白井健康元気村

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日本の温泉は安全なのか?!  トゥー博士が教える温泉の毒物学

2021-09-24 06:00:00 | アンソニー・トゥー(杜祖健)


日本の温泉は安全なのか?!
トゥー博士が教える温泉の毒物学

 

コロラド州立大学名誉教授のアンソニー・トゥー(杜祖健)博士は、サリン事件解決に貢献した毒物研究の世界的権威ですが、日本に来るたびに各地の温泉を訪れる温泉好き。そんなトゥー博士ですが、温泉には危険性もあるとか。はたしてどんな危険があるというのでしょうか。気になって仕方がありません。博士は2017年発行の『温泉化学』(67巻)に「日本の温泉の毒性学」を寄稿しています。それに手を加えたのが、榕樹会の会報『榕樹文化』(2021年秋季―22年新年号)に載せた「温泉の毒性学」。なにしろ温泉好きの多い日本人です。そんなわけで、本ブログに転載しました。専門用語があちこちに出てきて難解かもしれませんが、健康長寿のためにゆっくりとお読みください。(本ブログ編集人・山本徳造)


温泉の毒性学
杜祖健

 

 温泉は日本でも台湾でも人気があり、温泉旅行は誰でもの楽しみの一つである。
 私は台湾で北投温泉、草山(陽明山)温泉、礁渓温泉、関子嶺温泉、台東にある温泉にいった。日本では北海道から九州の至る所にある温泉を訪ねて楽しんだ。私は日本でも有名な草津温泉に行った。そこの温泉風呂に書置きがある。長い間湯につかっていけない。硫化水素があるから注意しろと書いていた。
 それから多くの日本の温泉に温泉の水を飲みなさいという看板が出ていることもある。温泉というのは地面から湧き出た温度の高い水である。適当な温度では気持ちのいいもである。温泉水を飲めというのはちょっとためらいがあった。また温泉によってはラジウム温泉とでかでかと広告をしている。ラジウムは放射線を出すので体に有害のはずである。
 それでも私は温泉が好きでよく行くが、温泉にも場合によっては害があるのではないかと思うようになった。2017年に日本温泉学会会長の佐々木先生に頼まれて9月那須で開かれる日本温泉学会で「温泉の毒性学」について講演してくれないかという要請を受けた。頼まれるとそれについて調べるので、自分の勉強にもなるので私は承諾した。学会は2017年9月7日と8日にわたって開かれた。大部分の講義は温泉はいいというところを強調しているのが多かった。それで私だけが温泉の悪いところを講演するのはちょっとしたためらいもあった。しかしアメリカで準備したパワーポイントで温泉の害、硫化水素、温泉の中に溶け込んでいるミネラルと放射線について述べた。
温泉を別に恐ろしがる必要はないが、こういう害もありうるのだと知っていれば、温泉をもっと安全に楽しめるのではないかと思う。
 温泉には火山性と非火山性がある。日本は火山の国なので温泉というとすぐに火山と関係あるものだと思ってしまう。非火山性の温泉は地中を深く掘ればやはり温泉が出るものである。それで東京にも沖縄にも温泉がある。地面を深く掘り、地球の内部のマグマに近くなると結構熱い水が得られる。アメリカでは今それを利用して家を暖めたり、フローアをいつも暖かな状態にするように実用化されている。日本ではこれを「地中熱利用」と言っている。
 温泉というと皆陸上の暖かい水と思いがちであるが、別に陸でなくても深海の底からも温泉がわき出でているのである。深海の底だと温度は極端に低く、水圧もべらぼうに高い。しかし温泉のわき出でる深海の温泉は熱水(約200℃)である。そんな特殊な環境で育つ細菌、動物、植物もある。
 火山性や非火山性の温泉はつまるところ水が地面の中から来ることには変わりがない。地中にはいろいろな物質がある。それで温泉水は当然ながらいろいろな物質を含んでいることにはすぐ了解できる。土地はどの場所も含んでいる成分が同一でない。場所によって含んでるものに大きな差があることもある。こうして見ると温泉の水に差があっても別に不思議ではない。

硫化水素

 硫化水素というと何か特殊な化合物で私達の生活とあまり関係がないと思いがちであるが、我々の身近にある温泉と深い関係が有る。硫化水素は温泉地で良く存在するが、温泉と関係なくても良く窪地や鉱山でも見かけるものである。
 温泉地に行くとツーンと軽く鼻を刺激することがある。これは硫化水素 (H₂S)のにおいである。温泉の湯気には亜硫酸ガス、二酸化硫黄 (S0₂)も硫化水素も含まれている。温泉は高熱で硫黄を含んだ特殊環境ともいえる。しかしその特殊環境で生きている細菌もある。例として硫黄酸化細菌でThiobacillus thiooxidansという菌株がある。これは硫黄を酸化してそのエネルギーで生きてゆくのである。結果として最終化合物硫酸が生成されるのでpHがぐっと低くなりpHが 1.0位にもなる。こういう強い酸の状態では普通の細菌は生存しない。しかし高温でしかも低いpHでも生存する細菌が温泉にはある。これらの細菌を「好熱好酸性菌」と呼び、Alicyclobacillus属を例に挙げることができる。これでもわかるように暖かい温泉は人間だけが好むだけでなく、上述の変わった細菌も温泉を好むのである。
 硫化水素は微量でも0.00040ppmで異臭を感ずるので、温泉の臭いは主に硫化水
素による。濃度が濃いと硫化水素は危険で全身的や局部的な毒性を現す。僅か 0.1-0.2%の濃度で人を致死させる。毒性の原因はS²⁻(-2価)が体内のシトクロム酸化酵素(シトクロムオキシダーゼ)系のヘムと結合するので、酸素が結合しなくなるためである。局所の毒作用は目、皮膚粘膜を刺激するので痛みを感ずる。全身に対する作用は呼吸困難、頭痛、めまい、肺浮腫、低血圧、不整脈、昏睡、嘔吐(おうと)などがある。
 硫化水素は空気中で徐々に亜硫酸になり最終的には硫酸になるが、ごく少量では健康に害するほどではない。しかし硫化水素を嗅ぎ続けると臭覚がマヒしてしまい、高濃度の硫化水素が来ても気が付かなくなることが起き、硫化水素の多い温泉では要注意である。
 治療は亜硫酸塩で、そのメカニズムはヘモグロビンの2価の鉄を3価に酸化して、硫化物に対して3価のヘム鉄と競合させるためである。これはすぐにしないと効かない。酸素被害者を風通しのいいところに寝かせるべきである。
 硫化水素は化学的に見て水の構造式と似ている。SとОは周期表上で同じ族に属しているため、H₂SはH₂0と化学構造式(下記)が似ているが、H₂0が常温で液体であるのに対し、H₂Sは気体で存在する。

 

      :О:                  :S:
      /  \                   /  \ 
      H  H                 H  H

 

 この違いはSとОの電気陰性度の違いによる。水分子の酸素Оの電気陰性度は高い(3.5)ので分子間力が強く、常温で水は液体になる。
 一方、H₂SのSは電気陰性度が低い(2.5)ので分子間力が弱く、分子 同士で引っ張り合わないので常温では気体なのである。H₂SとH₂0のこの分子間力の差は、沸点の違いでもわかる。(H₂0は100℃、H₂Sは-60.7℃)。こういうわけで、H₂Sは地球の極寒地でも気体のままである。
 H₂Sは無色の気体で燃焼する。H₂Sと空気の混合気体は燃焼して爆発することがあるので危険である。H₂Sは空気より重たい(1.19倍)ので、低地の窪地に残ることがある。よく野外の窪地や洞窟の中に入って、人や動物が死亡することがある。これはH₂Sがそこにたまっていたためである。
 H₂Sは非常に弱い酸である。水溶液では、以下のように二塩基酸として、プロトンを二つ与える。

  H₂S⇆H⁺+HS⁻   pKa=7.02
  HS⁻⇆H⁺十S²⁻   pKa=13.9

 通常、H₂Sの水溶液は無色であるが、長い問経つと濁ってくる。それは S²⁻、HS⁻がしだいに酸化されて固体のSとなり沈殿物が水に浮遊するからである。水は液体に対して硫化水素は気体である。その原因はSとОの電気陰性度の違いによる。Sは電気陰性度が低いのでHとSが引き合わないので、常温で硫化水素は気体である。硫化水素のbpは-61℃であるので、いつでも気体である。
 どの温泉も硫化水素が同じような濃度であるわけではなく、場所によって差がある。2016年環境省の調査結果では全国の温泉で33浴槽が国の基準値を超えていたことが判明した。その内訳は北海道が7、青森県が4、山形県が6、青森市が3であった。これは最近調べられた結果であり、実際に硫化水素を発生する浴槽 は日本全国で6434か所とみられている。実際に温泉で硫化水素による死亡や意識 が不明になった例もあるから、温泉に行ったときはそこの温泉に特に注意することがあるか知ることが大事である。環境省として今は調査中で、まだ硫化水素に対する規定までには至っていない。要は換気が必要であり、閉め切った浴槽での長い時間での温泉に浸かることは硫化水素のある温泉では禁物である。
 私が草津温泉に入ったときに、浴槽のそばにタイマーが置いてあり、お湯に2分以上つかるなと書いていた。草津の温泉は名湯として有名であるが、浴槽や季節よっては硫化水素の量が多い場合がある。それだからといって、温泉に行かないという心配はいらない。注意をしてその場の温泉の特徴を了解すれば結構楽しむことができるのである。私は草津温泉が好きで2回ほど行った。

温泉の成分

 温泉は地面の中から地表に出てきた水であるので、途中でいろいろなものを溶か して出来るわけである。ここではアメリカで有名なイエローストン温泉を例にあげながら説明しよう。イエローストンは広大な場所が温泉が至る所で高度の温泉の水がブクブクとの音を立てながら沸騰している。中には一定の時間ごとに地上10mぐらいの高さにまで吹き上げる間欠泉があったりする。ここではとても温泉に浸かるというわけにはいかなない。イエローストンの温泉は浸かるよりもみて楽しむ温泉である。アメリカの別な所では日本と同じように温泉に浸かって楽しむ所も結構多い。
 我々が温泉を楽しむときは、あまりその成分について気に掛けることがない。 しかし温泉には当然ながらあらゆる違った成分が場所によって異なるのは自然の理である。イエローストンの温泉は有毒な水銀をよく含んでいる。
 それでイエローストンの温泉は水銀による空気汚染の一役を果たしている。この水銀は特に有毒なメチール水銀 CH₃HgX(XはC1など)が多く含まれているので、体の中に入りやすい。イエローストンはまたGelserで有名で地下から温泉水を空中にと出している。
 別府の温泉周りをした人は気が付くであろうが、血のような真っ赤な温泉の池もある。これは鉄分が特に多いためである。
 このように温泉によってミネラルを多く含むが、これらが乾燥すると多種のミネラルの沈殿物となり、有用鉱物特に希少金属を採取することができる。 ウラジオストクの近郊にある温泉では鉱物採鉱の場所になっている。台湾の北投温泉の地獄谷では温泉の蒸気が乾燥して、黄色い硫黄が露出しているので昔から硫黄を採取されている。
 台湾の記録を見ると硫黄の採集は清の時代からヨーロッパ人によって採掘輸出されていた。温泉の源泉では硫黄が黄色くなっていて、これはかなり純粋な硫黄なのである。同じミネラルでも硫黄のように人間に有用な場合もあるのである。

温泉と放射線

 自然に出る放射線は温泉だけと思う人がいるがこれはまちがいである。放射線は地中、地上の至る所にある。
 温泉の水にも普通の水にもいずれとも放射性物質のラドンRnを含んでいる。ラドンはどこから来たかというとウランUが自然崩壊してラジウムRaとなり、そのラジウムが崩壊したものがラドンである。ラドンは放射性物質でα線を放出する。ラドンは希ガス元素であるが水によく溶けて、地中どこでも見られる。α線はγ線やβ線に比べてエネルギーが高いので生体物質と接触すると害を与える。しかし幸いなことに透過力が極度に弱い。紙1枚で差し押さえられる (図1)。


▲図1 α,β,7線 と中性子線の透過力の比較

 

 しかし、ラドンは水に溶けても希ガス元素なので空気中に漂う。それを人が吸うと肺に入りそこで密着する。つまり温泉に浸かって水の中にあるラドンが放射されて体に当たってもα線の透過力が小さいので害はほとんどないと言える。問題は温泉の湯気と一緒に浮遊しているラドンを吸うと、ラドンは体の中で我々の組織を中から放射して害を与えるということである。勿論我々 の体は入ってきたラドンを30分間の間に約半分を尿として排泄するので、ラドンによる害は思ったより小さい。
 しかし世界保健機構、WHОはラドンによる放射線が肺がんの主な原因であると警告している。よく日本で温泉の広告として「からだにいい放射線の温泉」とか「ラジウムの多い温泉」と堂々と広告しているところもある。これは世界保健機構の主張するところと全く反対である。我々は年中温泉に浸かるわけでもないから、仮に温泉の放射線に害があっても、短時間の間だけ接触するので害はほとんど無しに近いものと思うのでそんなに神経質にならず、温泉に気持ちよく浸かるのが大事ではないかと思う。ラドンはラジウムから来て、そのラジウムはウランから来た。しかし温泉の中には放射線を出す石があり、特に有名なのが台湾の北投温泉で取れた北投石による。北投石の組成は(Ba,Pb)S04で世界では北投温泉と日本の玉川温泉(秋田県)にあるのみである。

温泉は飲用水として適当か

 日本の温泉を訪ねると時々飲用水として温泉の水を飲めという看板を見ることがある。果たして飲んでいいのだろうか。
 温泉は弱アルカリ性のもあれば弱酸性のもある。これなら飲んでも問題はない。しかし多くはないが、温泉の中には強酸性のもある。日本で一番酸性の強い温泉は玉川温で、pHがなんと1.05である。これぐらいだと自動車のバッテリーの塩酸がそれぐらいである。そんな強い酸性の温泉は飲んでいけないのは一目瞭然である。飲んでいけないのみならず、これらの温泉で顔を洗っていけないのは当然である。顔をこんな酸性の強い温泉水で洗うと目の中に入り痛めるからである。仮に温泉風呂に入っても長湯は禁物であり、中で体をこすってもいけない。皮膚がただれるからである。だいぶ昔の話であるが、玉川温泉の水を薄めるため、田沢湖に入れた。結果は田沢湖に生息していた多くの魚が死亡した。昔は一時玉川毒水と呼ばれていたこともあった。
 温泉は地面の中から来た天然の水なので、多くのミネラルを含んでいる。温泉の中にはある特定の金属や物質を含んでいる。毒性学の基本原理は少量では無害でもたくさんとれば有害であるということである。温泉水に特殊な有害物質がないとわかれば飲んでも構わない。しかし上述したように温泉水はいろいろな物質、有害なものも無害のものも多種含んでいるのが実情である。
 仮に温泉宿を訪ねた時に「体にいい温泉水をお飲みください」という札を見ても、すぐに飲まないほうがいい。その温泉水の水質を念頭に置きながら決めると良い。もちろん、温泉施設は事前に保健所による飲泉許可が必要である。(原文のまま)

 


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