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トランプ政権によるウクライナ・ロシアの和平交渉が進んでいる。2月18日(日本時間19日)にもサウジアラビアでアメリカ・ロシアの高官協議が開催されると報道されている。
このトランプのやり方に、ヨーロッパ諸国は「ウクライナへの裏切り」だと非難した。また、事実上相手にされていないウクライナのゼレンスキーは、「欧州軍」を作って、自分たちを助けてくれとヨーロッパ諸国に懇願している。
トランプの和平交渉は、実現には紆余教説が予想される。ゼレンスキーもヨーロッパ諸国も、現段階での和平は、ロシア占領地域の永続化になり、さらにプーチンの侵略行為がここで終わるとは考えていないので、原則的には和平に反対しているからである。
しかし、ウクライナは、欧米の軍事支援なしでは、戦争を継続できないので、戦争を継続するかどうかの決定権は、実際にはゼレンスキーにはない。いくら徹底抗戦を叫んでも、ウクライナ単独では、軍事経済体制をひいたロシアには太刀打ちできない。また、アメリカなしのNATO諸国がいくら軍事支援を継続すると大声を出したところで、今のヨーロッパ諸国の軍事物資生産能力では、抜けたアメリカの軍事支援を補う不可能である。ヨーロッパ諸国は、政治的にも経済的にも、現実の大規模戦争を想定した軍需生産体制にはなっていないのである。それを考えれば、紆余曲折があったとしても、ウクライナもヨーロッパ諸国も、ロシア有利とみられている和平案に渋々、従わざるを得ないだろう。
ヨーロッパ諸国の結束
しかし、和平交渉の行方がどうであれ、もうこれ以上、ウクライナ支援にアメリカのカネは使いたくないというトランプの「アメリカファースト」が変わることはない。トランプ政権は、ヨーロッパ諸国はこれ以上、アメリカの安全保障に頼るべきでなく、自分たちの防衛は自分たちのカネで賄えと言っている。アメリカは、GDPの3.4%の軍事費を使い、ヨーロッパ諸国を防衛してきたが、ヨーロッパ諸国の軍事費はGDP2%弱であり、アメリカだけが多額の軍事費を使うのは不公平だということである。トランプ政権は、ヨーロッパ諸国は軍事費をGDPの5%と大幅に増加させるべきだと主張している。
この状況で、フランスのマクロン大統領は、2月17日、ヨーロッパ諸国首脳をパリに集め、緊急会談協議を実施した。そこには、フランス、ドイツ、ポーランド、イタリア、スペイン、デンマーク、英国、NATOとEU委員会およびEU理事会の首脳が集合した。そこで、EUのフォン・デア・ライエン委員長は、欧州の安全保障は「転換点にある。確かにこれはウクライナの問題だが、我々の問題でもある。我々は緊急性を重視し、防衛力の増強が必要だ。そして今、その両方が必要なのだ」 と述べた。今後、ヨーロッパの安全保障にはアメリカを頼れないので、自分たちで守るしかない、ということである。
そして、ウクライナ和平が達成された後には、ウクライナの安全保障をヨーロッパ諸国が担うという主張が、度々報道されるようになった。ゼレンスキーの「欧州軍」の懇願も、それを踏まえたものである。そこでは、ウクライナにNATOとしてでなく、ヨーロッパ各国が平和維持軍として、軍を駐留させる案が浮上している。ロシアは、ウクライナのNATO加盟を断固拒否するが、それは、アメリカの巨大な軍事力を恐れているのであり、ヨーロッパの軍事力程度なら、駐留を容認する可能性があるからである。
ヨーロッパの瓦解
いずれにしても、ヨーロッパ諸国は軍事費を大幅に増額せざるを得ない状況に陥っているのである。上記の協議でも、各国は軍事費の増額を確認した。例えば、ヨーロッパで最大の経済大国であり、ウクライナへの支援で、アメリカに次ぐ規模の軍事支援を行っているドイツは、2024年にようやく軍事費GDP2%超えを達成した。それでも、トランプの5%要求には遥かに遠く、NATOのルッテ事務総長も、大幅に増額する必要性を強調している。
ドイツの場合は、左派党Die Linkeとそこから分派したザーネンクネヒト同盟BSW以外の、極右のドイツのための選択肢AfDも含め、主要政党は増額に賛成している。しかし、軍事費の大幅な増額は、別の問題を引き起こす。財政規律の破綻もしくは、社会保障費の大幅な減額である。
ドイツの社会保障給付費は、GDP比で26.2%だが、アメリカは19.1%に過ぎない(厚生労働省2001年度)。要するに、軍事大国のアメリカと異なり、ドイツは軍事費が少ない代わりに、社会保障費が多いのである。勿論、これはヨーロッパが全体的に社会福祉を重視した政策をとってきたせいであり、アメリカと比較すれば、ほとんどのヨーロッパ諸国はこの傾向にある。
財政に最も多く占める社会保障費を減額せずに、 軍事費を増額するには、国債の増額等による、政府債務つまり借金を増やすしか方法はない。しかし、それでは財政規律は破綻し、国債の信用低下による暴落、ひいてはリーマンショックのような民間金融システムの破綻を引き起こしかねない。社会保障費を減額すれば、ただでさえ、ヨーロッパ諸国は、ドイツに代表されるように景気低迷下にあり、移民問題に加え、物価高騰、失業率の増加で国民生活は窮乏しているのであり、社会の混乱は必至とならざるを得ない。
恐らくは、軍事費の増額は至上命令であり、各国は国債のいくらかの増額と小幅な社会保障費の減額でやり過ごそうとするだろう。その場合でも、国民生活は圧迫される。ヨーロッパ諸国の極右政党は、ドイツのAfDのように、支持率を上昇させている。そこに、さらなる国民生活の窮乏化が進めば、現在の政権党である中道右派・左派は、極右政党に政権を譲り渡すことになるのは明らかである。アメリカでは、極右のトランプ政権が二度目に入った。ヨーロッパでも、極右政権が続々と誕生する可能性が大きい。国民生活の混乱に加え、治安は悪化し、政治的には、極右、リベラル中道派、急進左派の間の闘争は激しさをますだろう。
文化人類学者のエマニュエル・トッドは「西洋の没落」で、ヨーロッパの衰退を指摘している。ドイツマックスプランク研究所の経済社会学者のヴォルフガング・シュトレークは、「時間稼ぎの資本主義」や「資本主義はどう終わるのか」で、欧米が主導する民主的資本主義の矛盾は「先送り」されているだけで、何ら解決しておらず、いつの日か「資本主義は終わる」と言う。ことのほか、その日は、近いのかもしれない。少なくとも、民主的資本主義を標榜するヨーロッパでは。
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