職場で役に立つのか? といえば、はっきり言ってNo,!![駄目]だろう。だが、捨てる神あれば拾う神ありで、Don,t Worry!![大丈夫]だった。彼は会社の備品倉庫で一日中、話さない物との整理や収納に明け暮れていた。周囲には誰も人はいず、彼は出勤するとタイムカードを押し、昼になれば買ってきた弁当を会社の電子レンジでチン! して食べ、持参の魔法瓶の茶をマグカップで飲んだ。そして、また仕事をし、退社時間になると、タイムカードを押して帰宅するのだった。会社も一本筋が通った男としていつか役立つだろう…と田所を首にはせず、温存したのである。そんな角(かく)ばった田所の角(かど)が取れ、曲線のように丸みを帯びたのは、ひょんなことだった。
 その日、田所はいつものように会社備品の確認しながら整理をしていた。確認は備品台帳を睨(にら)みながら備品と照合する。睨むのが人ではないから問題は起きなかった。田所が見つめる台帳の上にどこから飛んで来たのか、一匹のてんとう虫が舞い降りた。なんとも綺麗な背模様と曲線に、田所は睨むでなく見つめた。すると妙なことに、田所の心の尖りが削(けず)られ始めた。もちろんそれは、目には見えないメンタルなものだった。一時間後、そのてんとう虫はフワッ! と舞い上がり、どこかへ消えた。田所は一時間、ただじっと、そのてんとう虫を見続けていたことになる。そして一時間が立ったとき、田所の心はすっかり削られ、丸くなっていた。
「君、人が変わったそうだね。なにか、あったの? あの尖りの田所さんが? って、社内で評判だそうじゃないか」
 社長室に呼ばれ、田所は直接、社長に訊(たず)ねられた。
「ええ、まあ…。てんとう虫曲線です」
「んっ? …なんだ、それは?」
 社長は訝(いぶか)しそうに田所を見た。

                                THE END


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短編小説集(51) 馴染[なじ]みたい…

2014年08月07日 00時00分00秒 | #小説

 村越は裕福が故(ゆえ)に気苦労が絶えなかった。
「あっ! おはようございます」
「おはようございます」
 勤務日で村越が自動開閉門を開けようと、戸外のボタンを押したときのことである。表の舗道で冗談にも美人とは言えないご近所の中年主婦、戸神佐知江と池島妙子が挨拶をしていた。まあ、それはいいとしても…と村越は思いながら見ていた。どうせ、無視(シカト)だろ! と少し怒(いか)り気分で思ったが、案の定、二人は村越の姿に気づくと無視し、避けるように家内へ引っ込んだ。その素早さといったら、尋常のものではなく、恰(あたか)も、素早い独楽(こま)ネズミのようであった。いつものことだから、さほど腹立たしくもなかったが、村越にすれば朝からどうも気分がよくない。それでも、かろうじて怒りを鎮め、村越は車を発進した。今朝、お抱え運転手の寺崎が気分が悪くなった・・と電話してきたからで、そのときは仕方ないな…と思った。すぐに他の運転手を回してくれ! と実家へ連絡を入れると、悪いときに悪いことは重なるもので、五人いる常駐運転手の誰もに空(あ)きがないという。村越にとって会社など、どうという所ではなく休めばよかったのだが、生憎(あいにく)、経済団体主催の親交ゴルフコンペがあり、父親に頼まれてそうもいかなかったのである。で仕方なく村越は、「今日だけだぞっ!」と、誰に言うでなく大声を発し、ハンドルを握る人になったのである。内心、村越はご近所と馴染(なじ)みたい…とは思っていた。だが、相手国が好戦的では村越としても厳戒体制で臨(のぞ)まねばならなかった。まるで、今朝のテレビに映っていた地中海だな…と、運転しながら村越は、ぶつくさ思った。道の途中で、いつもなら見える景観が消え、霧が俄(にわ)かに出てきて、車の視界を遮(さえぎ)った。村越はおやっ? と思った。霧が出ることなど、天気予報は言っていなかったからである。村越はヘッドライトを点灯させ、自転車並みの速度で走った。10分ばかり走り、会社まで残り半ばというところで霧は急に消えた。村越はやれやれ…と思った。しかし、その安堵(あんど)感は一時(いっとき)のことだった。
 会社へ着いたとき、驚愕(きょうがく)の光景を村越は目にした。エントランスに座って笑顔で出迎えてくれるはずの若い美人受付嬢の二人がいなかった。いや、いることはいたのだが、それは村越が今朝見た不美人の中年主婦、戸神佐知江と池島妙子の顔をした受付嬢だった。村越は瞬間、Oh! My God! これは夢だ…と思った。だが、夢とは思えない現実感が村越の感覚にはあった。二人は当然のように、村越を笑顔ではなく無視して視線を机上へ伏せた。
「おはよう!」
 社内で村越の方から声をかけるなどということは前代未聞の珍事だった。それが、現実に起こっていた。村越に馴染みたい…と思う深層心理が働いたのである。その瞬間、戸神と池島の顔が消え、いつもの若い美人受付嬢の笑顔に変化した。村越は目を擦(こす)った。
「おはようございます。…社長、どうかされました?」
 愛想よい笑顔で受付嬢が訊(たず)ねた。
「いや、なんでもない…」
 村越が社長室へ入り椅子へ座った途端、辺りは霧に閉ざされた。村越が、なんだ! と立ち上がると、不思議にも霧は一瞬で消えた。そこは出かける前の村越の自宅だった。村越は、ゾクッ! と寒気を覚えた。腕を見れば出たときの時間だった。まあ、仕方がない…と、村越は戸外へ出て、自動開閉門のボタンを押した。表の舗道では、戸神佐知江と池島妙子が挨拶をしていた。この光景は今朝あったはずだ…と村越は思った。そのとき、二人は村越の姿に気づいた。
「おはようございます! 村越さん」
 何かが違っていた。
「あっ! おはようございます!」
 村越は思わず笑顔で返し、馴染んでいた。

                          THE END


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不条理のアクシデント 第五十話  ひまわり荘   <再掲>

2014年08月06日 00時00分00秒 | #小説

 ひまわり荘の住人は朝、太陽が昇り始めると、どの部屋の者も一斉(いっせい)に起き出す。そして、日没とともに一斉に眠るのだ。太陽が顔を覗(のぞ)かせない日は一日中、眠るという奇妙な生活を繰り返していた。で、ややこしい日はどうなのか? といえば、それぞれが自由で、好きな時に起きて眠るというのが通例になっていた。当然、近所の住人達は異端視し、煙(けむ)い目で彼等を見ていた。ひまわり荘は下階が左右5室づつ並ぶ10室で、二階も同じ構造で作られて10室分あったから、計20室構造のアパートである。
 アパートの表はチラホラと野草が生える空き地になっている。朝、入口から出てきた一番、古株の寺崎が両手を広げながらストレッチを始めた。その少し前から軽めのストレッチをしているのが元林である。こちらも同じくらい古くからこのアパートに住んでいる。二人は仲のいい中年女だ。
「あ~~、いいお天気ですわねぇ!」
 寺崎が元林に声をかけた。
「ええ! ですわね」
 いつもの挨拶と見え、ストレッチをしながらスンナリと元林は返した。するとしぱらくして、一人の老人が、ゆったりと出てきた。高山である。この男は、ひまわり荘の大家(おおや)を兼ねた住人で、いわばアパートの長老的存在だった。高山は女性二人と少し離れたところでストレッチを始めた。
「おはようございます!!」 「おはようございます!!」
 寺崎と元林は同時に高山へ挨拶の言葉を投げた。
「ああ、おはようさんです!」
 高山も二人に声を返した。しばらくすると、残りの17人が全員、背広、カーディガン、ジャージ、割烹(かっぽう)着など様々な服装で無秩序に出てきた。しかし、空き地の決めごとのように男女にきっちり分かれていく。いつの間にか二集団に別たれ、身近な者と挨拶を適当に交わしながらそれぞれストレッチをやり始めた。このストレッチも各自各様に身体を動かしているから、傍目(はため)には実に不 揃(ふぞ)いで見苦しい。そんな他人の目はお構いなしの住人達だった。
 今日は決められた家賃納付日である。ところが、滞納してもひまわり荘では大家からの請求がない。いわば、自由納付の決まりになっていた。大家の高山はこのアパートをボランティア気分で貸していた。いつでも納められるときに納めて下さいという方針で、要は、あるとき払いの催促(さいそく)なし、というやつである。だから、借りてから一度も納めていないという住人も数名いた。高山も忘れるほどで、形ばかりの帳簿は作っていたが、計算をしたことがなかった。お金を徴収しないアパートとしてギネスに申請すれば、間違いなく登録されることは疑う余地がなかった。ただひとつ、高山は気に入った者にしか部屋を貸さなかった。書類審査とかではなく、早い話、肩書などはどうでもよく、人間性である。これは! と高山を唸(うな)らせれば、まあ、衣食住(いしょくじゅう)の住の心配は本人が出ていくと言わないかぎり一生、保障されたと言ってよかった。 
「皆さん、今朝は月終わりの晴れの日ですから、ご都合がよろしければお持ち下さい。待っております。ああ、お悪い方は結構ですよ。いつものように朝から夕方まで私はおりますから、好きなときにノックして下さい」
「と、いいますと、大家さんは今日もカップ麺ですか?」
「はい、その予定をしております」
 一同からドッ! と笑声が起こった。
「では、これで解散しましょう。その前に、いつものご唱和をお願いします。よろしいですか? …今日も和(なご)やか、ひまわり荘! はいっ!!」
「今日も和やか、ひまわり荘!!」 「今日も和やか、ひまわり荘!!」
 大家の高山に続き、全員が唱和する。
「明るく、のどかに暮らそうよ! はいっ!!」
「明るく、のどかに暮らそうよ!!」 「明るく、のどかに暮らそうよ!!」
 全員が、ふたたび唱和した。 
「皆さん、有難うございましたぁ~~!」
 高山が他の住人達にお辞儀すると、他の者達もお辞儀し、ざわつきながら解散していく。出勤する者[太陽が出ている日とややこしい日だけ勤務する条件付きアルバイト]、ジョギングをする者、趣味を楽しむ者、小説家を目指す者…種々、雑多だ。ひまわり荘の一日が始まった。

                               完


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不条理のアクシデント 第四十九話  十一段   <再掲>

2014年08月05日 00時00分00秒 | #小説

 プロ棋士二人による囲碁十段戦の対局が繰(く)り広げられている。辺りは静寂のみが支配し、時折り、パタパタと扇子を動かす音や記録係の読み上げる声などが小さく聞こえるだけで、あとは一切の気配がなかった。突然、後手番の平田十段の右手が動き、碁笥(ごけ)の白蛤(はまぐり)石がピシッ! と盤上に音高く打たれた。
「白18の4、ツケ」
 半分、睡魔に襲われウツラウツラと頭(こうべ)を垂れていた源田九段は、その石音にハッ! と目覚めた。うんっ? と打たれた白石を見つめると、次の瞬間、源田九段は那智黒石をより大きな音でピッシッ!! と盤上に打った。
「黒18の5、ハネ」
 すぐに平田十段の手が動いた。
「白18の3、ヒキ」
 記録係の声が静かに響く。盤上を見た源田九段が、ウッ! とひと声あげ、顎髭(あごひげ)に片手をやりながら揉(も)み始め、考え始めた。そして20分が経過したとき、考え倦(あぐ)ねた末(すえ)の源田九段は静かに黒石を一目(いちもく)盤上の隅に置き、対峙して座る平田十段に軽く頭を下げた。
「ありません…」
「えっ!?」
 平田十段は手の扇子を握りしめ、驚いた。時計係と記録係の二人も同時に「さあ?」と顔を見合わせ、首を傾(かし)げた。無言の時が束(つか)の間、流れた。歴史的な前代未聞の珍事が棋院で起きた一瞬だった。
「ひ、平田十段の中押し勝ちでございます…」
 平田十段はこの一番に勝ち、十段位を防衛したのである。
「いやぁ~参りました。平田十一段」
「はぁ?」
 平田は源田の言葉が解せず、顔を窺(うかが)った。それでなくても、なぜ源田が投了したのかが平田には皆目、分からなかったのだ。かねてより囲碁界では奇才の変人と言われる源田である。
「ははは…ジョーク、ジョークですよ。それじゃ、お先に…」
 顎髭をふたたび撫(な)でつけると、源田は席を立った。実はウツラウツラとしていたとき、源田九段は朧気(おぼろげ)に夢を見ていたのだった。その夢の中では雲の階段が続いていて、丁度、十段目が、やや広めの踊り場になっていた。そこには平田十段が悠然と笑顔で座っていて、源田九段を手招きしていた。源田九段は九段目の階段を踊り場へ昇ろうとするのだが、どうした訳か足が動かなかった。平田十段は、『それじゃ、お先に…』と言うと、立ち上がって十一段目の階段に昇り、腰をふたたび下ろした。そのとき、ピシッ! と石音がして、源田九段は束の間の夢から現実に戻されたのだった。夢の階段は十一、十二、十三段…と、ずっと続いていた。

                                  完


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不条理のアクシデント 第四十八話  腰かけ峠   <再掲>

2014年08月04日 00時00分00秒 | #小説

 今から数百年ほど前、とある山村に彦一という百姓が暮らしていた。その男が耕す田畑は、どういう訳か、山一つ越えたところにあった。いわゆる飛び地である。どうしてオラの田畑(でんばた)さ、山向こうにあんだ? と日頃から彦一は不思議でならなかった。彦一以外の村の者達は朝、田畑へ出て耕作し、昼になれば持参の昼飯を食べ、夕方前にまた家に帰れば事足りた。だが彦一の場合、そうはいかない。他の者達と同じ分の耕作をするには早く家を出て山を越えねばならないのだ。そして、山向こうにある田畑へ着いた早朝には、すぐ耕作を始める必要があった。だから、暗いうちから起きて朝飯用の握り飯を作らねばならなかった。朝飯は家を出て歩きながら齧(かじ)り、竹筒の水を飲んで渇きを癒(いや)した。しかも昼に飯を食らうのはいいが、八つ時には耕作をやめ、日暮れまでに家へ戻(もど)らねばならなかった。人の倍は働いたことになる。
 そんな日々を彦一が続けていたある日のことである。いつものように彦一は家を出て山の峠に差しかかった。あとは下りである。脚が勝手に下りて行くから、ほっとひと息つける気分になれるところだ。この峠は昔から腰かけ峠と呼ばれ、一度、腰を下ろすと天の使いが声をかけるまで立ち上がれない・・という腰かけ石の謂(いわ)れが伝わっていた。毎朝通る峠だから、彦一は当然、その腰かけ石の前を通った。しかし、村に伝わる謂れも知っていたから、彦一は見て見ぬ振りで通り過ぎるのだった。心では、そったら馬鹿な話だばねだ…と思いながらも、やはり怖さも手伝って通り過ぎていたのである。だが、その日は、少し彦一の気分が昂(たか)ぶっていた。同じ村に住む多恵という娘を嫁にする話が纏(まと)まったからである。彦一は浮かれていた。少し気分が昂ぶり過ぎ、峠に出た頃には疲れがどっと出た。そんなこともあり、彦一は腰かけ石に座ってしまったのである。すでに辺りは黄昏(たそが)れが迫っていた。しばらく座っていると、ようやく疲れも取れ、あとは下って村さ戻るだ・・と彦一が腰を上げようとしたときである。どうしたことか、彦一の身体は石に吸い寄せられたようにびくとも動かなかった。立とうとしても立てないのである。彦一の額(ひたい)に冷や汗が流れ始めた。そして、とうとう漆黒の暗闇が辺りを覆った。梟(ふくろう)の鳴く声がどこからか聞こえる。山下の村の灯りがチラホラと見えるのが彦一の唯一の救いだった。そのとき、一陣の風が舞った。赤い光が一瞬、輝き、声がした。
『なにをしておる、彦一よ! 浮かれるでない。この石に座ってはならぬ。今度(こたび)だけは日々の精進に免じて助けて遣(つか)わす。以後は、心せよ』
 声のあと、ふたたび赤い光が一瞬、輝き、風が舞った。彦一は嘘のように立つことが出来た。その後、彦一はその石には二度と座らず、妻と二人で幸せに暮らしたそうである。

                                完


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不条理のアクシデント 第四十七話  豆腐売り   <再掲>

2014年08月03日 00時00分00秒 | #小説

 今からもう、五十年ばかり前の話である。串木町にある細い路地伝いをいつも通る豆腐売りがいた。その年老いた豆腐売りの名は誰も知らなかったが、それでも滅法、美味(うま)いという評判が立ち、小一時間もすると、瞬く間に売り切れとなった。それもそのはずで、豆腐売りが自転車の荷台に積んで売るのだから、数は限られているのだ。豆腐だけでなく、油揚げも美味で好評だった。豆腐売りはすべて売れると音もなく消え去った。その気味悪さに、誰も豆腐売りのあとを追う者はいなかった。
 串木町には古くから祭られているお蔭(かげ)稲荷という小さな社(やしろ)があった。言い伝えによれば、人に助けられた狐がお礼にと、この辺りの住人を守っているのだという。なんでも、病気が退散したとか、枕元に狐火が燃えたとか・・話は十や二十では尽(つ)きず、人々は祠(ほこら)と社を奉納して参るようになったという話である。豆腐売りの油揚げや豆腐がすぐ売り切れたのも道理で、串木の住人はその買った油揚げをその社へ供えた。その油揚げは次の朝、綺麗に消えていた。
「ふん! どうせ、獣(けもの)かカラスの仕業(しわざ)に決まってる」
 串木の住人は誰彼となく、そう言った。
 ある日、またいつもの年老いた豆腐売りがどこからともなく現れた。自転車にはゴム球の先に金属製の笛が付いているラッパがあり、指でゴムを握ると、♪パプゥ~~、パプゥ~~♪と、鳴り響くのだった。その音がこの日も聞こえ出した。女房達は我先にと鍋を持って路地に急いだ。そして、この日もいつもより早めにすべてが売り切れとなった。
「ほんとに美味しいし、安いんで助かるわぁ~」
 一人の中年女がお世辞含みで言った。豆腐売りは手拭(ぬぐ)いを頭から顎(あご)にかけて巻いて括(くく)り、さらに薄汚れた帽子を阿弥陀に被(かぶ)っている。その頭を無言で軽く下げた。なにか話を期待していた中年女だったが、返事がないから黙って去った。皆が家へ戻ったのを見届けた豆腐売りは、辺りを見回すとスゥ~っと自転車とともに霞(かすみ)に変化(へんげ)した。それを二階の物干し台から見ていた男がいた。豆腐売りに声をかけた中年女の亭主である。どうも女房に豆腐屋が消える最後を見届けるように言われていた節(ふし)があった。男は霞の流れていく方角を目で追った。すると、霞はお蔭稲荷の鳥居の中へ入って消えた。男は妙だぞ? と訝(いぶか)った。その日の深夜、男はお蔭稲荷をじっと監視した。すると、誰もが寝静まった真夜中、一匹の狐が供えられた油揚げを自転車の荷台に積んだ箱へ入れ、木(こ)の葉を一枚置くとなにやら呪文をかけた。荷台の箱はたちまち白煙に覆(おお)われた。そして白煙が消えると、狐は箱の蓋(ふた)を開けた。箱の中には豆腐やら油揚げが一杯に入っていた。油揚げは供えられたものではなく、新しい油揚げに変化しているようだった。男は近づき過ぎて、滑(すべ)りそうになった。その音を狐は見逃さず、たちまち、自転車とともに姿を消した。
「まさか…」
「いや、ちげぇねぇ~!」
 亭主は女房に、かくかくしかじか…と一部始終を話した。次の日以降、豆腐売りは姿を見せなくなった。そして、供えられた油揚げも次の朝、そのまま残るようになった。
 そんな串木町のお蔭稲荷に纏(まつ)わる話を私は子供の頃、聞かされた記憶が残っている。

                               完


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不条理のアクシデント 第四十六話  選挙   <再掲>

2014年08月02日 00時00分00秒 | #小説

 竹谷は国政選挙を終えて帰ってきた。よく考えれば、今日しなければならないことはあった。だが、今まで行かなかったことはなかったから、台風が接近する中、惰性で行った・・というだけのことである。お蔭で傘が一本、強風で駄目になったが、まあ、買い替えようと思っていたからいいか…と軽く流した。竹谷は誰がいいとかは全く決めていた訳ではなかった。しかし、投票所へ行くことだけは前夜、決めていた。投票所へ入り選挙用紙を係員からもらい、鉛筆で記入した。昨日(きのう)、最後に耳に入った選挙演説の立候補者を書いた。なかなかいい声で演説が上手く、マスコミが注目していたから印象に残ったということもある。政策とかは、まったく竹谷の念頭になかった。
 帰って暖房を入れ、竹谷は温(あたた)かいココアを喉(のど)に流し込んだ。その途端、ふぅ~っと身体が和(なご)み、人心地ついた。
 深夜、選挙速報を見ながらふと、竹谷は思った。期日前投票が出きるのだから、当日だけじゃなく、三日ほど有効期間を設けたらどうなんだろう。そうすれば投票率も50%を下回ることがないんじゃないか…と。有効期間が三日の投票券である。一票の格差も確かに問題だが、民意を反映させるには制度も弄(いじ)らないと駄目だろうと、竹谷は、また思った。選挙のたびに一票の格差問題で選挙無効の訴えが起こる昨今だが、なんか足元を見忘れているように竹谷には思えた。
 仕事疲れからか、いつの間にか竹谷はウトウトした。竹谷は晴れ渡った青空を見ながら歩いていた。ポケットには選挙用紙があった。目の前に投票所が近づいてきた。不思議なことに投票所の方が竹谷の方へ近づいていた。竹谷は、おや? っと思い、立ち止った。投票所は竹谷の前、数mのところまで近づくと、ピタリ! と止まった。
『お待ちしておりました!』
 竹谷はギクッ! とした。総理大臣以下、テレビでよく見る顔がずらりと並んでいた。竹谷は、まるで自分が国賓(こくひん)待遇にでもなった気分がした。そのとき、電話が鳴る音がした。竹谷は懐(ふところ)へ入れた携帯を弄(まさぐ)ったがバイブはしていなかった。辺りを見回したとき、建物や人々の姿がぼやけ、意識が遠 退(の)いた。
 竹谷が気づくと、部屋の電話が鳴っていた。竹谷は夢を見ていたのだった。
『お待ちしております!』
「えっ?! どちらさまで…」
『先ほど投票所前でお会いしましたが…』
 話のあと、笑い声がした。竹谷は、そんな馬鹿な! と思った。そしてゾクッ! と身体に寒気(さむけ)を覚え、怖くなった。

                                完


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