(パウエルFRB議長)

12月21日、今年4回目の利上げに踏み切った米連邦準備理事会(FRB)だが、金融政策が政治問題化しつつある中で、来年の政策運営に関する不透明性は顕著に高まっている、と野村総研の井上氏は説く。写真は19日、ワシントンで記者会見するパウエルFRB議長(2018年 ロイター/Yuri Gripas)
① ""コラム:「自動操縦」と決別したFRBに必要な対話見直し=井上哲也氏""
2018年12月21日 / 16:56 / 2日前
井上哲也 野村総合研究所 金融イノベーション研究部主席研究員
[東京 21日] -
米連邦準備理事会(FRB)は、19日まで開いた連邦公開市場委員会(FOMC)で2018年4回目の利上げを決定した。そのこと自体は広く予想されていた通りであったが、一方で来年の政策運営に関する不透明性は顕著に高まっている。
つまり、慎重ながらも利上げ継続を標榜するパウエルFRB議長に対し、トランプ大統領をはじめとする政権幹部が批判を強めているため、金融政策が政治問題化しつつある。それに加え、こうした批判が特定の利害に基づく主張ばかりでなく、一定の真実を含んでいる点も、金融市場から見た政策運営の不透明性を高めている。
パウエル議長も記者会見で認めたように、企業活動を中心に減速感が生じているほか、経営者のマインドが慎重になっていることは事実である。金融環境も、ドル高や株価の大幅な調整、クレジットスプレッド拡大などによって、タイトな方向へ変化している。もちろん、これらの背後には、欧州や中国をはじめとする海外経済の減速に対する警戒が存在する。
🌸 <副作用を深刻化する2つの要素>
パウエル議長もこうした外部環境を意識し、だからこそ今後の政策運営が「経済指標の内容次第(data dependent)」である点を記者会見で強調した。それは、これまでのような「特段の問題が生じなければ緩やかな利上げを継続する」という「自動操縦」との決別を意味する。
ただし、こうしたシフトは必ずしも円滑に進まない恐れがある。頻繁に発表される多様な経済指標に金融市場が振り回され、その都度FRBの政策運営の先行き予想が大きく変化すれば、金融市場のボラティリティが必要以上に高まるリスクがあるからだ。
「経済指標次第」な政策運営がこうした副作用を伴うこと自体は、特に今回の米国に固有の問題ではない。しかし、現在の米国には問題を深刻化させかねない2つの要素が存在する。
☀ 第1の要素は、FRBが雇用の最大化と物価安定という2つの目標を既に実質的に達成していることである。
☀ とするならば、目標は現状を維持することになります。
FRBの金融政策が「経済指標次第」で運営される場合、雇用と物価に関連する指標に特に注目すべきことは言うまでもない。しかし、雇用については、足元の失業率が極めて低位であるだけに、今後は多少上昇して「長期」の水準に収れんすることが考えられる。物価についても、総合インフレ率も生鮮食品を除いたコアインフレ率もおおむね2%に達したが、そこから上昇が加速する蓋然性も低い。
実は、FOMCメンバーも今回改訂した経済見通しで、失業率やインフレ率が通常の景気循環とはやや異なる動きを示す可能性を示唆している。FRBが既に政策目標を達成しているだけに、前述した2つの目標に関する経済指標の動きだけから政策運営を推測することは難しく、金融市場が多様な指標に振り回されるリスクが一層高まる。
第2の要素は、FRBが世界金融危機以来、金融市場を特定の方向に導くタイプの政策を長期にわたって多用してきたことである。
つまり、世界金融危機以降の金融緩和と「正常化」の双方の局面を通じて、FRBはフォワードガイダンスを始めとした今後の政策運営に関するさまざまな「予告」を行ってきており、金融市場もそれに追随することに慣れている。
それだけに、金融市場が経済指標の発するメッセージを適切に読み取り、それを基にFRBの政策運営を適切に予測できるようになるには、相応の時間とコストを要する可能性がある。
🌸 <コミュニケーションの見直し>
そうした点から、FRBが金融政策に関するコミュニケーションの見直しについての議論を今年秋に開始し、2019年半ばをめどにその成果を実現すると表明していることは注目に値する。
利上げ継続がさまざまなコスト負担を伴うだけに、当初この取り組みには、金融市場だけでなく企業や家計も含めた幅広い理解を得る狙いがあったようだ。しかし、今後の追加利上げの幅や期間が従来に比べて縮小しただけに、そうした趣旨の重要性は低下した。
それでも、「経済指標次第」な政策運営の難しさや、2019年に利上げの減速や停止が必要となる可能性があることを考えれば、金融市場に対するコミュニケーションを再検討することはむしろ重要になっている。
その際に注意すべきことは、「経済指標次第」で政策を行う以上、FRB自身にはゼロ金利政策をひたすら維持したり、政策金利を中立水準にまで徐々に戻したりする際のような固定的な目標やめどが存在しないことである。存在しない以上、コミュニケーションの方法をどう工夫しても、金融市場に示すことはできない。
FRBが伝えることができるのは、金融経済情勢の判断とそれに基づく政策運営の考え方である。このうち前者については、経験則の上でも実証分析からも明らかになっているように、常にFRBが正しいとは限らず、金融市場や企業の方が正確である場合も少なくない。この点は、政策当局が情報優位に立ちやすい金融危機ではない、平時には尚更そうだろう。
従ってFRBには、金融経済情勢の判断を一方的に示すだけでなく、それに対する反応を読み取ることも含めた双方向のコミュニケーションが重要になる。FRBは、国債のプライマリー・ディーラーのような金融市場の伝統的プレーヤーや、地区連銀を通じて地域の有力企業との間で、さまざまな情報交換の枠組みを有している。今の局面では、これらに加えて金融市場と産業界の新興勢力も取り込むことが重要であるように感じている。
一方、政策運営の考え方については、FRBにとって発信方向のウエイトが高くなる。ただし、「経済指標次第」である以上、例えば、「来年末の政策金利は3%」といった固定的かつ具体的な情報として示すことは相容れない。金融経済の先行きについて、一定の蓋然性を有する見通しの幅を示した上で、政策対応をそれらに条件付ける形で示すことが求められる。
金融経済の先行きに関する無数のシナリオを提示し、それらの一つ一つに発生確率とその場合の政策対応を紐付けることができれば合理的だろうが、実用的ではない。代わりに、例えば政策金利の先行きについて、リスクの程度やその方向性を示すことが現実的だろう。
それができるだけでも、FRBメンバーによる金利予想(ドット・チャート)の課題としてパウエル議長が今回の記者会見で指摘した、「平均値」に対する金融市場の過度な着目の是正につながり、FRBと金融市場がともに金融経済の基調に対する理解を共有することを助けるであろう。
FRBにとっては、「経済指標次第」とする政策運営に限らず、また金融市場だけでなく企業や家計も含め、金融政策そのものについて全般的に理解を深めてもらうことも、引続き重要だと付言しておきたい。
具体的な手段として、まずは、世界金融危機後にバーナンキ元FRB議長が行ったような企業経営者や学生などとのタウンミーティングの定期化や、イングランド銀行(英中央銀行)が試行しているような一般向けの情報発信の充実などが想定される。
それにより、利上げであれ金融緩和であれ、金融政策効果のより効率的な波及につながるだけでなく、有権者が適切な見識を有することで、現在起きているような政策運営に対する政治介入を抑制する効果も期待できる。こうした点から、長期的な意味でもFRBにとって意味のある取り組みとなろう。
井上哲也氏
*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。
*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています
※ パウエル議長については、まだ、就任してからの期間が短く、どのような人物で、
また、どのような政策運営をするのか不明な部分が多くありました。ただ、今回の
一連の決定、動きで徐々に判って来た面があります。
少なくとも凡太郎には、前任者たちのグリーンスパン氏、イエレン氏と際立った
金融政策の相違はないと考えています。ただ、今までの言い方をすれば、少しタカ派
という印象です。
むしろ、相違と言うならば、市場との対話を重視してきた二人と違って、まず、
実際の指標・データーに語らせよ!というタイプの人間で、若干、コミュニケーション
不足と言う感じを受けるだけです。それは、市場関係者に限らずボスのトランプ大統領
に対してもあると感じます。もっともボスは説明を素直に聞くようなタイプではあり
ませんが…。
という事で、後、半年もすれば、パウエル流にも市場関係者は慣れて来ると思い
ます。そして、本当のリスクはトランプ大統領自身です。唯我独尊で、アメリカ
ファーストで敵対者を大量生産しているような政策の弊害に、今後、適切に対応できる
かどうかにあると思います。