ごんつまのあかるく・たのしく♪

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京都「壬生寺・節分会」で「壬生狂言」♪

2024-02-05 16:08:11 | お出かけ・京都市

きょうは朝から 冷たい雨が降り続いてます、、、

 

一昨日の節分の日は壬生寺」節分会へ・・・壬生狂言を拝観してきました。

鑑真和上縁の律宗・壬生寺は正暦二年(九九一)、快賢僧都によって創建された。本尊は延命地蔵菩薩(重文) であり、古来より地蔵信仰とともに、厄除・開運の寺として庶民の信仰を集め、二月の厄除け節分会は、約九百年もの歴史をもつ行事である。また、幕末に活躍した新選組ゆかりの寺としても知ら れ、境内の壬生塚には隊士の墓塔を祀っている。

 

少し長くなりますが「壬生寺 境内」のことを・・・

昨年の9月、用があって出かけた京都で孫と散歩がてらに出かけた「壬生寺」

露店が並んで境内の様子は撮れなくて・・・9月26日の未投稿の画像を載せます!

仏光寺通から行くと

「南門」へ・・・

左に「千体仏塔」

「鐘楼」

「本堂」

「水かけ地蔵」

「弁天堂」

「手水舎」「中院」

「阿弥陀堂」

阿弥陀堂の奥に、新選組隊士のお墓があります。孫と二人で出かけたので入りませんでしたが・・・

「表門」から出て

「表門」を

ここまでが昨年の画像です!

 

そして・・・2月3日のことを・・・

凄い人出です~

人が多くて写真が撮れません~

「壬生狂言」入口には、5時からの開演に並んでいる方も!

どこが舞台なのかわからず横に廻って見てきました!左奥が狂言舞台!右側上から観劇!

5時開演!の一時間前の午後4時から並んで、4時半に開場!

太鼓と鉦、笛だけの演奏!無言劇です、、、

壬生狂言について

壬生狂言は、正しくは「壬生大念佛狂言」と言います。「壬生さんのカンデンデン」という愛称と共に、古来から京の庶民大衆に親しまれてきました。この壬生狂言は今から700年前の鎌倉時代、壬生寺を大いに興隆した円覚上人(1223~1311)が創始されたものです。

  • 壬生狂言は鎌倉時代に円覚上人(えんがくしょうにん)が始め、700年以上の歴史があります。壬生狂言は無言の宗教劇(仏教パントマイム)で、「壬生さんのカンデンデン」とも言われ、1976年(昭和51年)に国の重要無形民俗文化財に指定されています。なお壬生狂言はゑんま堂大念仏狂言(千本ゑんま堂)・嵯峨大念仏狂言(嵯峨釈迦堂)とともに京の三大狂言に数えられています。

【壬生寺節分会 イベント】
★2日・3日17:00・18:00・19:00・20:00から壬生狂言(無料)が行われます。

【壬生寺節分会 歴史・簡単概要】

壬生寺節分会(せつぶんえ)は平安時代後期に第72代・白河天皇(しらかわてんのう・1053年~1129年)の発願によって始められ、950年以上の歴史があります。節分会は例年節分(立春の前日)とその前日・後日に行われています。(節分は毎年2月3日ではなく、変動する場合があります。)節分会では本尊・延命地蔵菩薩(えんめいじぞうぼさつ)像(重要文化財)に除災・招福を祈願します。

壬生狂言30番のうち「節分」のみを4回上演します

販売していた

節分

節分とは、本来、季節の分かれ目という意味で一年に四回もあるが、一般にいう節分の日とは2月の立春の前日をいう。この日の夜、鬼が嫌うという豆を「福は内、鬼は外」と唱えながらまいて、鬼を追い払うという習慣がある。毎年2月の壬生寺節分会は、寺の最大行事で、十数万人もの参詣人で賑わうが、この壬生狂言の『節分』を節分会に繰返し上演して、参詣人の厄除招福を祈願している。この狂言は「鬼 (病気、災厄や貧困など様々な不幸)を招く甘い誘惑に負けずに、マメ(まじめに、こつこつ)に働くことによってこそ、福徳は得られるものである」ことを教えた狂言で、後家が鬼を追っ払った後は、鬼の小槌や着物も消え失せ、後家はそれが危険な誘惑であったと悟るのである。

pic04

撮影禁止!です!(画像はHPよりお借りしました)

初めての観劇でしたが、無言劇に引きこまれどこで鬼と気がつくのかな?とワクワク~しながらの40分!

上の画像がラスト!鬼を追い払うシーンです

この場面で拍手大喝采とても素晴らしい壬生狂言に興奮がおさまらず帰途に着きました!

次回は「春の大念仏会」(有料) 4/29~5/5   午後1時~午後5時半頃まで、5日のみ夜の部6時~10時頃まで)

「秋の特別公開」が10月の連休に!是非観てみたいです~



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